第6回奄美大島ツーリング (後編)

全期間  :2003年4月26日〜5月6日
バイク   :HONDA CB1300SF


5月1日(木) 曇りのち晴れ

嘉徳小学校 校庭の立派な木 嘉徳遠望

昨日、名瀬の吟亭で、私の座っている席を指して「ちとせちゃんはよくこの席に座っているんですよ」と松山恵美子さんが語っていた。
「元ちとせ」名前は聞いたことあるけど奄美の出身だったのか、どんな歌を歌っているのか良く知らないけれど。
実家は瀬戸内町の嘉徳というところにあるらしい。地図で探すと結構マニアックなところ、「よし、明日行ってみよう」と密かに決めたのでした。

名瀬から国道58号線で瀬戸内町方面に向かうと長いトンネルが3つあります。
「朝戸トンネル」と「三太郎トンネル」は昔から知っていたが、今回「新和瀬トンネル」が新たに開通していました。
おかげで古仁屋方面への所要時間はだいぶ短縮された。

瀬戸内町の海が見え始める頃、国道から嘉徳へ入っていく舗装林道があります。
狭く急勾配な林道を入り江に向かってぐんぐんと降りていきます。
こんなところに集落なんかあるのか?(ありました)。
集落の前浜ではサーファーが4人ほど波に乗っていました。

何とものどかなところです。犬や猫もひとなつこい(きっとかわいがられているのでしょうね)。
「ちとせちゃん」も通ったかもしれない、島の小学校がなんともいい感じでした。
「実家はどこ?」なんて野暮な詮索はしません、集落の雰囲気を感じただけでもう十分です。
さてここからまた林道を走ってトビラ島方面に抜けてみましょう。

奄美の森にCB 断崖に咲く花 ヒカゲヘゴ鬱蒼

この林道は最近全舗装されたばかりのようでした。
奄美の海やら山やら良い眺め、なかなか気分よく走れます。
今回初めて通った道でしたがオンロードバイクにもお勧めですね、嘉徳青久林道。
たまに野生のヤギさんがおどろかせてくれます。


林道を抜けて地元の方に道を尋ねていると、後ろからBIGシングルの大排気音、奄美広しといえども彼しかいないよ(XR400のナカピョン)。
偶然同じルートを走ってきたようですね、嘉徳から。

石抱きガジュマル 大潮で干潟と化す マングローブの根っこ

今日は大潮です。マングローブ林も干潟と化してしまいました。
結構泥が締まっていて歩けますね、マングローブ林(靴はドロドロになりますが)。
これではカヌーでのマングローブ林散策はだめです(カヌーを降りて引きずることになります)。


夕日に染まる東屋 くれないの海と空 アダンの光と影

キャンプ場では今回最高の夕日が眺められました。
刻々と変わりゆく光と影の攻防、オレンジ色に染まった空は群青色へと変わり、やがて漆黒の闇が訪れます。
今日も一日の終わりは宴会で締めくくられました。


ソムリエ&シェフ登場 利き酒大会?

今夜のお客さんはなかなかインパクトのある人でした。
キャンプ場で「雨宮さんですか?」って声をかけてくれたのが、セロー乗りの「シェフ山崎」さん。
ネットで私のHPを見てくれたらしい。何ともうれしいではありませんか、私のHPを見て奄美に来てくれるなんて。

一緒に飲みながら話すほどに懐の深い人ですね(私より5歳ほど年下らしいが)。
毎年この時期は北海道で過ごしていたとか、厳冬期北海道ツーリングもこなしているとか、もう30回以上行ってるらしいです北海道。
バイク歴キャンプ歴も相当なもので、ついには開陽台で結婚式をあげたとか。
そしてあの、アウトライダー素人イタチョー選手権大会?の初代優勝者だそうな(どうりで料理も凝っているわけだ)。
今回は、奄美の酒蔵を訪ねてはいろいろと見聞を広めているらしい(明日は飛行機で喜界島の酒蔵に行くとか)。
山崎さんは、東京・青山にある「アカデミー・デュ・ヴァン東京校」で、ワインと日本酒の講座を担当しているそうです。
海外のお酒事情にも精通しているみたい、なんかすごい人に逢っちゃったなぁ。
これは帰ってから判った事ですが、コンピューターソフトの会社も経営されているらしいです(こっちが本業か?)。

山崎さんがテントに引きあげた後、ナカピョンと話したんだけど「なんか物腰も柔らかく丁寧で、ちょっと違う人だね」とか、
「あんまり下品な事言ったらまずいと思って緊張しちゃいましたよ」などと二人して恐れ入ってました。
しかし私達みたいな人から上流階級?の人まで話題が合わせられそうな、とっても幅のある人でした。

そして山崎さんはその後毎晩、あちこちの酒蔵から入手して来た秘蔵?の黒糖焼酎を、我々に惜しげも無く振舞ってくれるのでした。
自分で買った安物の「れんと」なんか、恥ずかしくてついに最後まで蓋も開けられませんでしたよ。
山崎さんに関する話は尽きませんが、また後でね。


5月2日(金) 曇りのち晴れ

 今日は海沿いに宇検村方面に行ってみよう。
 今日もあまり良い天気ではないけれど、雨は降らないだろう。

 2年前に比べて宇検村の道路はずいぶんと整備されていました。
 そして今も盛んに道路整備工事が進められています。

 道路を走っていると山の稜線に展望台が見えました。
 あそこからの眺めはどんな感じだろうか?そう思ったら行きたくなった。

 それらしい道標がありました「峯田山こちら」。
 ハイビスカスの咲き乱れる舗装された山道をくねくねと登ります。
 やがて峠に差し掛かりそれらしいわき道へ入っていくとありました。

 NTTの中継所が有ります。 その隣に例の展望塔がありました。
展望塔に登ったら、焼内湾が一望できました。しかしすぐ下には何やら山を切り開いて公園でも作ろうというのか?
こんな誰も来ない、草ぼうぼうの展望塔といい、ほったらかしになってしまったような開発途中の施設といい、これも皆奄振か?
このことは後日、某所で話題になることになりました。 

宇検村への道 焼内湾(峯田山より) 峯田山の花

 天気が良くないので写真も日光の手前です。

死んだサンゴ礁 奄美の道1 奄美の道2

島内ツーリングも天気が良くないと面白くありません。
早めに戻ってきて、名瀬の港湾労働者食堂で昼飯(A定食800円)にしました。
TVを久しぶりに見たら、あの「パナウエーブ研究所」ご一行様の白い騒動が報道されていました。
今回の旅の記憶に残ることになりそうです。

お腹一杯になったところで、久しぶりに銭湯に行きました。
名瀬の街の「高千穂湯」、15時開店です。
番台でシャンプーを買おうとしたら「これ使いなよ」って貸してくれました。
やはりキャンプ場の水道水シャワーより快適です。

湯上りに銭湯前で涼んでいると、おかもちカブが止まった。
銭湯の客らしいが、「川崎からかい!」って話し掛けてきたよ。
何でも家族は川崎に住んでいて、自分は単身、名瀬ですし屋「いかり寿司」を開業しているらしい。

「チラシ寿司くらいおごるから、あとで店に来なよ」って住所と電話番号を教えてくれた。
「絶対来てよ!」って何度も熱心に誘ってくれるから、「後で必ず行きます!」って言っちゃったよ俺も。


昼寝中 ダイモン軍団 川村画伯とツーショット

キャンプ場に戻ったら沖永良部島に行っていたノモさんとそのお友達が奄美に到着でした。
ナカピョンはゴザを敷いて優雅に昼寝していた。

今回、ナカピョンは重大な忘れ物をしたそうです。
「小浜の素潜り人」を自称するくらい毎回潜っていろいろと食べさせてくれたものでした。
しかし今回は商売道具である「ウエットスーツ」を忘れたそうです。
そしてスーツで潜る際に装着する錘はきっちり持ってきたとか。
おかげでのんびりしているようでした。

放浪画家「川村貴志さん」は南の島を転々としながら絵を書いているそうです。
その作品を見せていただきましたが、何とも不思議な、そして緻密な画風、こんなの見たこと無いよ。
将来きっと大成することと思います。
(奄美を愛した画家「田中一村」だって死んでからだよ、世間に認められたのは)

南の島で登別ナンバーのカブを見かけたらきっと彼です。
次は屋久島の森を描きたいとか!頑張って〜、応援しているよ〜。


5月3日(土) 晴れ

裏山から見たキャンプ場と前浜 大浜海浜公園

今朝は今回の旅でもっとも良い天気です。
海でシュノーケリングやりたかったけれど、今日を逃したら良いツーリング写真が撮れないかも知れません。
今日は龍郷町に有る「奄美自然観察の森」に行って見ましょう。

道中、ゆりの花が路肩を埋めていました(見事な白い花)。


秋名の里の浜 観察の森展望台 大潮・干潮

長雲峠を越えて、「奄美自然観察の森」にやってまいりました。
森の中はひんやりとして涼しかったです。展望台からは龍郷湾が一望できます。

「ひさ倉」全景 鶏飯 さあ召し上がれ

さて、ようやく「ひさ倉」の鶏飯にありつけました。
1人前でこのボリュームです(生卵までついています)。
これで900円は安いですね!やはり評判の店らしく美味しいい鶏ガラスープです。
これを食べたらもう、先日行った名瀬の食堂の鶏飯は食べられません。
3回作って腹いっぱい食べてキャンプ場に帰還しました。


奄美最後のキャンプの夜です。
ダイモンちゃんやナカピョンは今夜のフェリーで奄美を脱出しました。
今夜も山崎先生以下、登別の川村画泊、秦野の川村さん、相生市の青木さん、私、ノモさん、静岡の長谷川さんで盛り上がりました。
今夜のお酒は効きましたね!ノモさん。

だいぶまわってきたようです 特別ゲスト

5月4日(日) 曇り時々雨

今日は私も奄美を脱出する日です。
皆さんとお別れするのは毎度の事ながら名残惜しいですね。

山崎先生とテント 積載完了

お世話になった山崎先生や川村さんと記念撮影(先生のテントは蕎麦屋さんになっています)。
荷物をバイクに積んで、小浜キャンプ場ともお別れです。帰り際、前任のキャンプ場管理人「恵のおじさん」に逢った。
3年ぶりか?これから漁に出るとか、お元気そうで何よりでした。


いかり寿司のご主人 特製チラシ寿司

「絶対行きます!」って言った手前、行かないわけにはいかない「いかり寿司」さん。
14時頃、店に行ったら営業していました(昼は15時まで、夜は17時半からだそうです)。
ご主人のお言葉「奄美を尋ねてくれる旅人をもてなしたい」、なんともありがたいお言葉です。

風呂屋の軒先で遭っただけの、こんな私にまでチラシ寿司を只で振舞ってくれるご主人。
ご主人も若い頃修行していた「川崎」が縁とは言え、なかなかできることではありません。
(こうしてもてなしてきたのは、私が16人目だそうです)

瀬戸内町の西古見には「碇一族」先祖代々の土地が有って、もうすぐそこにペンションが建つそうです。
完成のあかつきには、ぜひお祝いに駆けつけますよ!。

皆さ〜ん、名瀬サンサン通りの「いかり寿司」をよろしくね!。
いろいろと創作寿司を食べさせてくれますよ。
次は私も客として行かねばなりませんね(ペンションができる前なら)。

さて、これで義理も果たしたし、腹も一杯になったし、奄美パークでも行くかな。


奄美パーク あまみっこフェスタ 遊びの庭

奄美パークは空港近くにあります。当日は「あまみっこフェスタ」が開催されていてNHKの全国生放送も来ていました。
三味線や民謡、子供と侮れぬ実力です。島では他にやること無いから?上手くなるわけだよ。
すぐ隣は「田中一村記念美術館」、合わせて400円で全部見て回れます。

 田中一村と言う人は不遇の生涯を送った人なんですねぇ。
 亡くなられてから作品が脚光を浴びても遅いよな。
 誰にも看取られず、ひっそりと69年の生涯を閉じたそうです。
 (先日孤独死した友人のことが思い出されて悲しくなってしまった)

 美術館の庭には「ブーゲンビリア」の花が鮮やかに咲いていました。

 

 


ホンダ党 貴志さんのお見送り フェリー「なみのうえ」

港の港湾労働者食堂で最後のA定食を食べて港へ行きました。
乗船手続きは昼間本社で済ませているので、あとは待つだけです乗船。

そんなとき、小浜の住人「川村貴志さん」が見送りに来てくれた。
彼とはキャンプ期間がずっと一緒だったから別れが辛いよ。
川崎に来たら遊びに来てくれよな、歓迎するぜ。

帰りも2等洋室、ベッドでゆっくり眠れます。
行きのフェリーと同じく、またノモさんと一緒の船でした。
関西系のノモさんと語り合いながら、帰りもラウンジで飲んだくれていましたよ、私。


5月5日(月) 小雨後曇り

桜島とフェリー「なみのうえ」 宮崎物産館 ポイントカード

鹿児島で下船したら雨が降ってきた。
ノモさんと分かれて高速道で宮崎を目指す。

行きに閉まっていた「宮崎物産館」、今度は営業していました。
宮崎のお土産を買って宅配で自宅配送。
念願のポイントカードもすぐできた。

さあ、あとは日向目指して、混雑する国道10号線を北上するだけだ。


 日向港では、半信半疑だった「宮崎物産館」のポイントカードが有効でした。
 22,740円は安い!1万円以上も(何でだろ〜)。
 それにしても空いているなぁ、フェリー。

 一番に乗って入浴を済ませ、展望ラウンジに陣取ってビールを開ける。
 旅も終わりかぁ、いつもながらあっという間の10日間だったな。

 話し相手も無く、いつのまにかそこで寝てしまって目が覚めたら夜中だった。
 夜中、フラフラと2等寝台Cに帰って眠りました。 

 

 

 


5月6日(火) 晴れ

よく遭うガンジーさんと 自宅マンション到着です

さすがに今回はガンジーさん、フェリー内大宴会が出来ませんでした。
顔の広い彼も、「知り合いが誰もいない」だって。
昨夜ラウンジに来てくれたらしいけど爆睡だった私でした(すまん)。

川崎には4時頃到着、それまではビールでも飲んで...............。
ガンジーさん、おつまみご馳走様でした。

定刻より早めに川崎港到着!勝手知りたる川崎の街を快走。
日が沈む前に自宅マンション駐車場に到着でした。
メデタシめでたし。


旅のデータ
日数 全走行距離 交通費(ガソリン・フェリー・有料道) 宿泊費(ホテル・キャンプ場) 飲食費 通信費(絵葉書・切手) お土産 雑費 合計
10泊11日 1,100km 86,521円 8,115円 32,302円 4,180円  22,515円 6,374円 160,007円

第6回奄美大島ツーリング  お終い

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