(2)資本の限界効率

 有効需要(D)を構成するのは、消費需要(D1)と投資需要(D2)であった。ここでは投資需要について見ていくことにする。
 投資は@投資によって期待される利潤率と、Aそれを得るために要する費用としての利子率という2つの要因に依存し、この2つの要因を比較衡量して投資の分量が決まる。これら2つの要因は投資誘因と呼ばれる。
 ケインズはこの利潤率のことを資本の限界効率(Marginal Efficiency of Capital)と呼び、「資本資産から存続期間を通じて得られると期待される収益によって与えられる年金の系列の現在値を、その供給価格にちょうど等しくさせる割引率に相当するものである」と定義した。この定義は簡単に、「予想収益の現在値と、それをもたらした資本資産の価値(供給価格)とを等しくする割引率」が資本の限界効率であると解釈できる。
 ケインズはこの資本の限界効率と利子率によって投資が決定されるとした。

§1.資本の限界効率の決定

 (1)予想収益の現在値

 まず、予想収益の現在値を求める。企業がある種の資本資産、例えばある種の機械を購入するということは、その機械の耐用期間を通じて毎期産出物を販売し、生産のために必要な費用を差し引いた後、企業が獲得し得るであろうと期待する予想収益の系列を受け取る権利を購入することを意味する。
 今、企業が耐用年数n年の資本資産を購入したときの予想収益の系列を、Q
1、Q2、…、Qnとする。これは、そこから得られる1年後、2年後、…、n年後の予想収益であるから、それぞれの予想収益の現在値を求めるためには、一定の割引率rで割り引かなければならない。以上のことより、予想収益の現在値は次のように表せる。

◆一定の割引率で割り引く理由
 例えばここで、200万円の資本資産(耐用年数2年間)を投入し、1年後に110万円、2年後に121万円の予想収益をあげると仮定する。この場合、200万円のうち100万円は1年後の収益(110万円)をあげるために使い尽くされ、残り100万円は2年後の収益(121万円)をあげるために2年間使用され続けている、と考えることができる。

 ここで1年後の収益は、110−100=10であるから、10万円の価値が増殖したものである。明らかに、価値増殖率は10÷100=0.1、つまり10%である。そこで、この予想収益110万円は、

110万円=100万円×(1+0.1)

として表すことができる。

 また、2年後の収益は、同様に価値増殖率10%で増殖したものである。すなわち、1年後に100万円×(1+0.1)=110万円になり、さらに2年後には、この110万円を元本として110万円×(1+0.1)=121万円に増殖したのである。それゆえ、2年後の収益121万円は、

121万円=100万円×(1+0.1)(1+0.1)
=100万円×(1+0.1)
2

となる。

 この1年後の110万円、2年後の121万円という収益は将来の予想収益なので、価値増殖率が10%ならば、それと同じ割引率(10%)で割引きすれば現在の価値となる。すなわち、

 この関係を記号化すると、n年後に受け取る金額をQn、割引率をr、その現在価値をVとすれば、次のようになる。

 (2)資本資産の供給価格

 資本資産の供給価格とは、資本資産1単位の生産に必要な費用のことであり、資本資産の製造業者が自己の極大利潤を求めてつけた製品価格のことである。(この種の資産を市場で購入したときに支払う額を意味するものではない。)
 予想収益の系列Q
1、Q2、…、Qnは一定額の費用を投下して拡張した新しい資本資産が増殖した価値の系列に他ならない。ここで、価値増殖率rでこの予想収益を割り引けば、その値は、企業が新資本資産の購入や設置に要した費用にちょうど等しくなるはずである。
 資本の限界効率とは、ある資本資産によって得られる予想収益の現在値と資本資産の供給価格S
2を等しくさせる割引率rであり、式に表すと次のようになる。

 つまり、この式を満たす割引率rが資本の限界効率mである。

 以上のような関係から、資本の限界効率は、一方においては予想収益に、他方においては資本資産の供給価格に依存していることが分かる。このことを式に表すと、
 資本資産の供給価格の式より、(耐用期間は1年とする)

となり、これが資本の限界効率の式である。これより、予想収益Q1が大きければ大きいほど、資本資産の供給価格S2が小さければ小さいほど、資本の限界効率は一層大きくなることが分かる。

§2.資本の限界効率と投資の関係

 ケインズによれば、一定期間内におけるある資本資産への投資が増加すると、その資本の限界効率は逓減せざるを得ない。その要因には次の2つがある。
 1つは、予想収益は需要条件を一定とする限り、投資の増加につれて減少するという長期的要因である。というのも、投資の増加はそれによって供給されるようになる生産物を増加させ、その生産物の価格を引き下げるようになると考えられるからである。
 もう1つは、資本資産の供給価格は投資の増加につれて上昇するという短期的要因である。というのも、完全競争を前提とする限り、投資の増加、すなわち資本資産の増加は一層高い限界費用(供給価格)のもとでのみ可能となるからである。

《長期的要因》 予想収益の減少
投資増大→機械設備増加→生産物増加→供給増加→生産物価格下落→予想収益の減少→資本の限界効率の低下
《短期的要因》 資本資産の供給価格の上昇
投資増大→機械設備増加→機械設備の生産増加→機械設備製造企業における収穫逓減の法則における限界費用増加→機械設備(資本資産)の供給価格の上昇→資本の限界効率の低下

図2−2−1  これらの関係を図示すると、(図2−2−1)のようになる。この表をケインズは投資需要表または資本の限界効率表と呼ぶ。これは、投資需要曲線または資本の限界効率曲線、または投資関数に他ならない。

 

 

 

§3.投資量の決定

図2−2−2 前述したとおり、投資量は資本の限界効率と利子率によって決定される。投資を行う主体である企業は、自己の極大利潤を求めて投資量を決定する。すなわち、利潤率である資本の限界効率が費用としての利子率よりも高い限り、投資を行うことによって利潤を増大させることができるから、投資は一層増大する。このことは、予想収益の減少と資本資産の供給価格の上昇をもたらし、資本の限界効率を引き下げることになるから、これと利子率が均衡する投資量が現われ、そこにおいて均衡投資が決定する。

 この関係を示したものが(図2−2−2)である。利子率を所与とすると、投資は資本の限界効率曲線mと利子率 i0の交点eに即して I0に決定される。

 同じことは次のようにも言い表すことができる。
 いまここで、100万円を現行の利子率10%で預けると、いくらになるか計算してみよう。簡単に、1年後には110万円、2年後には121万円となる。これを逆に見て、将来の資産価値、つまり1年後の資産価値110万円を現在価値に引き直すには、将来の資産価値を現行の利子率10%で割り引けばよい。
 一般に、一定額の資金を設備投資の振り向けないで、例えば金融資産の購入に当てても、そのときの利子率に見合う収入を得ることもできるはずであるから、投資は、このような機会費用を考慮に入れて、実施されるものとしてよい。
 ここで、資本資産の需要価格を考えてみる。これは、企業が利子率を支払っても購入し得る資本資産の価格の上限のことである。耐用年数n年の資本資産の予想収益の系列をQ
1、Q2、…、Qn、これを現在価値に引き直すための割引率(ここでは現行の利子率)を i とすると、これら各年の予想収益を利子率で割り引いて求められた資本資産の現在価値の和、すなわち資本資産の需要価格D2は、

と、表すことができる。また、資本資産の供給価格S2は前述のとおり、

となり、上の2つの式により次のことが分かる。
 企業にとって、資本資産の需要価格が資本資産の供給価格を上回っている限り、つまり、新しい資本資産がもたらす予想収益の現在値の方がそれへの投下資本額よりも大きくなる限り、投資は利潤を生む。すなわち、追加投資は有利となり、投資は継続される。このとき、資本の限界効率は利子率を上回っている。需給関係が逆転すれば、投資は不利となり、均衡したところで投資量は決定される。

D2>S2  i <m 追加投資有利
D
2=S2  i =m 投資量決定
D
2<S2  i >m 追加投資不利

 このように、資本資産の需要価格D2と供給価格S2の関係は、利子率 i と資本の限界効率mとの関係で表すことができ、i =mにおいて投資量 l が決定される。

 前述のように、投資は利子率と資本の限界効率によって決定されるが、利子率は比較的固定的であるのに対して、資本の限界効率は経済発展によって予想収益を上昇させたり、新しい生産技術の採用により資本資産の供給価格を低下させたりできるので、投資量の決定は、主として資本の限界効率の変動に依存する。
 また、資本の限界効率は、資本資産の供給価格と予想収益によって決定される。ところが、資本の限界効率に、その最も重要な特性である不安定性を与えているのは、この予想収益である。予想収益はあくまで予想であるので、予想する個人の主観によっていろいろあるといえるからである。それゆえ、投資の不安定性は主として予想収益の不安定性によるものであり、現在の投資を規定するものは、企業が実際に得た現在までの収益ではなく、将来の予想収益に対する現在の期待に他ならない。

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