青春の光と影 1980年 11月 

このコーナーは、私と高校の同級生「中村君」との青春のひとこまを描写したものです。
一般視聴者の皆さんが見ても、決して面白いものでは有りません(面白かったりして)。

しかし、今から20年以上前の風俗が写真
の裏側には確実に描写されています。
おりしも奈良東大寺、数年に亘る昭和の大修理が終わって、落慶法要が営まれたばかり。
天平の甍に輝く金のしゃちほこは、大仏殿の屋根にひときわ鮮やかでした。

若かりし頃の旅の模様をご覧ください

富士川大橋料金所にて撮影

YAMAHA XS250に乗る中村君です。
この頃彼は
T大学の3回生でした。
休日など、よく彼の下宿を訪ねては一緒に遊んだものです。

彼のバイクは以前乗っていたYAMAHA GX250から
乗り換えたばかりで、メッキ部分も多く、輝いていました。

この頃も今も変わらないのが「乗るより磨く時間が長い」、
そんな彼です。
浜松近く、中田島砂丘にて撮影

HONDA XL250Sに乗る私。
購入2年目、テールランプなど小さなものに換えています。

USアーミーの帆布製振り分けバックのフタの部分には
今まで訪れた観光地のバッチが飾られていました。

11月も後半の頃、早朝や夜は寒いですね。
関西は遠く

浜松を過ぎて名古屋を越えて、一般道路をひたすら西へ。
木曽三川を越えた辺りでしょうか、もう疲れて来ました。

長距離ツーリング、まして野宿なんて、生まれてから
今まで数えたら片手でも余る彼と、両手でも足りない私。
「もう帰ろうか」冗談ともつかぬ彼のお言葉にたじろぐ。
「ここまでくればもうすぐさ!」ひたすら彼を励まします。

名阪国道に乗ったら流れの速いこと、高速道路?
奈良駅

夜、暗くなって奈良駅に到着、とにかく今日は移動日。
観光らしい観光も無くここまで辿りついた。

駅の宿泊案内所で安宿を教えてもらおうとしたが、どこも
いっぱいだって、「天理に行けば何とかなる」そうです。
駅前で「どうしよう」などと相談していると、身なりのきちん
としたおじさんが話し掛けてきた。

「泊まるところが無いんなら私に付いて来なさい」
人のよさではお互い引けをとらない2人、そのお言葉に
喜んで飛びつく。

黒塗りのクラウンが現れたときはちょっと「やばいかな」
と思ったが、藁にもすがる思いで後を追いかける。

車はやはり天理に向かっていた。
やがて、なんだか大きな建物が点々と現れてくるが
夜なのでよくわからない。

車はその大きな建物のひとつに滑り込んだ。
「ここで待っていてください」
立派なホテルのようでも有るが何か違う感じがする。
「ここでは私の連れだということにしてください」

もうわかった、だって半被に書いてあるもの「天理教」って。
天理教

ここには全国から信者が修行に集まってくるらしい。
くだんのおじさんは和歌山の分教会の会長だそうです。
部屋は相部屋、名古屋から来たと言う分教会長さんと
一緒でした。

「名古屋に来たら是非泊まっていってよ」
そんな有りがたいお言葉に狂喜する2人。
これで明日の宿も確保できた。

食事は質素なものでした、さすが修行場ですね。
ご飯と味噌汁、ふりかけに漬物そんな感じでした。
それにしても食事付き宿泊料200円は安すぎるよ。

広い大浴場で旅の疲れを癒し部屋でくつろいでいると
和歌山の会長さんがいらっしゃっていろいろと天理教の
話を聞かせてくれた。

印象に残っている言葉に「信者には若い美人が多い」
と言うものが有りましたがそう言えば確かに多い、そんな
気がしました。
写真は東大寺に変わりましたが、もう少し天理教宿舎
でのお話をせねばなりません。

すっかり夜も更けた頃
「明日の朝、私と一緒にお勤めに行ってくださいね」
きたよきたよ、心配していたお言葉。

でも、ここまでお世話してもらって、人間としてもはや
断ることなどできない、これもいい経験さ。

翌朝、和歌山の会長と一緒に礼拝所に行ってきました。
そこには目を見張る光景が!

沢山の信者の皆さんが歌を朗々と歌いながら、
床に座って独特の手振りで礼拝を行っていました。

「あなた方は見ているだけで良いですよ」
そう、只ただ見ているしかなかった私達。

沢山の方々が神殿に向かってひれ伏しているときに
二人してボーっとしていると、神殿の奥から神様に怒られ
そうな、そんな気分になります。

礼拝を終えて宿舎に帰る足取りも軽く、気分は今日の空
のよう。和歌山の会長さんに御礼を言って天理の街を
後にしました。

このときの出来事は、その後の人生の中でもかなり
印象に残る不思議な体験でした。

ここで教えてもらった「ひのきしん」と言う言葉、
彼はかなり気に入ったようです。
http://www.tenrikyo.or.jp/ja/top.html
東大寺のこと

昭和55年、6年に及ぶ大仏殿の昭和の大修理が終わり、
落慶法要が先月10月に行われたそうです。

大仏殿には沢山の善男善女が拝観に訪れていました。
私達も観光客の仲間入りです。

東大寺の正門、南大門の国宝金剛力士像に睨まれながら
金堂(大仏殿)に入ります。でかい!圧倒される大きさの
建物です。屋根には金のしゃちほこが燦然と輝いています。

大仏殿回廊
ヘルメットやらタンクバックやら、いまならバイクに
おいてきちゃうところですが、この頃はちゃんと手に
持っていますね。

当時、HONDAのバイクを買うとくれたリバーシブル
ジャンバー。CB750FZボルドールを買った時、貰った
物です。トリコロールカラーのお気に入りです。

胸に輝くHONDAウィングマークは刺繍されたもの、
なかなか良いね。下には同じくHONDAの布つなぎ、
要所要所にパットが入っています。
ブーツはコミネオートセンター製、つま先はコーナリングで
擦れています。

昭和55年、21歳の秋です。
奈良の大仏様

大仏様は正しくは毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)といい、
その意味は
「知恵と慈悲の光明をあまねく照らし出されている仏」
と言う事だそうです。

大仏殿の柱には、大仏様の鼻の穴と同じ大きさの穴が
開いています。子供なら楽らく通りぬけられる大きさです。

http://www.ntt-west.co.jp/nara/todaiji/todaiji.htm
もっと大仏様を知りたい!と言う方はこちらをクリック!
ここをマウスでダブルクリックして、文章を入力してください。
奈良公園
鹿さんに「しかせんべい」をあげながら公園でくつろぐ
観光客の皆さん。
東本願寺

奈良から京都に移動しました。
枯れ葉散る参道で休む我ら。

良いですね、京都。
いつかまた訪れたい街。
東山慈照寺参道

路肩で座り込むカップル(親子)?。
携帯に夢中ですね!オーパーツ。

通行人の皆さんまでカメラ目線、こまります。
昭和の時代のワンシーン、貴重です。
慈照寺銀閣

全体が銀色に輝いているのかと思ったら、なんとも
質素な、風情の有る建物でした「銀閣」。

どうですか皆さん。
銀閣寺の次

さて、今日も後半、今夜のねぐらを決めねば。
もう決まっていますが、名古屋の会長の家。

しかし名古屋は遠かった。
高速道路を使うなんてまったく頭に無い我等。
途中、比叡山パークウェイなど立ち寄っていましたから
すっかり遅くなったよ名古屋。

真夜中の名古屋の街をうろうろ、道が広いなあ。
ナゴヤ球場の近くって聞いてたので行ってみる。

しかし道を尋ねようにも街は真夜中で寝静まっている。
ようやく開いていた居酒屋で場所を聞いてわかりました。

でももう次の日だよ、これじゃ起こすわけにもいかないな。
仕方なく近くの公園の東屋で朝まで仮眠しようと言うことに。

そこには先客の方がいらっしゃいましたが、我々が乱入して
来たので出ていってしまった(すまん)。

寝袋も無くベンチで寝てみても寒くて寝ていられない。
もうすぐ12月の名古屋は旅人には辛い街でした。

名古屋奇談
以下は彼の体験した怖いお話を載せたものです。
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親切なおじさんが名古屋に泊まりなっていってくれたのを
頼りに向かったけど結局ついたのは深夜だったよね。

あの時、名古屋市内に入って驚いたのは名古屋の道路が
ものすごく都市化していた(高架になっているってことかな、
首都高速のように)事だったな。

その時です、幻覚を見たのは。それは今でも忘れない。
その高架の道路(自動車専用道路だったと思う)を走って
いたとき、ナンと前をリヤカーを引いた自転車が走っていた
んだよね。

こんな所を危ないなーと思いながら近づいていくんだけど、
なぜか近づかない。変だなと思って見ていると、突然すこし
浮き気味に(地面を離れて)右に曲がったんで「ぶつかるー」
と思ってドキッとしたら何も居なかった。

結局前には何も居なかった。
まっ、幻覚というよりウトウトしていて夢でも見たのかな?
多分疲れていたんだろうね。
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きっとこれはリヤカーを引いて自転車に乗っていて
交通事故に遭って亡くなった方の霊が、
「疲労運転は危ないよ〜」って忠告してくれたものと
思います。
結局寒さで夜が明けるまで寝ていられないで午前3時頃
出発しました。

名古屋の会長宅の玄関にはメモを書いて貼っておいた。
「約束どうり来たけど夜遅くなってしまい遠慮した」
と言う内容を。

食事の準備などして待っていてくれたかと思うと、
申し訳無くて心が痛みます。

浜松辺りで夜が明けて無情の雨が降り出す。

最後は疲れて高速道路に乗ってしまいました。
寒さと眠たさをこらえながら彼の下宿に着いたときは
正直ホッとしました。

彼とのツーリング、最終日はいつも悲惨な思い出が多い。

お終い