U-21四ヶ国対抗戦:日本--パラグアイ




U-21四ヶ国対抗戦:日本-パラグアイ




サッカーU-21「日本--パラグアイ」 (2018月 3月25日)
最終戦は日本-パラグアイ戦、日曜日の夜、パラグアイ-日本戦という事もあり、今までの試合と比較してかなり多くの観客が来場しました。日本人、日系人も多くどちらかと言いますと二世の方も含めて日本を応援していました。試合前のセレモニーが行われ、両国国歌斉唱、歌ったのは日系の歌手であるエリアス・田中さんでした。またこの日は気温が下がり風があり、かなり寒い中での試合となりました。

今回は前半は向かい側から後半は正面で観戦しました、やはり正面の方が見やすいですね。試合は前半パラグアイがPKと鮮やかなミドルシュートが決まり2-0で前半を終了しました。後半に入りパラグアイは退場者が出て日本が数の上で有利となり攻め続けました。後半38分に一点を返しその後もチャンスがありましたが決めきれず1-2でパラグアイの勝利となりました。

ゴール30分 Mathías Espinoza, de penal
35分 Sebastián Ferreira (P)
71分 三好i

最終的には チリ 勝点 8、パラグアイ 5、ベネズエラ 3、日本 2 という結果になりました。



(写真:競技場の通路)



(写真:プラテア観客席-01)



(写真:プラテア観客席-02)



(写真:正面スタンド)



(写真:セレモニー)



(写真:前半-01)



(写真:前半-02)

後半は正面スタンドに移動しました。多くの観客が来場しており、日本人・日系人も多く観戦していました。



(写真:正面スタンド-01)



(写真:正面スタンド-02)



(写真:正面スタンド-03)



(写真:後半-01)



(写真:後半-02)

点が入りますと掲示板に「ゴール」と表示されます。



(写真:ゴールと表示)

日本が点を入れて2-1となりました、時間は38分、残り7分プラスアディショナルタイムですね。



(写真:点数と時間が表示)



(写真:試合後の挨拶-01)



(写真:試合後の挨拶-02)

U21日本、パラグアイに敗れる サッカー親善大会 (日本経済新聞)
パラグアイに遠征しているサッカーのU―21(21歳以下)日本代表は25日、アスンシオンで行われた国際親善大会の最終戦でU―21パラグアイ代表と対戦し、1―2で敗れた。3試合を1勝(PK勝ち)2敗で終えた。日本は前半に2点を先制されたが後半は押し込み、終盤にMF三好(札幌)が1点を返した。


U21日本は最下位、南米勢に90分間での勝利なし(日刊スポーツ)
<国際親善大会:U-21日本1-2U-21パラグアイ>◇最終戦◇25日◇パラグアイ・アスンシオン
パラグアイに遠征しているU-21日本代表は25日、アスンシオンで行われた国際親善大会の最終戦でU-21パラグアイ代表と対戦し、1-2で敗れた。3試合を1勝(PK戦での勝利)2敗で終え、4チーム中の最下位。日本は前半にPKを献上するなど2点を失った。後半は序盤に相手に退場者が出て優勢に立ち、MF三好(コンサドーレ札幌)のシュートで1点返したが及ばなかった。南米勢との3試合で、東京五輪(オリンピック)を目指す21歳以下の日本は1度も、90分間での勝利を味わえなかった。「技術的に通用したところは多かったが、そこから相手に脅威を与え、得点を奪う局面をもっとつくらないといけない」と森保監督。要所の迫力不足という課題があぶり出された。パラグアイ戦も、相手に退場者が出た後半に詰めの甘さを露呈した。何本も惜しいクロスを上げた初瀬(ガンバ大阪)は「あともう少しでアシストというところも多くあった」と唇をかんだ。



この試合、皆さん寒さに震えながらの観戦でした、前二試合も決して暑くはありませんでした。、「気温35度、灼熱のパラグアイでの3連戦」という記事がありました。実際に観戦しないで書かれた記事なのでしょう。

森保ジャパンが南米勢から学ぶべきこと・「内容が悪くても最後は勝つ」の重要性・気温35度、灼熱のパラグアイでの3連戦(スポーツ・ナビ)
確かに遠かった(おまけに暑かった)が、タメになったのは間違いない。現地時間3月21日から25日にかけて行われたU−21日本代表の南米遠征を、簡潔かつ乱暴に総括してしまえば、そんな感じだろうか。南米のパラグアイにて開催されたのは「スポーツ・フォー・トゥモロー(SFT)プログラム南米・日本U−21サッカー交流」。日本、チリ、ベネズエラ、そしてパラグアイの4カ国による国際親善大会である。SFTは日本政府が東京五輪とパラリンピックに向けて推進している国際貢献事業。開発途上国をはじめとする国々とのスポーツ(サッカーに限らない)を通じた交流を目的としており、サッカーではこれまでアジア地域を中心に大会開催などを行ってきた。今回はその枠組みを南米へ拡張しつつ、ついでに東京五輪世代の強化も図ってしまおうという試みである。
開催地であるパラグアイは地球の裏側に位置し、日本との時差は当初12時間(大会期間中にサマータイムが終わって1時間ズレたが)。さらに亜熱帯のパラグアイは非常に暑い。日中の気温は35度にも達するという環境で、中1日の3連戦というのは、なかなかタフだったのは説明するまでもない。国際Aマッチウイークを利用しての大会開催だけに、ゆとりのある日程にはできないのだ。だからこそ、森保一監督にとっては大きな意味のある招集機会でもあった。J1リーグでレギュラーを張るDF中山雄太、杉岡大暉といったここまで招集できていなかった選手たちに加え、欧州組の選手たちも招集可能となったからだ。A代表と違って五輪代表はルール上の拘束力はないので、クラブから断られて招集できなかった選手もいたのだが、森保体制で初招集となった選手の多くが「これまでも呼びたかった選手」だったのは間違いない。東京五輪まであと2年と少しになったこの段階で、各年代の代表が苦手とする南米勢との対戦経験を積めるという意味でもポジティブな機会だった。
“苦手”な南米勢との3戦は勝ち点1に終わる。:そう、日本はどうにも南米勢が苦手である。この世代が出場した昨年のU−20ワールドカップ(W杯)でも、日本はウルグアイとベネズエラに2戦2敗。2014年のW杯ブラジル大会でコロンビアに惨敗したことも未だに苦い思い出として残るが、個人的に一番衝撃的だったのは1999年のコパ・アメリカ(南米選手権)である。招待国として参加した日本はペルーに敗れ、パラグアイにボコボコにされ、ボリビアに引き分けて、勝ち点1を持ち帰るのが精いっぱいだった。そして今回の南米遠征の戦績も1PK勝ち2敗というもの。PK勝ちは実質引き分けなので、くしくも19年前のコパ・アメリカと同じ戦績だったようである。実は開催された競技場も、このときと同じエスタディオ・ディフェンソーレス・デル・チャコ。1917年に建てられた伝統あるスタジアムで、「南米勢に勝つ難しさ」をあらためて体感する羽目になってしまった。もちろんタフな移動があり、ろくに練習もできない状態で臨んだ大会だというエクスキューズはある。ただ、対戦相手の南米3カ国もベストメンバーを呼べたわけではなく、この年代の活動自体あまりしていないそうである。優勝したチリに至っては、2つ年下のU−19代表での参加だった(その分、ドイツやスペイン、メキシコでプレーする海外組もきっちり呼んでいたが)。結果へ過度にフォーカスすべきではないが、試合の中で起きていた現象については謙虚に受け入れて検証するべきだろう。
「経過より結果を重んじる」南米のスタイル「技術的な部分で負けていたとは思わない」
3連戦を終えたあと、監督・選手の口からそろって出てきた言葉だ。単純に個々が持つ足元のテクニックという部分について言えば、確かに3試合ともに見劣りしていた印象はない。だがそもそも、そうした日本的な評価軸自体が南米勢とは異なっているようにも思える。ある選手は「(南米のチームは)高校サッカーみたいなサッカーをしてくる。球際の強さ、迫力の部分がすごい」と表現していた。少々誤解を招きそうな発言ではあるが、言いたいことは分かる。実際に南米勢同士の試合を見ていても、「高校選手権でありそうな試合の流れだな」と思うことは何度かあった。割り切ったロングボールからこぼれ球を狙って競り合い、ギリギリの攻防では互いに体を張りまくる。日本的な価値観での“良いサッカー”の基準からは外れているのだが、とにかく「勝ちたい」という気持ちがみっちり伝わってくるスタイルである。「彼らは途中の経過、内容的にまったくダメであっても『最後のところで勝っていればいい』という感覚がある。勝利に対するこだわりを南米の選手は持っている。個々の技術もありますけれど、やっているサッカーは本当ににシンプル。どちらかというと、放り込んでくるとか、カウンターを鋭く狙うというチームでした」(森保監督)経過より結果を重んじる気風はゴール前にもよく出ている。中盤を大切にするマインドが強い日本と違って、彼らの組み立ては総じてアバウト。しかし、勝敗に直結するところでの決める・決めさせない集中力は強烈な違いがある。試合の中でのメリハリの付け方も顕著で、勝負どころと見定めてからのスイッチの入り方、勝敗に直結するゴール前での攻防における集中力などは「見習わないといけない」ものだったのも間違いない。
長所を生かしながら、変化を付けられるチームにとはいえ、「では日本が放り込みでいいのかと言えば、そうではないと思う」という森保監督の言葉も正論だ。丁寧にビルドアップする日本のスタイル自体をネガティブに捉える必要はないと思うが、相手が勝負とにらんで前から狩りに来ているならば、裏へ蹴ることもあっていいし、攻撃で思い切って仕掛けられる状況を作りながらボールを大事にしすぎて機会を逸する必要もない。五輪で勝つためにはやはり、相手の状況や戦況を見ながら変化を付けられるようなチームに、あらためて仕上げていく必要があるだろう。日本人はどうしても形から入る部分があり、そこは長所でもある。初選出の選手が多数招集された上に練習もろくにできていなかった割りに、森保ジャパンの戦術的な“形”がかなり表現できていたのは、これまで招集された選手がしっかり復習し、初招集組がしっかり予習してきたような“生真面目さ”の産物でもある。ただ、サッカーは採点競技ではないので、形をこなしたところでポイントが入るわけでもない。形はファジーでも、常に勝利とゴールから逆算したプレーが選択され、結果として泥臭くても、多少しょっぱい試合になっても、あくまで勝つために戦い抜く南米勢の姿勢からはやはり学ぶべきものがあるだろう。「どんなに回されようと、最後に勝つのが強いチーム」(初瀬亮)である。森保監督は大会中に「やっぱり来て良かった」と短く漏らしていた。南米への強行軍の中で得られた“学び”は、きっと2年後の「東京」にもつながっていくはずだ。



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