(2)投資乗数理論

 これまでは消費性向を所与として一定の投資が与えられると、どのように均衡国民所得が決定されるのかを述べてきた。そこで、ここではこの与えられていた投資が変化した際に、国民所得の水準がどのように変化するのかについて考える。この投資の増加が国民所得をどれだけ増加させるのかを説明する理論は投資乗数理論と呼ばれ、この関係は投資乗数と規定されている。

<投資乗数理論の諸前提>
1.政府部門や海外部門を考慮しないニ部門経済を考える。
2.投資は国民所得と無関係に決定される独立投資であるとし、とする。
3.法人は収入を留保しない。
4.需要の増加に対して供給が即応的に拡大可能。
5.資本設備一定の短期分析を考える。

 今、企業Aが固定設備の拡大または在庫の拡大のために新たに100億円の投資をしたとする。すると、この企業Aが新たに必要とする固定設備、または在庫の原材料を生産している企業Bでは企業Aの注文に応じて新たに労働者を雇い入れ、企業Cから必要な原材料を購入して生産を開始する。この場合、企業Bが購入する原材料は50億円、労働者に支払う賃金は40億円、企業Bが取得する利潤は10億円であるとする。さらに、企業Cも企業Bの注文に応じて新たに労働者を雇い入れ、企業Dから必要な原材料を購入して生産を開始するが、企業Cが購入する原材料は25億円、労働者に支払う賃金は20億円、取得する利潤は5億円とする。以下、企業Dは企業Eへの発注、新規労働者の雇用というように同様の過程が連続し、その結果ついに最初の企業Aが必要とした固定設備、または在庫が完成し、それが企業Aに引き渡されたとする。このとき、企業Aによる100億円の投資が完了したわけである。以上の過程を表にすると次のようになる。

企業Aの投資過程(100億円投資の場合)

=投資の第一次的波及効果(単位:億円)

                 
企業Aの
投資額
  企業Bの
生産額
   企業Cの
生産額
   企業Dの
生産額
   企業Eの
生産額
100     100     50     25     12.5
原材料費     50     25     12.5     ……
賃金費用     40     20     10     ……
利潤     10         2.5     ……
||     ||     ||     ||     ||
所得増加分     50     25     12.5     ……

 このように実際に100億円の投資が行われたとき、関連企業において発生した所得の合計額はちょうど100億円になる。すなわち、投資が行われる(=増加する)と、国民所得はその投資額に等しい額だけ増加するのである(=所得の第一次的増加=投資の第一次的波及効果)。しかし、国民所得の増加(=投資の波及効果)はそれだけにとどまらない。つまり、労働者・企業によって取得された所得の一部は消費され、残りは貯蓄される。今、社会全体の限界消費性向が0.8であるとすると、100億円の投資により新たに発生した所得は100億円であるから、80億円は消費財の購入に当てられ、残りの20億円は貯蓄される。そのため、消費財需要の増加分はこれまでに生産されていた消費財の供給量では調達できないので、新たな所得からの新たな消費財需要はそれに等しい額の消費財生産を促す。そして実際にそれだけの消費財が生産されたときには、需要額に等しい額の所得を消費財関連産業の諸企業においても生み出す。これが所得の第二次的増加である。以下同様にして、生産の増加が所得の増加を生み、その所得の増加が消費需要の増加を生み、さらにその消費の増加が生産の増加を生む、といった過程が繰り返されて、新たな所得の増加がゼロになるまで続く。このような所得の第一次的増加を含めた第二次的、第三次的…の合計額は、

   100+80+64+…=1/(1−0.8)×100=500

 また、このときの消費の増加額は、

   80+64+51.2+…=1/(1−0.8)×80=400

 貯蓄の増加額は、

   20+16+12.8+…=1/(1−0.8)×20=100

 以上の関係を表に表すと次のようになる。

    投資の全波及効果(単位:億円)
効果    投資又は生産の増加 所得の増加 消費の増加 貯蓄の増加
第一次    100   100   80   20
第二次    80   80   64   16
第三次    64   64   51.2   12.8
        
        
        
合計    500   500   400   100

 以上の関係を以下の記号で表すと次のようになる。
  (Δ I :投資の増加、ΔY:所得の増加、c
1:限界消費性向)

効果     投資又は生産の増加     所得の増加     消費の増加
第一次     Δ I     ΔY1=Δ I     c1ΔY1=c1Δ I
第二次     c1Δ I     ΔY2=c1Δ I     c1ΔY2=c12Δ I
第三次     c12Δ I     ΔY3=c12Δ I     c1ΔY3=c13Δ I
           
           
           
第n次     c1n-1Δ I     ΔYn=c1n-1Δ I     c1ΔYn=c1nΔ I

 よって、最終的な国民所得の増加は、

    ΔY ΔY1+ΔY2+ΔY3+…+ΔYn  
      Δ I +c1Δ I +c12Δ I +…+c1n-1Δ I   
      (1+c1+c12+…+c1n-1)Δ I ……@

 この@式の両辺にc1を乗じると、

    c1ΔY=(c1+c12+…+c1n-1+c1n)Δ I  ……A

となり、@−Aは、

    (1−c1)ΔY=(1−c1n)Δ I

これを変形すると、

    ΔY=(1−c1n)/(1−c1)Δ I  ……B

 ここで、限界消費性向c1は0<c1<1であるから、nの値が無限大に大きくなればc1nの値は限りなく0に近くなり、無視し得る値となる。したがってBの式は、

    ΔY=1/(1−c1Δ I
          ||
        投資乗数

 このようにして国民所得の水準は投資の増加分に1マイナス限界消費性向の逆数を乗じた数だけ増加するのである。ケインズはこの増加分に対する国民所得の増加分の比1/(1−c1)を投資乗数と呼び、国民所得は投資が増大すると、その乗数分だけ増大するという理論を投資乗数理論と呼んだのである。投資乗数理論を図にすると以下のようになる(図3−2−1)。

図3−2−1

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