昔の友は今も友!

 ― 俺と お前と オートバイ ―


高校生の頃から、よくクラスの皆とツーリングに行ったものでした。
そんなバイク仲間も、卒業後みんなばらばらになった。

就職するやつ、大学へ進学するやつ、専門学校へ行くやつ。
中には卒業後も時々会って、一緒に走りに行った仲間もいた。

時は流れて20数年、そんな昔の仲間から、昨年暮れ、突然Eメールが来た。
どうやら私のHPを偶然見つけてくれたらしい。

お互い「久しぶりに会いたいね」といいながらも
なかなか都合がつかないで、ずるずると時は流れる。

そして2003年5月24日、ようやく再会を果たすこととなりました。


 

再会の場所は「道の駅 甲斐大和」、国道20号線で笹子トンネルを抜けたすぐの場所だ。
中央道を大月ICで降りて、国道20号線に乗る。なんだかロードレーサーの自転車が多い。

9時に集合で、まだ1時間以上余裕がある。私はハンドルを笹子峠の旧道へと切った。


程なく道は杉林の中のつづら折れとなり、ぐんぐんと高度を上げて行く
やがて植生は広葉樹の森の中、柔らかい緑が目にやさしい雰囲気となる。

交通量が少なく苔むした路面。落石や砂利のコーナーを慎重に進むと
やがて峠に差し掛かる。峠は隋道で貫かれていた。
レトロ調のトンネルの壁が歴史を感じさせる。


路傍には峠の歴史を綴った看板が立っている。
そこには、こんな文字が綴られていた。

笹子峠について

四方を山に囲まれた山梨にとって昔から重要な交通ルートであった甲州街道。
その甲州街道にあって一番の難所といわれたのが笹子峠です。

この難所に開削された笹子隋道は、昭和11年から13年まで国庫補助
をいれて28万6千7百円の工費を投入し昭和13年3月に完成しました。

抗門の左右にある洋風建築的な二本並びの柱型装飾が大変特徴的であります。

昭和33年、新笹子トンネルが開通するまでこの隋道は、山梨、遠くは長野
辺りから東京までの幹線道路として甲州街道の交通を支えていました。

南大菩薩嶺を越える大月市笹子町追分(旧笹子村)より大和村日影(旧日影村)までの
笹子峠越えは、距離10数キロメートル、幅員が狭くつづら折りカーブも大変多いため
まさしく難所で、遥か東の東京はまだまだ遠い都だったことでしょう。

昭和前期の大役を終え静寂の中にあるこの隋道は、
平成11年、登録有形文化財に指定されました

― 大月土木事務所 ―


「道の駅 甲斐大和」で劇的?な再会を果たした私と中村君、お互いバイクは立派になったけれど
幾つになっても気持ちは変わらないね、昔の仲間。すぐに打ち解けて気分は高校生!になっている。

相変わらずマニアックな彼の、大型スクーターの改造ポイントに関する薀蓄を聞いてあげて(これも昔と一緒だ)
再会記念ツーリングは「富士五湖経由で朝霧高原の田貫湖と」決定!。


天気がよければ富士山の眺めが最高なんだけれど今日はうす曇で富士の霊峰は見えませんでした。

昔高校生の頃一緒に来たときは、彼がYAMAHAチャッピ−80、俺がSUZUKIハスラー125だった。
今、彼はSUZUKI スカイウェーブ400、俺はHONDA CB1300SF、お互いBIG?になったなぁ。


その後、彼の自宅で1泊させていただき、美人の奥様の美味しい手料理などをいただきました。
昔のツーリング写真など見せてもらいながら、しばし昔話に花が咲いた春の宵でした。
(宴会の写真は彼の硬い要望で、非公開となっております)


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