日本ケーブル 薬研ミーティング

1994年 4月29日〜5月8日 KAWASAKI ゼファー1100


日本ケーブルの木場君の誘いで、下北半島薬研キャンプ場で合流キャンプをする事になった。
日本ケーブルの木場君とは1989年3月19日 紀伊半島川湯温泉 木魂の里キャンプ場で知り合って以来の仲です。

今回は日本ケーブル関東組と北海道組のミーティング。早春の千葉根本海岸や紀伊半島川湯温泉で顔を合わせた
皆さんとも久し振りに会えそうだ。


4月29日 

連日の激務で 旅立ちの意欲も薄れがちな毎日。気が付いたらもう当日であるが お金が無い!休日でATMも利用できない。
さて困った、高速で青森まで行くには ガソリン代と高速代で15000円はないと...............。

家中を探し回って(6畳一間ですが) なんとか札で11000円、小銭が10000円出てきた。
お札は高速代にして、GSと食事はすべて小銭で勘弁してもらおう。

レジで小銭をジャラジャラ支払うのが面倒で、札ばかり使うから小銭は貯まるばかり。
一度纏めて銀行に持っていった事があります(重くて一度に運ぶのは無理だった)。
一日がかりで計算してもらったら10万円以上ありました(本題からかけ離れてすまん)。

13時ころ川崎を出発。GWの始まりで東北道は渋滞している。
途中、降ったり止んだりのあと ずっと雨。暗くなると とっても寒い。22時、秋田花輪のSAで野宿を決める。
休憩所は夜中でも人の出入りが多く、自動ドアの開閉音が気になります。


4月30日 

朝起きたら曇り。走り出したら寒くて またカッパを着る。
青森I・Cには6時15分着。青森駅のATMが開くまで近所をうろつく。

ここにもあるよベイブリッジ。今は無き青函連絡航路。連絡船「八甲田丸」はイベント施設になって余生を送っていた。 

青森港にて 青函連絡船とバイク旅人 連絡船「八甲田丸」

 かつての賑わいを見せた青函連絡航路も いまは昔。曇り空の下、永久係留された連絡船が悲しい。
 列車用の タラップのレールが連絡船の証し、列車ごと乗り入れていたのだろうか?。

 当時 バイクは連絡船には乗れず、東日本フェリーを利用していました。
 青函トンネルが出来た今でも、海峡を渡るライダーは相変わらず 東日本フェリーを利用するしかありません。

 ようやく開店時間となり お金を手に入れて下北半島の薬研温泉を目指します。

 

 


横浜町 海峡沿いに北へ

 青森にも横浜があるんですねぇ。下北半島の付け根辺り、海峡沿いに北へ伸びる鉄道が
 なんともいい感じでした。最果てへ続く道、ここは青森 横浜町。

 下北の道は一本しかないのか?やけに車が多い、みんな飛ばすね!理性が効かないのかな。
 海峡から吹く風は冷たいです、寒いです。荒涼とした風景に身も心も冷えこみました。

 海峡の向こうには、これから行く恐山の山々が不気味にそびえたっています。
 「東方に霊場あり」 まさにうってつけの場所ではあります。


テント村出現 焚き火宴会準備作業

 国設薬研キャンプ場にやってまいりました。
 日本ケーブルの木場さん御一行、八王子の樋口さんともキャンプ場で合流です。 

 5月の下北半島は春まだ浅く、まだ路肩には残雪の残るところもありました。
 薬研温泉カッパの湯で温まったあとは焚き火とお酒で温まります。

 久し振りの出会いに 宴もたけなわ、薬研の夜は更けて行きます。

 

 

 

  


5月1日

ケーゾー君 全員集合写真

キャンプ場では、日本エレファントラリーでよく見かける「ケーゾー君」に偶然逢った。
 彼もここに はまっているらしい。「ひさしぶりだねぇ、写真撮ろうよ」。

 今日はキャンプ場でゴロゴロ、買出しから戻ったら全員集合(総勢10名)してました。  


5月2日

 天気も回復したので、大間温泉に行く事にしました。
 大畑バイパスの沿道には、桜並木が満開でした。

 鉄分たっぷりの大間町海峡温泉でくつろいだ後、大間崎へ行ってみます。

  


「ここ、本州最北端の地」と書いてあります 沖に浮かぶ弁天島です

2度目の大間崎です。灯台のある弁天島の向こうには北海道の山並みがクッキリと見渡せます。
ズームアップしてみると、弁天島の弁財天を祭った社が 灯台の下に見えます。 

 大間崎にはお土産屋さんがいっぱいあります。
 海産物がいっぱい並んでいます。

 お酒のおつまみに燻製製品が好物の私です。
 毎度ついつい買いすぎてしまいます。

 前回の旅で お守りをいただいた浜乃屋商店にも顔を出してご挨拶。
 受けた恩は忘れません、義理堅い私です。

 

 


 帰り道、カモメさんが海を見つめていました。
 そんな横顔を激写!

 

 

 

 


 さあ、飯めし!
 

 

 

 

 


5月3日 

 朝飯を食って、今日も楽しい1日が始まります。

 

 

 

 

 

 

 


 林道ツーリングに行く日本ケーブルの皆さん。
 朝から元気いっぱいです。

 

 

 

 


  私は 尻屋崎から恐山を周る事にしました。
 今日はFJ1200の樋口氏と走ります。
 花曇の尻屋崎は寒かった..............。

  


 恐山の境内、宇曽利湖の極楽浜は 極楽には程遠い 寂しいところです。
 卒塔婆のような立て札の上に乗っているカラスが不気味な事この上ありません。

 水子地蔵に飾られた風車が カラカラと鬼風に吹かれて回っていました。

 


 冷えた体を恐山温泉で温めます。
 硫黄の匂いがきついですが、体に効きそうな湯です。

 私達が入っていると、何人もの人が入れ替わり立ち代りのぞきに来ます。
 皆さん反応は色々。
 何か悪い物でも見たように 急いでピシャリと戸を閉めて帰る人。
 黙っていると気まずいのか 何か一言声をかけて帰る人。
 上がりこんで ひとしきり雑談していく人等など。

  


 あすなろラインで薬研キャンプ場に帰ります。
 路肩はこのとうり残雪が沢山の残っていました。

 大型スクリ−ンとグリップヒーターで 寒さ対策万全のFJ1200!
 私のゼファー1100は何も無し、あるのは空冷エンジンの熱だけです。

 

 

 

 

 


 キャンプ場に帰って、みんなで またカッパの湯に温まりに行きました。
 車できているメンバーに乗せてもらった。これで湯冷めは無しです。

 新カッパの湯も出来ていたのですが、やはり風情のある 昔からのカッパの湯が好きです。

 

 

 


夜食製作中です 今夜はウニご飯さ!

今夜も呑んで食って!
日帰りツーリングの話題で盛りあがりました。
この辺は林道がいっぱいでオフロード天国です。 


5月4日

 解散日は朝から無情の雨でした。
 冷たい雨に打たれながら、北へ南へと散っていきました。

 私はもう一晩 ここでキャンプしたのですが、みんな帰ってしまったあとは寂しいものでした。
 この日の雨は夜半から激しくなり、私のテントの回りは 水没でした。
 テントの床はウオーターベット状態、これでは寝ていられません。

 5月5日の夜明け前から、雨の中テント撤収!
 やれやれ、最後の最後で また辛い旅になったぜ。

 

 

 


登場人物紹介

BAJA FJ1200 アトレー 木場氏 DR

DJEBEL ゼファー1100 ディグリー BAJA BAJA

日本ケーブル 薬研ミーティング おしまい