ああ、野麦峠ツーリング 1980

1980年 9月13日〜15日
HONDA XL250S


9月13日

23インチのワークブーツを履いて旅に出た。
1980年、昭和55年、当時私はHONDA党!

愛車はHONDA CB750FZボルドール限定カラーと、HONDA XL250S。
この年の6月に限定解除していたのだった。

旅のルートは、まずハジメに秩父経由で中津川林道を走って信州へ抜けた。

林道で汚れる前に、綺麗なバイクの写真を撮っておこうと
正丸駅に立ち寄って1枚目撮影。

 


HONDAのリバーシブルジャンパーは、CBを買ったときにもらったものだった。
トリコロールカラーが懐かしく当時を偲ばせるぜ。

当時の標高表示は1754mとなっている。
二兎さんの写真の看板には1828mと書いてあった。
一体何メートルなんだ?三国峠(ど〜でもいいですよ〜)。


松原湖に立ち寄った後、八ヶ岳縦断道路【麦草峠】を越えて諏訪に下る。
蓼科山を正面に見るこの場所は私のお気に入りポイント。

諏訪から塩尻峠を越えて松本。
そして安房峠に向かう途中の道端ドライブインの軒先にて野宿。


9月14日

今日もいい天気だ。
山の朝は誠にすがすがしい気分。
ひんやりとした山の空気を胸いっぱい吸ってしまった。


乗鞍岳も快晴で雲ひとつないすばらしい眺めだ。
さあ、これからあの山の上まで、がんばって走ろう。


乗鞍スカイラインは有料でバカ高いのだ。
貧乏人は裏道の林道を走って頂上を目指します。
空がとっても蒼い。


大分標高が上がってきました。
終点の鶴が池はもうすぐです。


一生懸命登って、ふと振り返れば信州の山並みが!


今日は乗鞍岳頂上までは行きません。
もう高校生の頃、一度制覇しているから未練はなし。
あの頃はすごく荒れた林道だったけれど、今では全面舗装、楽だ〜。

終点の畳平にバイクを置いて、軽く散策してみました。
はるか後ろには槍ヶ岳の勇姿が見えます。
足元の這い松が、自然環境の厳しさを物語ります。

昭和55年、21歳の私です。  


こちらは乗鞍スカイライン。 貧乏人は走らず、ただ見るだけ。
こちらも高校生の頃、ハスラー125で走っているからね。
あの時はクラスメートの窪田君のCB250Tとのツーリング。
林道の砂利道で派手にこけて溝にはまった彼が泣いて頼むから。
帰りは林道はカンベンしてやったぜ(笑)。

俺も冷たいヤツだったなあ。
オンロードモデルであの道を走る事が如何に大変だったか。
当時は俺も知らなかったんだよな、オフ車しか乗っていなかったから。
今思っても、彼に悪いことしたと反省してしまう。

いつか彼に謝らなければ。
「あの時はゴメンな〜」って。


林道を戻って上高地乗鞍林道で野麦峠を目指します。


あら、手が写り込んでしまいました。
逆光のときはレンズに直接太陽光が当たらないように手で影を作れって。
言われたんですよ、北海道の美幌峠の記念写真屋さんに。
朝早くだともろに逆光でしたから、屈斜路湖を撮ろうとすると。


昭和55年の野麦峠の風景です。
今は2007年ですから、今から27年前の写真になります。


1994年8月に行った野麦峠と比べてみましょう。
これでももう13年前の写真になります。
あぁ光陰矢の如し、コワイコワイ。
何もこんなところに立派な【峠の資料館】を建てなくてもいいだろうに。
味わい深かった峠の風景が台無しです。
コレで温泉なんか付いていたらもう怒りますから。


【ああ野麦峠】

飛騨から諏訪の製糸工場に女工さんとして働きに出ていた政井みねさん。
過酷な労働で病気になり危篤、ついにお兄さんが引き取りに来た。
みねさんのあまりにやつれ変わり果てた姿に驚くお兄さん。
やっかいもんをさっさと連れて帰れ、といわんばかりの工場側の態度に怒りさえ覚える兄さん。
でも、「兄さ、何も言ってくれるな」 というみねさんの言葉にじっとこらえる兄さん。
お兄さんに背負われて何日かかけてようやく野麦峠までたどり着いた。

みねさんはそこで、飛騨のほうを向いてうれしそうに
「アー、飛騨が見える 飛騨が見える」
と最後に言って亡くなられたそうです。
享年二十歳、早すぎる死でした。

飛騨は、あの乗鞍のはるか先。飛騨の街なんか見えるはずもないのに
みねさんの望郷の念はいかばかりであったか。

その心情を思ったとき、涙が溢れ出てキーボードが見えなくなってしまった。

 


1994年には【みねさんの碑】の近くに、こんな立派な観音様が建立されていました。
コンクリートも真新しいその観音様には、苔むした【みねさんの碑】とはまったく異質のものを感じました。
ダレが建てたのか知らんが無粋な事をするなあ。


野麦峠、この道を、幾たび女工さんが通った事だろうか。
飛騨はあの山のはるか先にある。


今回の旅の目的を果たして、私は飛騨を目指します。


夜の帳が下りたころ、私は飛騨高山駅にいた。
終電も過ぎた頃、軒先に寝袋を広げて眠りにつく。
今夜の旅の道連れ3人、仲良く寝袋を並べておやすみさ。


9月15日

次の朝、野宿仲間3人衆は、高山の古い町並みを見物して解散しました。


安房峠を越えて岐阜から長野県に戻ります。
今でこそトンネルであっという間の飛騨ですが、昔は安房峠を越えるのが一仕事でした。
観光バス同士がすれ違えないときはもう、延々と待たされたものでした、


松本城に立ち寄りました。
おじさんのカメラ目線が困ります(苦笑)。


よもぎこば林道でビーナスラインへ。


美ヶ原に行ったら、発売されたばかりのKAWASAKI KL250がいたので一緒に写真を撮りました。


ああ、野麦峠ツーリング 1980 おしまい