
「師弟漫才という側面から見る『薔薇の名前』」
悲哀の恋愛小説、という自分の中の位置付けにも関わらず、同時にこの本は
比類なき「お笑い」の要素を強く持っているんじゃないかと思います。
その要素は、師匠ウィリアムと弟子アドソの会話の中にのみ現れるようです。
まあ〜ぼけつっこみの師弟漫才を二人は大まじめにやってるのじゃないかと。
そこらへんは、エーコさんはかなり意識して書かれたと思うのですが、どうなのでしょう。
日本語の文庫版で「エーコの文体練習」という本があって、
彼流の笑いという文意を反映した文体の片鱗が窺えるかもしれません。
私には訳がわからなかったのですが…
なにしろ、ウィリアム、アドソとも殺人事件の話をしながら天然ボケをかまし、
切れのいい突っ込みを、「間」を持って打ってるんですよね。たとえば…
謎の文字の判読に成功して得意げなウィリアム。その訳を見たアドソが一言。
ア(得意げに)「でも、先生。これじゃあ、せっかく判読できても、意味わかんないですよね〜♪」
ウ(「(はうっ)…君ィ、私が寝ないで訳したのをそうあっさりと片付けないでくれるぅ?」
ア(真っ赤になる)「(やべっ)あ、そそそうですね。先生、、、スミマセン。でもやっぱり意味わかんないっすよ(^-^ ) 。
また振り出しですね♥」
ウ「(言葉を失う)ダー!!」
ダー!!は無かったかも。
なんせ二人のやり取りはいつもこんな感じで、読んでる途中の楽しみでした。
胸を締め付けるような話を、諦めずに最後まで読み通せたのも、これがあったからかも?
文学でありながら、笑いを内包できるって所がすごい。
あ、そういえば、「笑い」もテーマとして、本の中で扱われてたっけなー。
030429wrote