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ヤン・アンドレア氏の講演会に行ってきました。私はヤン氏については特別興味はありませんでしたが、彼に会うことによっていままで本の中だけしか接点のなかったデュラスが実在することを確かめたかったのです。ヤン氏は、おとなしくも気さくでもない、思ったより普通なかんじでした。でも心の底に何かを秘めているような、影のある印象を受けました。本に載っている写真はどれも眉間にしわをよせて、いつも気難しそうな暗い表情をしています。そんな感じではなく、サッパリとしていました。「デュラスは死んでも、読者は残る。デュラスはここにいる。」ということを誰かが何か質問するたびに何度も言っていました。はじめに吉田氏との対談があり、その後観客のためのフリーの質問コーナーがありました。![]() ヤン・アンドレア氏と吉田加南子氏 吉田:デュラスの作品では、いつも見つからない言葉をさがすようなところがありますが? ヤン:ストーリーの前後の空虚、沈黙が大切なのです。そのことを書くことは不可能ですが、他の人たちの為に沈黙をこえて書く。とデュラスは言っていました。 吉田:「北の愛人」「愛人」という作品が出来たのは沈黙の裏側という気がします。 ヤン:日本では「空虚」ということばと「空(sky)」が同じ漢字を使うということをさっき聞きました。彼女がこれを聞いたらとても喜ぶと思います。デュラスはいつも死を考えていました。いつも生と死の狭間にいたのです。何をするにも緊急でした。人生に、死に。絶望があっても笑わなければならないということを知っていました。だからといっていつも深刻だったわけではありません。彼女はとても愉快な人でした。彼女の本を読むことが彼女を語ることです。 Q:デュラスとはどんな生活をしていたのですか? A:彼女はとても野性的で、困った人で、耐えられない(笑)。生活のリズムというものがなく、海に行くのも、別荘に行くのも、いつも突然でした。 Q:デュラスの本を読んでいると、彼女の声が聞こえるような感じがしますが、声についてどうお考えになりますか? A:絵と言葉の不在によって読者と出会うことが彼女のやりたいことだと思います。読み方を知っている人は書くことができるのです。誰かのために書く。読者も本に参加しているのです。そして書いていて読者と出会うと感動していました。書く以上に強くなければならない、私の作品は文学ではなく心理なのだと彼女は言っていました。 Q:映画『太平洋の男』の出演について。 A:僕は出演を望んではいませんでした。彼女が勝手に決めてしまったのです。 Q:私はデュラスの作品よりもあなたの作品の方が好きなのですが、今後執筆の予定はありますか? A:またなにか本を出すかもしれません。タイトルは『これで、おしまいではない(C'est ne pas tout)』(笑)これは冗談ですが、別のタイトルで出すと思います。 Q:デュラスとの出会いは手紙だそうですが、どうやって彼女を落としたのですか? A:(笑)彼女に5年間手紙を書き続けました。そして1980年夏の終わりにトゥルービルのルッシュマールホテルに呼ばれ、それからずっと彼女の部屋から出ませんでした。 Q:『インディア・ソング』やその他たくさんの作品に出てくる重要人物アンヌ・マリ・ストレッテルについてデュラスはどう思っていたのですか? A:アンヌ・マリ・ストレッテルは大使領事の妻でデュラスは彼女のことが好きだと言っていました。彼女の姪から手紙をもらったことがあるとも言っていました。 最後に、スタッフの女性が「こんなにたくさんの若い人がデュラスの本を読んでいるなんて、デュラスも喜んでいることでしょう。彼女は若い人が好きだったと思います。」と言って講演会は終わりました。その他、質問の時にデュラスの死を悲しんで泣き出してしまうという熱心なファンの方もいました。もう少し質問がありましたが、覚えているのはこれくらいです。 私が印象に残ったのは、デュラスとの生活についての質問で「困った人」と言ったことです。みんな笑っていました。それと、終わってからロビーでちょっとしたパーティがありました。ある若い女性がヤン氏に「ジュテーム!」といって勢いよく抱きついてしまいました。ヤン氏は迷惑そうに笑ってさりげなく遠ざかって行ってしまいました。やはり女性には興味がないのですね。 ![]() |