
タマン・ネガラ恐怖の一夜
手軽に行けるか、発展度合い、食べ物はどうか、といった要素で、東南アジア消去法。
手軽さでタイ、マレーシア、シンガポールに絞られ、発展し過ぎという理由で、タイかマ
レーシアになり、酢っぱ辛いよりも唐辛子の辛さが好きなのでマレーシアが残る。とい
う訳で、僕はマレーシアが割とお気に入りである。
さて今回はシンガポールからマレー鉄道での入国である。最終的な目的地はタマン・
ネガラというマレー半島のほぼ真ん中にある、熱帯ジャングルがそのまま国立公園に
なっているところだ。別に、ジャングルやそこに生息する動植物に興味がある訳ではな
くて、取れた休暇日数、取れたのがシンガポール往復のエアチケット、シンガポールか
ら陸路、しかもできれば鉄道で往復するのに丁度いい距離にあったのがタマン・ネガラ
だったというだけである。
インターネットで調べたタマン・ネガラまでのルートはこのようなものだった。マレー鉄道
はY字型をしていて、Yの最下部にあたるシンガポールから急行に乗り、Yの中心点の
ギマスまで4時間、ギマスで一泊し、Yの右側に沿って延びているローカル線でジェラ
ンサットまでまた4時間、ジェランサットからタマン・ネガラ専用の船着き場までタクシー
で20〜30分、船着き場からボートで川をさかのぼること2時間でやっとタマン・ネガラ
に到着である。
シンガポールからクアラルンプールまで行って、長距離バスで船着き場まで、という選
択肢もあったのだが、急行列車も長距離バスもエアコンがガンガンに効いていて風情
がなさそうだったので、乗り継ぎの不便さを顧みずローカル路線で行くことにしたのだが、
ここらへんが最近の僕の旅行スタイルのノリみたいなものになっている。つまり、旅の
目的地はとりあえず決めるのであるが、それが見たいからとか、そこに行きたいから、
というのももちろん、飛行機を降りてから目的地までの移動を楽しむ、ということを念頭
において最終的な目的地を決めるのである。本末転倒のような気がしないでもないが、
”移動”というのは旅の重要な要素であると思うのは僕だけだろうか?
シンガポールからギマスまでの急行列車は予想通り、車両も新しく、寒いくらいエアコ
ンが効いていてつまらなかったが、ギマスからジェランサットまでのローカル列車は予
想を上回るボロさ加減だった。ドアはもちろんないし、座席に関してはスプリングは完
全にへたっているしリクライニングも動かない、窓ガラスはすすけて外が見えないし、
きれいに透き通っている窓だなと思ったらガラスがないだけだったとか、エアコンは当
然なくて天井に扇風機がついているのだが、恐らくここ100年くらい動いていないはず
である、さらにトイレに至っては床に穴が空いているだけという代物である。
しかし、こんな列車だからこそ楽しいのである。ゴトゴト、ゴトゴトとのんびり進むローカ
ル列車、車窓からの景色は眼に優しい自然、乗客はほとんど地元の人々、あぁ、タバ
コが美味い。
こんな非効率なことをする旅行者は他にいないのだろうか?ひとつ不安になることが
あった。シンガポールの出国審査はあったのだが、マレーシアの入国審査がなかった
のだ。マレーシア最初の停車駅であるジョホール・バルでは、乗客全員、一度列車か
ら降ろされはしたものの、何事もなく再度乗り込み、ギマスで降りるまで何もなしであ
る。ギマスで降りたのは僕一人だったし、ギマス自体が小さな田舎街であり、そんな
街の駅にイミグレーション・オフィスがあるはずもなく、交番らしきところがあったが誰も
おらず、結局、僕はマレーシアに不法滞在ということになってしまった。1週間後にマ
レーシアを出国する時、審査官が僕のパスポートを見て、入国スタンプはどこだ、と聞
いてきたが、列車で入国した際に、入国審査をする機会がなかったと答えると、
「Ah,so.」
の一言だけですんなり通してくれた。いいのかマレーシア?
ギマスからのローカル列車は昼前にジェランサットに到着したが、国際的にも有名な
リゾート地であるタマン・ネガラ(実際、欧米人の家族連れが多かった)への基点である
はずのこの駅も、誰もおらず、何もない、という具合で、たまたま居た近くのホテルの
客引き(暇そうだった)に、ホテルへの地図を貰い、それを参考にして、バス&タクシー
ターミナルまでてくてく歩いていき、タクシーに乗り船着き場まで。乗ったボートは全長
10m、横幅1.5mくらいのちゃちな代物で、丁度、長良川の鵜飼いが使っているよう
な川船がボロくなったような感じと言えばいいだろうか、雨季のため泥色に濁った川を、
両岸の原生林を眺めながら2時間、やっとタマン・ネガラに到着である。
着いたところはタマン・ネガラ観光の基点になるクアラ・タハンというところで、そこには
その名も"タマン・ネガラ・リゾート"という立派なリゾートホテルがある。欧米からの家
族連れはそこに泊まりながら、広いジャングルを歩き回って動物を観察したりして、熱
帯ジャングルの自然を満喫するらしい。タマン・ネガラ・リゾートの対岸には小さな集落
があり、そこに安宿や雑貨屋が数軒ある。僕が泊まったのはエコトンとかいう名前の、
比較的新しい安宿で、シーズンオフだったせいか、ドミトリーを占有することができた。
という訳で、荷物を降ろした僕は、さて何をしようか?と思ったのだが、困ったことに何
もすることがない。僕はどこへ行っても、そこらへんを散歩するだけで満足するのだが、
タマン・ネガラには散歩できるところがない。ジャングルを歩くと言っても、普段運動不
足の僕がサンダル履きで歩けるのはせいぜい数十分である。最悪なのは、5日間の
滞在中、ほとんど雨が降っていたということだ。結局、旅のいつものパターンになってい
る散歩+読書のうち、散歩を引いた残り、つまり、日中のほとんどはドミトリーのベッド
に転がって本を読むということになった。あっ、それから5日間通してやったことがある。
それは”鶏の餌やり”である。雑貨屋でスナック菓子を買ってきて、宿で放し飼いにな
っている20羽ほどの鶏にやるのである。動物を相手にしていると心が洗われるようだ、
なんて優雅な休暇なんだ、、、ダァーーーッ!違う、こんなことのためにはるばる日本
から来たのではない。かくなるうえはこれしかない。よし、ジャングルで一晩過ごそう。
タマン・ネガラは広大なジャングルである。あまりにも広いので1日で歩き通すことはで
きないし、夜行性の動物を観察するため、ハイドと呼ばれる小屋がジャングル内に点
在する。ハイドの収容人数は4〜8人くらいなので、泊まりたい人はタマン・ネガラ・リゾ
ート内にある管理事務所で予約する。一泊あたり数百円である。僕はヨン・ハイドという
名前のハイドを予約した。ヨン・ハイドはボートで10分、そこから歩いて10分という近
場にあったし、何より僕以外の予約者がいたからである。ハイドには電気もなければ水
道もない。懐中電灯などの装備を何も持たない僕は、やはり一人きりというのは不安
だった。
雑貨屋で水とお菓子を買い、ローソクもあったほうがいいかなと、太めのローソクを3本
買った。旅行者相手の現地人のボートをチャーターし、夕方5時過ぎに出発した。10分
ほどで、ボートを繋ぐ杭一本プラス数段の階段だけという船着き場もどきに到着、ボート
のオヤジは
「ここからジャングルに分け入って、ずーっと真っ直ぐ10分ほど歩くと右手にヨン・ハイド
がある、一本道だから迷わない。明日の朝9時にここに迎えに来るから俺の顔を覚えて
おいてくれ」
と言い残して去って行った。オヤジはタバコを咥えていたので、僕は
「分かり易いように明日の朝もタバコを咥えておいてくれ。」
と言うと、オヤジは
「わかったよ」
と手を振った。このあたりはまだ軽口をきく余裕があった。
ジャングルに入って数分、突然、左の茂みがザワザワザワッと音を立て、続けてウゥーッ
という何かの動物の唸り声が聞こえたところで、僕の余裕は半減した。”何だこれは?”
と思う間もなく、急ぎ足になった。と、ぬかるみに足を突っ込んだ。あちゃー、と思い前を
向くと大木があり道が左右に分かれている。どっちだ?左のほうが道が太い、よし左だ、
と、大木を回り込んだところで道は合流していた。ふぅー、それにしてもヨン・ハイドはまだ
かな?もう10分くらいは歩いているはずだ、もう陽が落ちてどんどん暗くなっていく、やば
いよ、ボートのオヤジよ、何が10分だよ、何が一本道だよ、ふざけんなよ(泣きべそモード)、
あと5分歩いて見つからなかったら船着き場に引き返そう、と思ったところで到着した。
ヨン・ハイドは高床式だった。地面から床までは4mほどはあるだろうか。壁は4面全て、
腰から頭の高さにかけてとり払われていて外が観察し易いようになっている。ふぅーん、
ここで一晩、動物を観察しながら夜を過ごすわけね。あれっ?いやに静かだな。僕は慌て
て階段を駆け上った。僕の悪い予感は的中した。誰もいなかったのである。時刻はもうそ
ろそろ6時、この後、誰かが暗いジャングルを歩いてやって来るとは思えない。他の旅行
者と歓談しながら動物観察という楽しい夜のはずが、一変して肝試しになってしまった。
ハイドの中は薄暗く、広さ15〜16畳ほど、木のテーブルに椅子が数脚、木の2段ベッド
が4つ、一人呆然と立ち尽くす僕、余裕全くなし。ん?足の甲がむず痒い、サンダルを脱
ぐとそこには3匹のヒルが吸いついている、ライターであぶってヒルを落とす、慌てて手で
払うとヒルの歯が残ってしまうからだ。余裕はちょっと残っていた。
とりあえず焚き火でもしてみようか、と思った。こんな状況で思い浮かんだのが焚き火だっ
たということは、火が人間にとっての根源的な欲求であるという証拠である。ラッキーなこと
に、同じことを考えた人がいたらしく、床下(といっても高床式だから地面からの高さは十分
ある)には、拾ってこられた枯れ枝がたくさんあった。が、困ったことに今は雨季、枯れ枝の
は全て湿っていて、焚き付けにできるような小枝もない。僕はリュックから要らなくなったパ
ンフレットとかポケットテイッシュとか、ありとあらゆる紙類を持ってきて、何とか火をおこそ
うと頑張ったがだめだった。僕はサバイバルには向かないようだ。急にゴルゴ13が偉い人
に思えてきた。
焚き火に挑戦している間にすっかり陽が暮れて、辺りは真っ暗になってしまった。おまけに
雨まで降ってきた。僕は買ってきたローソクに火を点けた。ついでにと思って買ったローソク
だが、買わなかったことを考えるとゾッとする。次の心配事は、果たして3本のローソクで朝
までもつだろうか、ということである。僕は火を点ける前に、ローソクが4等分の長さになるよ
うにナイフで切り目を入れておいた。ローソクが燃えていって最初の切れ目に到達するまで
約1時間かかった。大丈夫、朝まではもつ。
まだ8時前だ。やっと人心地がついてきた僕は、どれどれ、動物観察でもしてみようかな、
と椅子を壁際まで運んで座り込んだ。が、懐中電灯も双眼鏡も持っていない僕にとっての
外はただ真っ暗なだけで、5分もすると飽きてしまった。飽きるだけならまだましだが、後ろ
を振り返ったら誰か居たら、しかもその人には足がなかったりして、などと恐い想像ばかり
してしまい、そんな時に限って、近くの木のこずえがバサバサッと音を立てたりするので、
ゾゾゾッと鳥肌がたってしまい、オシッコしたいのにどうするんだよ、と思ったが、あまりに
も恐いので、外には出れず、そのまま外に向かってオシッコして、誰もいなくて良かったな、
などと思う始末である。
とにかく怖かったので、後はローソクの火でひたすら本を読みつづけ、12時前にようやく
眠くなった。部屋の隅に積んであったマットレスを広げ、どうせダニの巣窟だろうと、シンガ
ポールで買っておいた虫除けスプレーを振りまき、飛行機から拝借した毛布を敷いて寝た。
それでもダニにやられてしまったのだが、ダニは人間の体に張り付いたら、一ヶ所で血を
吸って、次の場所に移動して血を吸って、また次へ、と円を描くように移動する。僕の腰に
はダニの噛み後が直径5cmほどの円を描くように残った。だが怖い思いをしながら起きて
いるより全然ましである。
目が覚めたのは朝7時、雨はまだ降っていたが、外は明るくなっていた。と同時に空腹を
感じた。そういえば昨日ここへ到着して以来、水以外は口にしていない。あまりの怖さに、
お腹も空かなかったようだ。持ってきたクッキーを食べ、8時半にヨン・ハイドを後にした。
来た道を逆にたどったのだが、昨日とは違い、今から明るくなるのである。そう考えながら
よく見ると、大木のところの分岐も、向こう側でまた道が合流してるのが分かったし、船着
き場まで丁度10分だった。ボートのオヤジは9時少し前にやって来た。
「ここからジャングルに分け入って、ずーっと真っ直ぐ10分ほど歩くと右手にヨン・ハイド
がある、一本道だから迷わない。明日の朝9時にここに迎えに来るから俺の顔を覚えて
おいてくれ」
というオヤジの言葉に嘘はなかった訳で、旅行者相手のくせにやるじゃん、と思いながら
僕はタバコに火を点けようとし、あっ、このオヤジ、タバコを咥えてないではないか、やっぱ
嘘つきだ、苦笑しながらも、オヤジにタバコをあげた。
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