第3回 奄美大島ツーリング

期間  : 1998年12月24日 〜 1999年1月3日
バイク : YAMAHA TT250Raid


ここ10年ほど、毎年年末年始は 富士山の本栖湖での 日本エレファントラリーに出場していましたが
隔年開催となり 今回は無し。さてどうしようか、実家に帰省してもつまらん。

たまには暖かいところで正月を迎えようかと、会社から戴いた勤続20年記念旅行クーポン券5万円
を使って 年末年始を奄美大島で過ごす事にしました。

東京 有明埠頭から出る 大島運輸のフェリー「ありあけ」を利用すれば、わけもなく南の島に上陸できます。
所要時間は 夕方乗船して次の日の夕方 鹿児島の志布志港寄港、次の日の朝 奄美大島名瀬港寄港、
合計36時間ほどで到着です。沖縄へは、さらに8時間ほど乗ることになります。


1998年 12月24日

 今日はクリスマスイブか(俺には関係無いが)。
 旅人は クリスマスで浮かれる街を尻目に 有明フェリー埠頭へ。
 川崎から東京有明埠頭へは 1時間ほどで到着。

 東京から南洋航路に乗るのは2度目、昨年のGW沖縄以来だ。
 相変わらずボロい待合室だぜ。北海道航路のターミナルビルを
 見習ってほしいものだ。

 前回有った 待合室の売店も無くなっていた。
もう、あの「ソーキソバ」カップラーメンを気軽に買いに来れないのかと思うと残念である。

 


 ここでは 船積み係の人がバイクを運転して フェリーに積んでくれるので、
 お客さんは 手荷物を持って タラップを徒歩で乗船です。

 こんな船でのんびり旅する人なんて少ないですね。
 広々とした2等船室(50畳位か?)に お客さん12名。
 いつもの窓際を確保して一安心の私。

 時間になっても なかなか出航しないと思ったら、道路渋滞で遅れてくる トラックを
 待っているそうです。のんびりしたものですね南洋航路(30分遅れで出航)。

 


1998年 12月25日

 四国 足摺岬沖通過
 洋上では、朝起きると紀伊半島 潮ノ岬沖通過、昼過ぎに四国 足摺岬沖通過、
 夕方鹿児島 志布志港入港です。

 今回の旅立ちではちょっと風邪気味、旅も調子が出るか不安である。
 昼食に「エビフライ定食」1050円を注文。この船では事前に食券を売ってから
 料理を作る仕組み!無駄が無くて結構。

 食事の時間までウトウトしていたら 船内放送で呼ばれてしまった。
 「エビフライのお客さーん、早く来てくださーい」

 


1998年 12月26日

 洋上の生活データ
 石鹸(入浴用)    : 90円
 ビール(350ml)  :240円
     (500ml)  :360円
 缶コーヒー      :140円
 夕食(魚フライ定食):850円
 **********************
 早朝 すこし遅れて7時30分、奄美大島 名瀬港に入港しました。
 GWには ムシムシ蒸し暑さを感じた空気も、さすがに12月は爽やかです。

 


雲行きは怪しいが 降ってはいない。ひとまず小浜キャンプ場へ行ってテントを張ろう。
先客は1名、品川ナンバーのBAJA「川原さん」である。

まだ年賀状を作ってないので 旅から帰って出すのだが、前浜のサンゴのカケラでそれらしいのを
作ってみた(ひまじん)。これをデジカメで撮影、プリントして年賀状としよう(我ながら名案だ)。

いつ来ても静かで落ち着くな〜、小浜キャンプ場(当時は無料でしたが翌年から有料に)。
付近を散策したり、買出しに行ったり、勝手知りたる南の島の生活が始まりました。


沈む夕日を眺めながら、「俺もここまで来たかぁ.............」などと感傷に浸るわたし。
冬は山に沈むのですね、小浜の洛陽は。この時期 この時間でも、ビーサンにTシャツでOKな奄美大島です。 

 日が落ちると冷えてきます(焚火するほどでは有りませんが)。
 今夜は栃木から来たチャリダーを含めてキャンパー3名、静かなものです。

 いつもの管理棟軒下宴会場で奄美初日の夜を迎えました。
 さざなみの音をBGMに聞きながら、ビール、ワイン、黒糖焼酎と飲み進む。
 今夜のつまみは鳥刺しとトン足さ!

 旅の話題で河原さんと盛り上がる。一人旅にキャンプの友、貴重です。

 


1998年 12月27日

今日、島を出ると言う河原さんと別れて島内ツーリングに出かけました。
まずはお気に入りの「マテリヤの滝」へ。天気は今一つで、時々雨が降ってくる。

山深き奄美の林道をトコトコと走る。
マテリヤの滝で、たっぷりマイナスイオンを浴びてリフレッシュ!

河原の岩の空き間には姫ハブがいることがあります。
かまれたら大変です、気をつけましょうね。 

 今夜の宴会の友は宇都宮の柳沼さん。
 キャノンデール乗りで わたしと同年代の方です。
 奄美の道は アップダウンが激しいので 疲れますよね。

 夜中、目がさめて外を見ると すっかり晴れ渡りました。
 西の空に月が沈みかけています。

 流れ星が三つ、北の空にかなり長く尾を引いて流れました。 

 

 


1998年 12月28日

大島海峡を見ながら ホノホシ海岸 玉石のしらべ

良い天気です!今日は古仁屋近くの ホノホシ海岸に行きました。
キャンプ場から1時間半ほどで到着、石ころがガラガラとうるさい海岸です。 

 太平洋の荒波に洗われて玉石となった石がぎっしり敷き詰められています。
 不思議ですね、奄美でもここだけなんですよ、こんな風景は。

 まるで自分を見ているようですね。
 人生の荒波にもまれて 性格も体型も だんだん丸くなるわたしです。
 一度いらしてください、本当にうるさいですから。

 ヤドリ浜方面を高台から激写してみました。
 ほんと、海が綺麗なんですよ。

 ここと比べたら、東京湾はドブ川ですね。

 キャンプ場に戻り、今夜は一人静かに旅先からの便りを書いて就寝でした。
 本日のキャンパー4名。

 

 


1998年 12月29日

アダンの実 カワハギ?

 自転車で日本を放浪している釣り師 「X師」。
 今日はキャンパーの皆さんとだべったりしながらのんびり過ごす。
 名瀬の街で、洗濯したり、銭湯に入ったり。

 夕方、釣りをしていたX師、針がねがかりしたらしくびくとも動かない。
 もう予備の針が無いので、引き潮になったら外しに行こうと竿を放置して宴会開始。

 夜も更けたころ潮も引いて、針を回収に行くX師。
 釣り糸を手繰っていくとサンゴの谷間、その先にはタイ?が掛かっていました。
 思わぬ展開にびっくりするやら うれしいやら。

 


釣果 焼く

 早速釣れた?魚をさばいて記念撮影。
 酒の肴が一品増えました、メデタシめでたし。


1998年 12月30日

怠惰な生活 仕切っています

本を読んだり、昼間から呑んだり、海をじっと見ていたり、気ままな時が流れていきます。
昨日の大漁に気を良くした我ら!早速街で焼き網を仕入れてきました。
今夜は魚三昧か?と思っていましたが、とかく世の中ままなりません。
釣れなければタイヨーで買ってくるまでさ。


1998年 12月31日

幕営場兼宴会場 天気はいまいち

大晦日になりました。奄美地方も寒くなってきました。
夜は15.4度まで下がりました。

 1998年最後の晩餐会です。
 明日はわたしも島を出ます。

 残ったものを全部片付けて、盛大に1999年を迎えました。
 すっかり呑みすぎて時の経つのもわかりません。
 気がついたらカウントダウンは終わっていた。

 あけまして おめでとう!今年もよろしくね。

 

 


1999年 1月1日

小浜駐車場にて 名瀬港

 楽しかった南の島の暮らしも終わりになりました。
 X師に見送られて小浜キャンプ場を後にします。

 大島運輸名瀬出張所で大島運輸のカレンダーをもらう。
 これはかなりほしかったもので、フェリーの写真が綺麗なのです。
 船内で購入すれば500円取られますが、ここならただでもらえるのだ。

 23時ころ、沖縄発の大島運輸フェリー「なみのうえ」乗船。
 遠ざかる名瀬の港の明かりをいつまでも眺めていた。 


1999年 1月2日

朝、鹿児島港に戻ってまいりました。
ここで、ZEPS仲間の森本君と落ち合う。

彼も九州をツーリング中でした。
「鹿児島で会おう」との約束は果たされました。

その後鹿児島本港ターミナルへ移動。菓子パンを食べ、桜島を眺めながら旅エピソードなどを語り合いました。
そして今夜の宮崎発川崎行きフェリーでの再開を約束して解散です。


 お約束の日当山温泉「西郷どん湯」で旅の垢を流しました。
 冬晴れの鹿児島の空は高く青かった。

 その後無事宮崎で森本君と合流、仲良くフェリーのラウンジで語り合いながら
 川崎に戻りました。

 数泉者さんや、柊沢いずみさんと遭ったのもこの時でしたね。

 

 

 


第3回 奄美大島ツーリング おしまい