オリンピア、リベルタドーレス杯を制し、トヨタカップ出場へ:(オリンピア−01)


リベルタドーレス杯を制し、トヨタ杯(南米/欧州クラブ選手権:事実上のクラブ世界一を決める大会)出場を決めたオリンピアの活躍を追います。12月 3日、日本(横浜)であのスター軍団「レアル・マドリ」と対戦することになります。ここでは日本に向けて出発するまでをアップしました。(日本到着後は次ページへ

2002年12月03日・横浜:  オリンピア(パラグアイ)-レアル・マドリ(スペイン) (南米/欧州・杯)

19:15 キックオフ(パラグアイ時間:07:15)

テレビ放送 日本テレビ系独占生中継 19:00〜21:14 (予定)、(延長戦の場合は最大22:24まで放送予定)
BS日テレ 23:00〜25:00 (予定)  CS日本 24:00〜26:30 (予定)




オリンピア日本へ向けて出発(2002年11月22日)

オリンピアはバリグ・ブラジル航空便にて出発、空港には大勢のファンが詰め掛け、声援を送った。ナシオン紙によると日本において28日と30日に練習試合が行われるとのことです。



(写真:アスンシオン空港での出発風景)



(図:メンバー)

トヨタ杯へオリンピアが出発 23日に日本入り(朝日)
サッカーの南米クラブ王者決定戦、リベルタドーレス・カップを制したパラグアイのオリンピアが21日、トヨタ・カップ(12月3日)に出場するためアスンシオンを出発した。日本に23日午後到着する。オリンピアは、トヨタ杯の前身のインターコンチネンタルカップで1979年にマルメ(スェーデン)を破り優勝したが、トヨタ杯では90年にACミラン(イタリア)に敗れている。今回は強豪のレアル・マドリード(スペイン)との対戦で、初優勝でことしのクラブ創立100周年を飾りたいとしている。(共同)

オリンピア、日本へ=サッカー・トヨタ杯(時事通信)
サッカーの南米クラブ王者オリンピア(パラグアイ)は21日夕(日本時間22日早朝)、クラブ世界一を決めるトヨタカップ(12月3日、横浜国際総合競技場)で欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)と対戦するため、アスンシオンの空港を出発した。出発前プンピード監督は「(レアルが)どう攻めてくるか、我々がどう攻めるべきかは分かっている」と述べ、エースストライカーのベニテスは「レアルはレベルの高い選手をそろえているが、ビッグクラブにもすきはあるはずだ」と語った。 

パラグアイのオリンピアが日本へ出発(毎日) 
サッカーの南米クラブ王者決定戦、リベルタドーレス・カップを制したパラグアイのオリンピアが21日、トヨタ・カップ(12月3日)に出場するためアスンシオンを出発した。日本に23日午後到着する。今回は強豪のレアル・マドリードとの対戦で、初優勝で今年のクラブ創立100周年を飾りたいとしている。(共同)(毎日新聞)

オリンピアが日本へ出発  トヨタ・カップに出場(岩手日報)
サッカーの南米クラブ王者決定戦、リベルタドーレス・カップを制したパラグアイのオリンピアが21日、トヨタ・カップ(12月3日)に出場するためアスンシオンを出発した。日本に23日午後到着する。オリンピアは、トヨタ杯の前身のインターコンチネンタルカップで1979年にマルメ(スウェーデン)を破り優勝したが、トヨタ杯では90年にACミラン(イタリア)に敗れている。今回は強豪のレアル・マドリード(スペイン)との対戦で、初優勝でことしのクラブ創立100周年を飾りたいとしている。

南米王者 オリンピアが日本へ (デイリー)
サッカーの南米クラブ王者決定戦、リベルタドーレス・カップを制したパラグアイのオリンピアが21日、トヨタ・カップ(12月3日)に出場するためアスンシオンを出発した。日本には23日午後に到着する。オリンピアは、トヨタ杯の前身のインターコンチネンタルカップで1979年にマルメ(スウェーデン)を破り優勝したが、トヨタ杯では90年にACミラン(イタリア)に敗れている。今回は強豪のレアル・マドリード(スペイン)との対戦で、初優勝でことしのクラブ創立100周年を飾りたいとしている。

代表が十数人居るという記事がありますが、代表経験者がそのくらいは居るのは事実です。国際試合で外国に居る選手を招集せず、国内リーグの選手中心でチームを組む事がよくあり、その時にはオリンピアが主力となり、6,7人は参加、要するにパラグアイ国籍のレギュラーはほとんど全員という事になります。その時の調子がありますので、結局は十数名が代表を経験しているという事になってしまったのです。



オリンピア日本へ向けて本日出発(2002年11月21日)

オリンピアは本日バリグ・ブラジル航空便にてサンパウロ、ロスアンジェルスを経て東京に向けて出発する。昨日20日にはウルグアイのチームと練習試合を行い、最後の調整を行った。今回日本に向かうのは20選手、日本ではJ1のチームと2試合、J2のチームと1試合、練習試合が予定されている。なお、練習試合はヘルナン・ロペスとミゲル・ベニテスのゴールで2-0でオリンピアが快勝した。2点目のペケのゴールは技ありのゴールで見事に決まった。なお、この試合注目されていたリチャード・バエスはベンチ入りはしていたが、試合には出場せず、関係者は奇異に感じている、理由は分からない。



(写真:ヘルナン・ロペス:ABC紙)



(写真:ガストン・コルドバ:ナシオン紙)



日本人・日系人による壮行会 (2002年11月15日)

間も無く日本に向かうオリンピアの選手達、日本人・日系人のサッカー関係者、ファンが集まり壮行会が開催されました。日本出発までの忙しい時間を割いて、主力のオルテマン、エンシソ、サラージャの3選手が参加しました。オルテマン選手はちょっと難しそうな感じで、サラージャはにこにこして明るい選手、主将のエンシソ選手は紳士という印象でした。



(写真:オリンピアの3選手)



(写真:気軽にサインに応えるオルテマン選手)

当方も持参したユニフォームと座布団にサインをもらいました。



(写真:3選手のサイン入りユニフォーム)



(写真:3選手のサイン入り座布団)



リベルタドーレス杯に向けて練習 (2002年11月14日)

国内リーグ戦が全て終わり、いよいよトヨタ杯に向けての練習となりました。日本テレビの撮影隊も来て撮影していました。暑いパラグアイから冬の日本へ、そして12時間の時差を如何に克服するのかという課題もあります。数日前に日本に行くのでは無く、ある程度余裕を持った日程にするべきでしょう。また提訴の問題でガタガタしていましたが、ようやく取り下げたようです。

オリンピア トヨタ杯出ない?(スポニチ)
南米クラブ王者のオリンピア(パラグアイ)が、トヨタ杯(12月3日、横浜国際)に出場しない可能性が出てきた。9月にFIFAから「提訴を取り下げない限り出場権をはく奪する」と警告されていたが、同クラブのディブ会長が取り下げを拒否した。パラグアイ協会のハリソン会長の不正支出を追及し、訴訟を起こしていた。「(出場権を)はく奪したいならすればいい。12件は取り下げたが2件だけは譲れない。このような状況ではトヨタ杯に興味はない」とディブ会長は強気に語り、動向が注目される。

協会幹部への訴訟取り下げ=南米クラブ王者のオリンピア(時事)
サッカーの南米クラブ選手権を制したオリンピア(パラグアイ)のドミンゲス会長は13日付の地元紙ナシオンに対し、同国サッカー協会幹部を相手取った民事訴訟を取り下げる意向を示した。同会長は前日まで、国際サッカー連盟(FIFA)による訴訟取り下げ要請には応じないとし、クラブチーム世界一を決めるトヨタカップ(12月3日、横浜国際総合競技場)への出場権喪失も辞さない姿勢を示していた。 


オリンピアの出場選手決まる=トヨタ杯サッカー(時事)
サッカーの南米クラブ王者オリンピア(パラグアイ)は13日、欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)とクラブチーム世界一を争うトヨタカップ(12月3日、横浜国際総合競技場)に出場する25選手を発表した。このうちGKタバレジとFWバエスの2選手が、今年のワールドカップ(W杯)日韓大会にパラグアイ代表で出場した。オリンピアは7月、南米クラブ選手権決勝でサンカエタノ(ブラジル)を下し、12年ぶり3度目(前身のインターコンチネンタル杯を含む)のトヨタ杯出場を決めた。

 



国内リーグ後期優勝を逃す (2002年11月04日)


オリンピア 2 - ルケ 2

この試合ルケのセンターライン付近からのふわっとしたボールに対してGKのタバレリが前に出過ぎており、取り切れずゴールを先制の許してしまいました。その後オリンピアが2点を取り逆転し、首位であり、このまま終了すれば優勝と思った瞬間、またもミドルシュートで失点、同点とされてしまった。最後はタバレリも加わっての全員攻撃、相手にボールを奪われて・・万事休す・・という場面もあったのですが、無人のゴールに僅かに入らず(ポスト)救われるという場面もありました。しかし奇跡は起きずそのまま引き分けに終わりました。それにしてもオリンピアらしくない試合運び、タバレリを中心とする守りのミス2点を失いました。これで後期は3位に終わりました。

これで今年の優勝は前期「リベルター」、後期「10月12日」とオリンピアはセロと共に優勝を逃しました、これは非常に珍しい事です。リベルタドーレス杯は今年の同大会の優勝で約束されていますが、それにしても不安が残る試合内容でした。



国内リーグで首位に立つ (2002年10月28日)

オリンピア 3 - リベルター 1

一部リーグ10チーム、ホーム&アウェーで行われている後期リーグも残すところ後2試合となりました。この週末も激しい戦いが繰り広げられ、前節まで2位のオリンピアはここまで首位のリベルターと対戦、両軍決定的なチャンスを逃し後半途中まで無得点のままでした。試合が動いたのは後半22分、リベルターの反則で得たゴール前のフリーキックをパコことフランシスコ・エステチョが決め先制した。その直後マウロが相手の足を直接狙い倒したとして、いきなりのレッドカード、オリンピアは一人少ない戦いを強いられました。不利な条件でも攻めるオリンピア、ゴール前で26分フリオ・カセレスが落ち着いて決め2-0となり、試合終了前の44分、今度はカルロス・エスティガリビアが左正面でフリーになり、キーパーと1対1となり、余裕を持ってゴールを決め、3-0となった。試合終了間際45分、リベルターがPKを得て1点を返したが、そのまま試合は終了し、3-1でオリンピアが勝利し、残り1試合の時点でとうとう首位に立った。ただ、このマウロのレッドカードビデオを見ると相手選手と全く接触しておらず、審判の誤審のように思います。次節はいよいよ最終戦、対戦相手は5位の2年前武田選手が所属していたルケ、この数試合は調子を落としていますが、後期は一度首位に立ったこともあります。



(写真:先制点を挙げたエステチョ、左はその直後退場となったマウロ:ABC紙)

後期リーグ成績表(10月28日現在)

チーム 勝点 試合数 勝利数 引き分 敗戦数 得点 失点
オリンピア 29 17 8 5 4 31 23
10月12日 29 17 9 2 6 27 22
リベルター 28 17 8 4 5 31 21
グアラニ 26 17 7 5 5 27 23
ルケ 26 17 7 5 5 17 15
スポール・コロンビア 23 17 7 2 8 22 27
セロ 21 17 5 6 6 19 17
レコレタ 18 17 4 6 7 15 22
ソル 17 17 4 5 8 15 21
サン・ロレンソ 17 17 5 2 10 15 28





クラシコ(対・セロ戦)両軍無得点で引き分け(2002年10月25日)


オリンピア 0 - セロ 0

伝統の一戦である対セロ戦は両軍無得点で引き分けました。オリンピアの決定力不足が気になります。この結果リーグ戦(後期・2回総当り)は残り2試合を残すのみとなりましたが、リベルターが首位になり、オリンピアは2位、混戦模様となっています。今度の日曜日に首位リベルターと2位オリンピアとの直接対決があります。この試合に勝ったチームが有利になって来ると思います。



(写真:伝統の一戦・ABC紙)

後期リーグ成績表(10月24日現在)

チーム 勝点 試合数 得点 失点
リベルター 28 16 8 4 4 30 18
オリンピア 26 16 7 5 4 28 22
10月12日 26 16 8 2 6 26 22
ルケ 26 16 7 5 4 16 13
グアラニ 25 16 7 4 5 26 22
セロ 21 16 5 6 5 19 15
スポール・コロンビア 20 16 6 2 8 20 26
レコレタ 17 16 4 5 7 14 21
サン・ロレンソ 17 16 5 2 9 15 27
ソル 14 16 3 5 8 13 21




チケット発売は10月27日・10時から (2002年10月24日)

間もなくチケットが販売となります。毎年直ぐに売れてしまうプラチナ・チケットですが、今年はワールド杯の余韻もあり、横浜で初めての試合でもあり、スター軍団のレアル・マドリの登場という事もあり、人気は間違いないところでしょう。当地でも観戦ツアーが企画されており、チケット・宿泊込みで30万円くらいで販売されています。色々な観光地とセットとなっているのもありますが、この不景気の中果たしてどれ位のサポーターが当地から出掛けるのでしょうか?しかしながら、当地のサポーターは皆「勝つ!」と信じているようです。 

12.3トヨタ杯レアルVSオリンピア(スポニチ)
日本サッカー協会は23日、クラブチームの世界一を決める第23回トヨタ杯(12月3日・横浜国際)の開催要項を発表した。今回は欧州代表が欧州チャンピオンズリーグ優勝のレアル・マドリード(スぺイン)で2年ぶり、南米代表がリベルタドーレス杯優勝のオリンピア(パラグアイ)で、12年ぶりの出場。ともに今年がクラブ創立100周年、同杯の成績も過去22回は11勝11敗の互角で、文字通り雌雄を決する大会になる。今回から試合方式が一部変更になり、同点の場合は15分間の延長を最大2回行う。最初の15分間でより多く得点を取ったチームが優勝、同点の場合は再度15分間の延長を行う。今春の欧州チャンピオンズリーグ決勝で採用された方式で、欧州連盟から提案され、南米連盟も了承した。前売りは10月27日午前10時から電話かインターネットで。問い合わせはトヨタ杯入場券事務局=(電)03(3251)0600まで。

トヨタ杯の概要発表−12・3横浜国際(サンスポ)
欧州王者レアル・マドリード(スペイン)と南米王者オリンピア(パラグアイ)が激突する世界NO・1クラブ決定戦、第23回トヨタカップ(12月3日・横浜国際総合競技場、午後7時15分キックオフ)の大会概要が23日、発表された。両クラブとも今年が創立100周年。2年ぶり3度目出場のレアルは2度目の、12年ぶり2度目出場のオリンピアは初の同杯獲得を狙う。延長戦が、従来の15分×2本(前後半)から、15分×1回目・2回目に変更。1回目で勝敗が決した場合、その時点で試合終了(Vゴール方式は採用しない)。1回目で勝敗が決しない場合、2回目の15分を行う。ブラジル代表FWロナウドも加入したスター集団レアルは、ベストメンバーが来日予定。ロナウドのクラブの一員としての来日は初となる。

R・マドリードとオリンピアが対戦=12月3日にトヨタカップ−サッカー(時事)
日本サッカー協会は23日、クラブチーム世界一を決めるトヨタカップ(12月3日)の開催概要を発表した。23回目の今回は、これまでの東京・国立競技場から横浜国際総合競技場に舞台を移し、欧州代表のレアル・マドリード(スペイン)と南米代表のオリンピア(パラグアイ)の顔合わせで行われる。4年ぶりの制覇を狙うR・マドリードはジダン(フランス)、ラウル(スペイン)、フィーゴ(ポルトガル)や、今季加入したW杯得点王のロナウド(ブラジル)などを擁す世界有数のスター軍団。南米大陸のリベルタドーレス杯を制したオリンピアは1990年以来の出場。ともに、今年がクラブ創設100周年にあたり、記念すべき年に世界一を目指す。今回から試合方式が一部変更になり、通常の前後半で同点の場合、欧州サッカー連盟(UEFA)が新たに導入した新延長戦方式が採用される。同方式は、まず15分間の延長戦を行い、それで決着が付かなければ、さらに15分間延長される。それでも勝敗が決しない場合はPK戦となる。入場券は27日から発売される。27日は電話かインターネット予約のみで、予約が終了した場合は28日以降の店頭販売は行われない。入場券に関する問い合わせは、「トヨタカップ入場券事務局」電話03(3251)0600まで。 



日本にクラブ公認・オリンピア・ファンクラブ  (2002年10月10日)

日本では対戦相手のレアル・マドリの人気が高くオリンピアを応援するサポーターは少ないものと思っておりましが、クラブ公認・オリンピアファンクラブが誕生しました。



オリンピア・ファンクラブ





危うしオリンピア  (2002年 9月28日)

オリンピアはどうなるのでしょうか?12月 3日のトヨタ杯に向けての大事な時期ですが、チーム状態は内輪もめもあり、国内リーグでは下位のチームにも負けるなど最悪、おまけにFIFAとも事を構える事態となっています。一方のレアル・マドリ、欧州チャンピオンリーグでは緒戦は3-0、二戦目ベルギーの覇者ゲンクに6-0と桁違いの実力を見せています。第二戦には獲得した新戦力・ロナルドはまだ参加せず、MF・ジダンなど主力を数名欠いての勝利、後半は若手を投入する余裕すら・・相手はものすごく強い・・後2ヶ月どのようにチームを立て直すのか正念場を迎えています。

オリンピア、FIFAへの提訴取り下げ(日刊スポーツ)
昨季のリベルタドーレス杯覇者オリンピア(パラグアイ)が選手の移籍をめぐる問題で国際サッカー連盟(FIFA)を訴えていた問題で、同クラブのディブ会長は提訴を取り下げることを発表した。移籍金の発生しない選手を放出した際、相手先のクラブに補償金を支払うよう求めて提訴。しかしFIFAはトヨタ杯Rマドリード戦(12月3日・横浜国際)への出場停止をちらつかせ、取り下げを迫っていた。

南米王者オリンピア、トヨタ杯出場ピンチ(日刊スポーツ)
南米クラブ王者のオリンピア(パラグアイ)が、12月3日に横浜で行われるトヨタ杯に出場できない可能性が出てきた。国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長は24日、「オリンピアが3日以内に提訴を取り下げなければ、トヨタ杯の出場を禁じる」と警告した。オリンピアは7月、リベルタドーレス杯決勝で、サンカエタノ(ブラジル)を下した。2度目の南米王者に輝き、トヨタ杯で欧州王者Rマドリードとクラブ世界一を争うことが決まっていた。だが決勝の直後にリーグ戦の不振からディブ会長が「お前らはプロじゃない」と選手を批判した。これに怒った主力選手が続々と移籍を志願。実際、GKタバレジはブラジル、MFバンスはメキシコのクラブへと一気に主力4選手が移籍した。オリンピアはこの移籍問題でFIFAと対立し、提訴していた。ブラッター会長は「オリンピアが訴えを取り下げると確信している。ただ、そうならない場合は南米サッカー連盟に代替チームを選出するよう要請する」と強硬手段に出る構えも示した。



オリンピア、アスンシオンに凱旋そしてクラシコに勝利 (2002年 8月 5日)

トヨタ杯進出を決め、リベルタドーレス杯を持ち帰ったオリンピア、この日曜日、伝統の一戦(対セロ・ポルテーニョ戦)があり、リベルタドーレス杯を競技場に持ち込み、満員のサポーターに凱旋報告しました。試合は点の取り合いとなり、オリンピアが3-2でセロに競り勝ちました。なお、後期リーグ戦は混戦となっており、両チームとも中位-下位に低迷しています。



(写真:リベルタドーレス杯をサポーターに・ナシオン紙)



(写真:ゴールを決めたマウロ・カバジェロ・ABC紙)



オリンピア勝利、リベルタドール杯を制覇、トヨタ杯へ (2002年 7月31日)

オリンピアが12年振りのトヨタ杯進出を決めました。ホームでまさかの敗戦、アウェーでの逆転を狙い前半から果敢に攻めたのですが、逆に31分に正面からサン・カエターノ・アエルトンに先制を許し苦しい戦いとなりました。後半に入り一気に攻めるオリンピア、多少逃げ切りを意識してか守り気味のサン・カエターノの隙を突き、3分左からコルドバが決め、12分にはリチャード・バエスが技ありのヘディングを決め、通算で2-2の同点と追い付きし、その後は双方得点無く、勝負はPK戦に持ち込まれました。

PK戦は1,2人目は双方ともゴールを決めましたが、サンカエターノは3,4人目が続けて外し、それに対してオリンピアは3人目も落ち着いて決め、そして最後となった4人目のマリオ・カバジェーロもきっちりと決め4-2でオリンピアの勝利となりました。準決勝、決勝とアウェーでのPK戦を制した精神力はたいしたものです。

アスンシオンのセントロは沢山人が出ています。皆の喜んでいる顔というのは良いですね。12月 3日に横浜で行われるトヨタ杯の相手はあのブラジルよりも強いとも言われているレアル・マドリ、今から楽しみです。日本の皆さん、応援宜しくお願いします!最高殊勲選手にはウルグアイ人のオルテマン選手が選ばれました。オルテマンを中心として自在な攻撃そしてGKのタバレリを中心としての好守で勝ち取った栄冠です。



(写真:喜ぶオリンピアの選手・ABC紙)




(写真:コパを持ち喜ぶオリンピアの選手たち・ロイター)

決勝
オリンピア
(パラグアイ)
0−1
2−1
サン・カエターノ
(ブラジル)

PK戦  4-2 でオリンピア 

後半が始まる時にはサンカエターノにはあと少し凌げば良いという気分が多少あったように思います。ここまで無失点、地元でもあり、2点リードしている・・絶対有利であったのですから、これに対してオリンピアの方は何とかPK戦に持ち込もうというのが目標であったと思います。後半が始まると早々追い付き、状況が一変してしまいました。追い付いた2点目はゴールまで両軍の選手がボールを競うようにしてヘディング、オリンピアのリチャート・バエスが競り勝ち、ボールはゴール隅に入ったもの、かなり幸運なゴールという感じでこれでサンカエターノのベンチは浮き足立ち、得点するチャンスもほとんどなく、試合が終了してしまいました。PKの前、両軍の雰囲気は対照的で、しょげ返るサンカエターノ、喜ぶオリンピアと・・まだ勝敗はついてないのに、PK戦を前に勝負は決していたという印象を持ちました。

チーム
サンカエターノ × ×
オリンピア

オリンピアの選手が皆落ち着いていたのに対して、サンカエターノは慌てた感じで3人目、4人目とも上に大きく外しました。

今年クラブ創立100周年を迎えたオリンピア、パラグアイのチームの中ではセロと並ぶ人気チームです。両チームの対戦は伝統の一戦(クラシコ)として特別の扱いとなっています。チームカラーは白と黒で、胸に「NACION」の文字がありますが、これはパラグアイの新聞社のロゴで、会長が経営する会社です。



(写真:オリンピアの応援風景)

上の写真はクラシコ(対セロ戦・2001年後期)のものです。大きな旗、そして白黒の多くの風船が用いられ、それは見事なものでした。サポーターはこの旗を横浜に持ち込むでしょうか??

リベルタドーレス杯を制したのはこれで3回目となります。トヨタ杯は80年から始まりましたが、前身となる南米/欧州杯は60年からインターコンチネンタル杯として79年までホーム&アウェー行われていました。トヨタ杯になる直前79年/80年の大会でスウェーデンのマルメと対戦、アウェー(79年11月:1-0)ホーム(80年3月:2-1)と2連勝し、インターコンチンタル杯を獲得しています。

トヨタ杯には90年に出場していますが、この時は今回のレアルマドリのように対戦相手のACミランがスター軍団でミランのDF一人分でオリンピア全選手の給与が賄えるという事が話題になっていました。当時、ミランは選手に檄を飛ばし、勝った際の賞金を十分に用意し、気合十分、かなり真剣に試合に臨んでいました。オリンピアの方はリベルタドーレス杯獲得で満足しているような状態で、観光気分があったように思います。試合はミランが一方的に攻めて0-3と屈辱的な敗戦となってしまいました。今回も前回同様、世界選抜のようなスター軍団が相手となりますが、皆前回の事が記憶にあり、またワールド杯でスペインに負けた記憶も新しく、何とかしようという機運があります。

サッカー南米クラブ王者にパラグアイのオリンピア(朝日)
サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝の第2戦は31日、サンパウロで行われ、パラグアイの名門オリンピアが、ブラジルの新興サンカエタノを下し、3度目の優勝を果たした。オリンピアは欧州代表のレアル・マドリードと12月3日に横浜でトヨタカップを争う。 24日、地元アスンシオンで行われた第1戦は0−1で敗れたが、敵地サンパウロでの第2戦を2−1で雪辱。PK戦を4−2で制し、優勝を決めた。オリンピアは1979、90年に優勝している。オリンピアはフラメンゴ(ブラジル)などを下し予選を突破。ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)、グレミオ(ブラジル)など強敵を破り勝ち上がった。 オリンピアはクラブ創設100周年を最近祝ったばかりで、地元パラグアイでは大喜びしている。

南米王者にオリンピア=トヨタ杯でレアルと対戦−サッカー(時事通信)
 【サンパウロ31日時事】サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯は31日、当地で決勝の第2戦が行われ、第1戦に敗れたオリンピア(パラグアイ)がサンカエタノ(ブラジル)を2−1(前半0−1)で破った。両チームは2試合の合計得点が2−2で並んだが、オリンピアがPK戦を4−2で制し、12年ぶり3度目の優勝を決めた。オリンピアはクラブチーム世界一を懸け、12月3日に横浜国際総合競技場で行われるトヨタカップで欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)と対戦する。オリンピアはリベルタドーレス杯で初優勝した1979年、トヨタ杯の前身であるインターコンチネンタル杯を制している。 

サッカー=リベルタドーレス杯、オリンピアが優勝(2002年 ロイター)
7月31日、サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝第2戦が当地で行われ、オリンピア(パラグアイ)がPK戦の末、優勝した。[サンパウロ 31日 ロイター] サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝第2戦が当地で行われ、オリンピア(パラグアイ)がPK戦の末、サンカエタノ(ブラジル)を下して優勝した。先週行われた第1戦を0―1で落としたオリンピアは、29日に会長が突然辞任。そのショックが覚めやらないまま、前半、サンカエタノのアイルトンに先制点を許し、窮地に追い込まれた。だが、後半に入り、コルトバ、バエスのゴールで2―1と逆転に成功。2戦の合計得点を2―2とし、クインタナの2試合連続退場で数的不利に陥いるも、PK戦に持ち込み、これを4―2で制した。オリンピアは年末、トヨタカップでクラブ世界一をかけて欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)と対戦する。

<サッカー>パラグアイのオリンピア、3度目の南米クラブ王者に(毎日新聞)
サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝の第2戦は31日、サンパウロで行われ、パラグアイの名門オリンピアが、ブラジルの新興サンカエタノを降し、3度目の優勝を果たした。オリンピアは欧州代表のレアル・マドリードと12月3日に横浜でトヨタカップを争う。

トヨタ杯、レアルの相手はパラグアイの名門オリンピア (サンスポ)
【リオデジャネイロ1日=国際電話】オリンピアが3度目の南米王者だ。7月31日に行われたリベルタドーレス杯決勝の第2戦で、パラグアイの名門オリンピアが、ブラジルの新興サンカエタノを下し、79、90年に次いで3度目の優勝を果たした。 オリンピアは、フラメンゴ(ブラジル)などを下し予選を突破。ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)、グレミオ(ブラジル)など南米の強敵を破り勝ち上がった。決勝第1戦は地元アスンシオンで行われ0−1で敗れたが、敵地サンパウロでの第2戦を2−1で雪辱。PK戦を4−2で制し、優勝を決めた。クラブ創設100周年を祝ったばかりのオリンピア。メモリアルイヤーでの快挙に、地元パラグアイのサポーターは大興奮だ。さあ、次は世界一。欧州代表のレアル・マドリードと12月3日に横浜でクラブ世界一をかけてトヨタ杯を争う。
★オリンピア★
1902年創立、本拠地はパラグアイ・アスンシオン。国内リーグで通算38回優勝の強豪。国際試合では、リベルタドーレス杯優勝3回、79年にはトヨタ杯の前身であるインターコンチネンタル杯で優勝。現在の主力選手は、W杯パラグアイ代表DFカセレス、FWバエスら。

オリンピア創立100周年V! リベルタドーレス杯決勝第2戦(報知)
【サンパウロ(ブラジル)31日=沢田啓明】南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝第2戦が当地で行われ、第1戦を0―1で落としたパラグアイのオリンピアが2―1で地元ブラジルのサンカエターノを破り、その後のPK戦を4―2で制し、12年ぶり3度目の優勝を決めた。12月3日のトヨタ杯(横浜)は、欧州王者レアル・マドリード対オリンピアという100周年を迎えた名門同士が世界一を争う。トヨタ杯でレアルと対決「ハポン! ハポン!」PK戦、4人目のMFカバジェロが決めると、オリンピアのイレブンは歓喜の輪をつくって、日本行きのコールを繰り返した。苦しい試合だった。1点ビハインドで迎えた2戦目、押しながらも先取された。だが、全員攻撃が試合をひっくり返した。苦しい試合を救ったのはこの日29歳になったパラグアイ代表FWバエスだった。後半14分、頭で合わせて振り出しに戻した。「気力で勝った」アルゼンチン代表GKとして1986年メキシコW杯を制し、同年のトヨタ杯ではリバープレートの一員として世界一になったプンピード監督は選手をたたえた。初戦を落とした翌7月25日、100周年記念パーティーで、ディブ会長が選手を批判し、辞任した。これが結束力を強めた。トヨタ杯ではスター軍団が相手だが、チームワークで23年ぶりの世界一を狙う。◆オリンピア 1902年にパラグアイ初のクラブとして首都・アスンシオンで創設。リーグ戦37回優勝は同国最多。79、90、02年にリベルタドーレス杯制覇。79年はマルモ(スウェーデン)に勝ってインターコンチネンタル杯制覇。監督はネリ・プンピード氏(45)。本拠はマヌエル・フェレイラ競技場(2万人収容)。

オリンピア12季ぶり南米王者 (スポニチ)
南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝第2戦が31日行われ、オリンピア(パラグアイ)がPK戦の末にサンカエタノ(ブラジル)を下して12季ぶり3度目の優勝を果たした。12月3日のトヨタ杯(横浜国際)で欧州王者のレアル・マドリード(スペイン)と対戦する。ホームでの第1戦を0―1で落としたオリンピアは敵地での第2戦も前半に1点を先制されたが、後半に2ゴールを挙げて逆転。2戦合計2―2で突入したPK戦を4―2で制した。オリンピアは今年が創設100周年。GKタバレジ、DFカセレス、DFフランコ、FWバエスらパラグアイ代表の日韓W杯メンバーが主力で、元アルゼンチン代表GKのプンピード氏が指揮を執っている。

オリンピア優勝(デイリー)
サッカーの南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝の第2戦は31日、サンパウロで行われ、パラグアイの名門オリンピアが、ブラジルの新興サンカエタノを下し、3度目の優勝を果たした。オリンピアは欧州代表のレアル・マドリードと12月3日に横浜でトヨタカップを争う。24日、地元アスンシオンで行われた第1戦は0―1で敗れたが、敵地サンパウロでの第2戦を2―1で雪辱。PK戦を4―2で制し、優勝を決めた。オリンピアは1979、90年に優勝している。オリンピアはボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)、グレミオ(ブラジル)など強敵を破り勝ち上がった。

オリンピアが南米王者、トヨタ杯出場決めた<リベルタドーレス杯決勝第2戦>(日刊スポーツ)
パラグアイの強豪オリンピアが、12年ぶり3度目の南米王者に輝いた。リベルタドーレス杯決勝第2戦は7月31日、ブラジル・サンパウロで行われ、オリンピアがサンカエタノ(ブラジル)に2−1と勝利。2戦合計2−2からのPK戦を4−2として逆転。トヨタ杯(12月3日、横浜国際)で欧州王者のRマドリード(スペイン)と対戦することになった。ホームでの初戦を0−1と落とし、この日も前半31分に先制点を許した。後半4分にMFコルドバが同点、同13分には元福岡のFWバエスが逆転ゴール。今年創設100周年の名門が、13年前にできた新興チームを破った。90年のトヨタ杯はスター軍団のACミラン(イタリア)に0−3で完敗した。今度もタレント軍団のRマドリードを相手に、パラグアイのチームとして初のトヨタ杯制覇を目指す。

南米王者オリンピアの主力4選手退団志願(日刊スポーツ)
リベルタドーレス杯を制してトヨタ杯(12月3日、横浜国際)出場を決めたばかりのオリンピア(パラグアイ)が、一夜にして空中分解の危機に陥った。主力4選手がディブ会長の発言に反発、移籍を志願した。一時期の不振で、同会長が「お前らはプロじゃない」と批判したのが発端。パラグアイ代表GKタバレジは「ブラジルのクラブに行きたい」と退団を志願し、同代表MFバエスも「もうオリンピアのユニホームを着ることはない」とメキシコのケレタルへの移籍を決意した。欧州王者Rマドリードとのトヨタ杯に主軸抜きで臨む可能性が出てきた。

★リベルタドーレス杯近年の優勝チーム★
チーム 国名
90 オリンピア パラグアイ
91 コロコロ チリ
92 サンパウロ ブラジル
93 サンパウロ ブラジル
94 ベレス アルゼンチン
95 グレミオ ブラジル
96 リバープレート アルゼンチン
97 クルゼイロ ブラジル
98 バスコ・ダ・ガマ ブラジル
99 パルメイラス ブラジル
00 ボカ・ジュニアーズ アルゼンチン
01 ボカ・ジュニアーズ アルゼンチン
02 オリンピア パラグアイ


トヨタ杯は過去22回行われていますが、南米/欧州11勝11敗と互角の対戦成績となっています。南米11勝はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイのチームが挙げたもので、パラグアイのチームが勝利した事はありません。初勝利を期待しましょう。

90年に出場した時の話がありますので以下に転記します。相手はACミラン、当時のドリームチームと言われていました。これを読みますと善戦した?ようですね。

1990年トヨタカップ「大国の“夢”のチームに挑戦」(サッカーダイジェスト1991年2月号より)
サッカーは不思議なスポーツ―――1990年12月9日の国立競技場、12時キックオフで始まった第11回トヨタカップ。南米代表のオリンピアが、欧州代表のACミランを相手に互角に渡り合う前半の中頃、私はふと、そう思った。イタリア90、つまり、90年の6〜7月にイタリア12都市で開催されたワールドカップは誠に豪華で、今の西欧社会の豊かさを誇示するかのようだった。特に会場となったスタジアムのそれぞれが個性的で美しかったこと、この会場の新設や改修に使われた金額は8億8500万ドル(1327億円)と言われた。現在の世界のビッグビジネスからみれば、それほど巨額とはいえないかもしれないが、ワールドカップという“遊び”にこれだけの金(それも、全経費の一部として)をかけられるのは私たち日本という“経済大国”から考えても驚くべきことだ。この9億ドルという金額は、パラグアイに当てはめると、国民総生産の約22%、年間貿易(輸出、輸入)の総額とほぼ同じということになる。もちろん、人口5700万人のイタリアと、390万人のパラグアイとでは、経済の規模が違うのは当然かもしれない。そうした社会を背景にし、高額なスタープロ、フリット、ファン・バステン、ライカートのオランダ・トリオ、バレージ、マルディー二、ドナドーニ……のイタリア代表が主力となるACミランは、まさに“夢”のオランダ・イタリア連合チーム。そんなACミランに対するオリンピアは、もちろん、パラグアイでももっとも歴史のある名門チーム。首都アスンシオンにあり、経済的にもパラグアイの中では恵まれた選手たちで構成されているが、ワールドワイドという点ではACミランの華やかさに遠く及ばない。そのオリンピアが、10番をつけた小柄なモンソンのシャープな動き、アマリージャのヘディング、サマニエゴのシュートなどで、ミランのゴールを脅かすシーンは誠に迫力があった。それはミランが一つひとつのトラッピングと、それに続くパスに洗練された美しさを見つけるのとは違い、ボールを止め、フェイントをかけ、前に出るオリンピアのプレーは、美しさより簡素に、技巧より速さに意味を持たせているようだった。前半中頃のサマニエゴの左からのロングシュートは、はずれはしたが低く、速く、力強く、ロケット弾を見る思いがした。アルゼンチンやブラジルとは異なり、また、前年のコロンビアとも違って、もう少し直裁で、簡明で、ゴールを狙う鋭い感覚が目立つパラグアイ人のプレーを見ながら“大国”にも“富裕”にも立ち向かう彼らの意欲を好ましく、そしてまた、それを可能にして、互角に戦えるサッカーという競技のおもしろさを改めて感じるのだった。彼らのこうした気迫が、逆にACミランを刺激し、前半終了時点で1ゴールという、きわめて気分的に有利な展開に加え、サッキ監督の戦術が生きて、私たちは“夢”のチームの“快心”のゲ−ムを観ることができた。その意味でもサッカーファンはオリンピアに感謝しなくてはなるまい。


この試合をテレビで観戦していましたが、後半勝負と考えていたオリンピアですが、前半終了間際の悪い時間帯に先制を許してしまい、後半は全く相手ペースの試合になってしまいました。長身FWアマリージャはこの後Jリーグ発足当初、横浜フリューゲルスで大活躍しました。今回よりは実力差は小さかったかも知れません。

90年の時の記録

1990.12.09 国立競技場 60000人
オリンピア
(パラグアイ)
0−1
0−2
ACミラン
(イタリア)
[ミ]43分 ライカールト
[ミ]61分 ストロッパ
[ミ]65分 ライカールト
アルメイダ GK バッツァリ
スアレス
フェルナンデス
カセレス
M・ラミレス
(チャマス)
DF タソッティ
バレージ
コスタクルタ
マルディーニ
(ガリ)
モンソン
バルブエナ
ハラ・エイン
(クビジャ)
グアシュ
MF ライカールト
ドナドニ
(ガウデンツィ)
ストロッパ
カルボーネ
サマニエゴ
アマリージャ
FW ファンバステン
フリット


90年の時と相違点はこの時には全選手日本など行った事は無かったし、遥か遠い国という感じでした。今回はワールド杯に参加したタバレリ等4選手は松本でキャンプをしていますし、大舞台の経験を積んでいます。ワールドカップのお陰で馴染みのある国となり、またワールド杯決勝が行われた同じ競技場(横浜)で戦うという事でもモチベーションは高まると思います。南米のブラジルがあそこで勝ったのだから自分たちも・・という思いはあるでしょう。



オリンピア・リベルタドーレス杯獲得までの軌跡

トーナメント1回戦
コブロレア(チリ) 0-2 オリンピア(パラグアイ)  オリンピア 2-1 コブロレア
準々決勝
ボカ(アルゼンチン) 1-1 オリンピア(パラグアイ) オリンピア 1-0 ボカ
準決勝
オリンピア(パラグアイ) 3-2 グレミオ(ブラジル) グレミオ 0-1 オリンピア PK5-4


一次リーグ

グループ 8
チーム 試合 勝利 引分 敗戦 勝点
オリンピア(パラグアイ) 6 3 2 1 11
ウニベルシダ・カトリカ(チリ) 6 3 1 2 10
オンセ・カルダス(コロンビア) 6 3 0 3 9
フラメンゴ(ブラジル) 6 1 1 4 4


2月6日 オンセ・カルダス 1-0 フラメンゴ
2月14日 フラメンゴ 1-3 ウニベルシダ・カトリカ
2月21日 オリンピア 3-2 オンセ・カルダス
2月27日 ウニベルシダ・カトリカ

0-1

オリンピア

 

フラメンゴ 4-1 オンセ・カルダス
3月6日 フラメンゴ 0-0 オリンピア
3月7日 オンセ・カルダス 3-0 ウニベルシダ・カトリカ
3月13日 ウニベルシダ・カトリカ 2-1 フラメンゴ
3月19日 オンセ・カルダス 2-1 オリンピア
4月2日 オリンピア 1-1 ウニベルシダ・カトリカ
4月10日 オリンピア 2-0 フラメンゴ
  ウニベルシダ・カトリカ 3-1 オンセ・カルダス


リベルタドーレス杯は南米サッカー連盟に加盟している10ヶ国並びにメキシコからそれぞれ数チーム(パラグアイは3チーム)総計で32チームが参加して一次リーグを行い、上位2チームが決勝トーナメントに進出するというものです。ワールド杯と同じですね。トヨタ杯には南米サッカー連盟加盟国のチームに限られますので、メキシコのチームが優勝した場合には準優勝のチームがトヨタ杯に進出します。

今回の大会でのキーポイントは2年連続この大会で優勝しているボカとの対戦であったように思います。準決勝で当たり、初戦は引き分け、2戦目は好守で相手を封じ込み1点を守り切っての勝利、この試合で「行けるのでは」と思った事でしょう。そして準決勝、決勝共にしぶとく引き分けPKで勝ち上がる勝負強さで栄冠を勝ち取りました。今年のチームはリベルタドーレスに出るのもやっとという印象で、実力的には余り期待されていなかったのですが、勝負はやってみなければ分からないという印象を受けました。




異常な盛り上がり(2002年 7月23日)

オリンピアが12年振りに決勝に進出しましたが、チケットを求めてものすごい行列となりました。オリンピアのクラブでの販売でしたが、長蛇の列は外に出た後も数百メートルにもなりました。サポーターの熱気、盛り上がりは大変なものです。



(写真:チケットを求める行列・ABC紙)

なお、試合は0-1で敗戦、ホームでの敗戦でかなり劣勢となってしまいました。相手はもう勝った気で居るでしょう、相手の油断を突いてサンパウロで奇跡が起きる事を期待しましょう。



オリンピア、リベルタドール杯(トヨタ杯・南米)決勝へ (2002年 7月17日)

オリンピアがトヨタ杯の南米側の選手権であるリベルタド−ル杯の決勝進出を決めました。先週の水曜日に当地で3-2で勝ったオリンピア、本日のアウェーの試合はグレミオの本拠地ポルトアレグレで行われました。試合はグレミオのエース、ジーニョの得点の1点だけ、1-0でグレミオの勝利となり、通算で3-3、PK戦に持ち込まれました。これを5-4で制し、90年以来のトヨタ杯出場を懸けてブラジルのサン・カエターノと決勝戦を行います。アウェーでのPK、よく頑張ったと思います。サン・カエターノは最近とみに力をつけているチーム、何とか勝利をもぎ取って日本に行って欲しいものですね。



(写真:ウルティマ・オーラ紙)



(写真:ネルソン・サラージャ・ロイター)



(写真:ABC)

南米クラブ王者はサンカエタノvsオリンピアの争い(サンスポ)
【リオデジャネイロ18日=国際電話】南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯決勝は、サンカエタノ(ブラジル)とオリンピア(パラグアイ)の対戦となった。第1戦が24日にアスンシオン、第2戦が31日にサンパウロで行われる。準決勝でオリンピアはグレミオ(ブラジル)と対戦。第1戦3−2、第2戦0−1で第2戦後のPK戦を5−4で制した。サンカエタノはアメリカ(メキシコ)に第1戦2−0、第2戦1−1で決勝進出を決めた。同杯の王者は欧州王者レアル・マドリード(スペイン)と、12月3日のトヨタ杯(国立)でクラブ王者世界一を争う。




オリンピア選手

オリンピアの選手の中でワールドカップ日韓大会に出場したのは4人です。タバレリは第二キーパーとして南アフリカ戦にフル出場しています。この他にも多くの選手が代表を経験しています。

GK
1 リカルド・タバレリ(パラグアイ代表) 2/8/70
12 ダニロ・アセバル 9/15/75
24 エベル・カバジェロ 4/27/82
DF
2 ビルヒニオ・カセレス 5/21/62
3 ペドロ ベニテス 3/23/81
4 エンリケ・ダ・シルバ 6/23/72
5 ネルソン・サラージャ 9/7/73
13 フアン・カルロス フランコ(パラグアイ代表) 4/17/73
15 エルビス・マレコス 2/15/80
16 ネストル イサシ 4/9/70
21 ハメス カルドーナ 3/20/77
29 フィリペ ヒメーネス 5/26/81
30 フアン ラモン ハラ 6/8/70
31 ワルテル・フレテス 2/27/79
32 アンヘル マルティーネス 9/10/83
14 フリオ セサール カセレス(パラグアイ代表) 5/10/79
33 ダビ ビジャルバ 6/4/82
MF
28 ディエゴ バルデス 3/7/80
17 ネストル エスピノーサ 5/30/74
6 フリオ・セサール エンシソ 5/8/74
8 フランシスコ エステチョ 12/11/73
18 カルロス セシリオ エスティガリビア 11/21/75
19 セルヒオ オルテマン 9/29/78
7 ビクトル キンタナ 4/17/76
20 アンドゥレス ペレス マト 7/2/84
22 アンヘロ マチューカ 9/14/74
23 コルドバ ガストン  6/12/74
36 ディゴ フィゲレド 4/28/82
FW
9 リチャート バエス(パラグアイ代表) 7/31/73
10 ミゲル・アンヘル・ベニテス 5/19/70
11 マウロ カバジェロ 3/5/72
24 エルナン ロペス
25 ヒルベルト パラシオ 8/1/80
26 トマス ゴンサレス 12/21/77
27 ミゲル カセレス 6/6/78
34 ダニエル フェレイラ 4/28/82
35 ロナルド ビジャルバ 3/7/83

 

赤は日本に行くメンバー20名、この他にアルフレッド・アマリージャが選ばれている。

注目の選手


リカルド タバレリ:パラグアイ代表のGK、チラベルが出ない試合ではほとんどタバレリが出ていた、現時点では代表正GK。大柄で親しみやすい人柄「猿」の愛称がある、剛という印象があり、プレーには少々固い感じがある、また好不調がはっきりしていて天才と凡人が同居している。
マウロ・カバジェロ:FWの選手、昨年は広山選手と共にセロで活躍、突進力はあるが単純、柔軟性には欠けるが調子に乗ると思わぬ力を発揮する。
セルヒオ オルテマン:ウルグアイ人、攻めの中心選手、急に台頭して来た選手、暗い印象があるが、柔軟なプレーで攻撃の要。両耳にピアスをしている。
リチャート バエス:リベルタドーレス杯までは活躍、その後色々と問題があり、後期リーグには参加せず、意外性のあるプレーが特徴。
コルドバ ガストン:アルゼンチン人、ポニーテイルのようにしている選手、テレビの中継を見ているとよく登場している。凡プレーもあるが、鋭いパスが出てここからチャンスが生まれるかも・・
ネルソン サラージャ:長身の選手足が細い感じではあるが攻守に活躍。明るい性格でチームを引っ張る。長身を生かしたプレーが出ればヒーローとなる可能性も・・
ミゲル・アンヘル・ベニテス:ピケの愛称で呼ばれているベテラン。軽やかなプレー、技ありのゴールを決める。



オリンピアのクラブ


オリンピアのクラブは市内目抜き通りのマリスカル・ロペス大通りに面しています。今年は100周年のメモリアル・イアーなので、色々な行事予定があり、その締め括りが12月 3月のトヨタ杯となります。敷地の中にはサッカー競技場の他、会員の為のパーティーが出来る建物、テニスコートなどのスポーツ施設があります。



(写真:クラブ・オリンピア入り口付近)

敷地の中にオリンピアの競技場があります。それほど大きなスタジアムでは無いのですが、公式戦等に利用され、熱狂的なオリンピア・サポーターで一杯になります。



(写真:オリンピアの競技場)

「12」のユニフォームはサポーターが12番目の選手として共に戦っているという意味です。



トヨタ杯歴史

年度 世界一 スコア 世界二 MVP
1980 ナシオナル・モンテビデオ ウルグアイ 1-0 ノッティンガム イングランド ビクトリーノ
1981 フラメンゴ ブラジル 3-0 リバプール イングランド ジーコ
1982 ペニャロール ウルグアイ 2-0 アストンビラ イングランド ジャイール
1983 グレミオ ブラジル 2-1 ハンブルガーSV 西ドイツ レナト
1984 インデペンディエンテ アルゼンチン 1-0 リバプール イングランド ペルクダニ
1985 ユベントス イタリア 2-2
PK4-2
アルヘンチノス・JR アルゼンチン プラティニ
1986 リバープレート アルゼンチン 1-0 ステアウア・ブカレスト ルーマニア アルサメンディ
1987 FCポルト ポルトガル 2-1 ペニャロール ウルグアイ マジェール
1988 ナシオナル・モンテビデオ ウルグアイ 2-2
PK7-6
PSV オランダ オストラサ
1989 ACミラン イタリア 1-0 ナシオナル・メデシン コロンビア エバーニ
1990 ACミラン イタリア 3-0 オリンピア パラグアイ ライカールト
1991 レッドスター ユーゴスラビア 3-0 コロコロ チリ ユーゴビッチ
1992 サンパウロ ブラジル 2-1 バルセロナ スペイン ライー
1993 サンパウロ ブラジル 3-2 ACミラン イタリア T・セレーゾ
1994 ベレス アルゼンチン 2-0 ACミラン イタリア アサド
1995 アヤックス オランダ 0-0
PK4-3
グレミオ ブラジル ブリンド
1996 ユベントス イタリア 1-0 リバープレート アルゼンチン デルピエロ
1997 ドルトムント ドイツ 2-0 クルゼイロ ブラジル メラー
1998 Rマドリー スペイン 2-1 バスコ・ダ・ガマ ブラジル ラウル
1999 マンチェスターU イングランド 1-0 パルメイラス ブラジル ギグス
2000 ボカ・ジュニアーズ アルゼンチン 2-1 Rマドリー スペイン パレルモ
2001 バイエルン・ミュンヘン ドイツ 1-0 ボカ・ジュニアーズ アルゼンチン クフォー
2002 オリンピア パラグアイ - R・マドリー スペイン -


過去22回の対戦で11勝11敗の五分。オリンピアは0勝1敗(90年FCミラン)、対するレアル・マドリは1勝1敗、2年前には前評判絶対有利という評の中、ボカに負けたのが印象的です。最近は欧州のチームと南米のチームで金銭の差がそのまま出ており、この数年はほとんど欧州に押されています。今回R・マドリーが勝ちますと初めて欧州が勝ち越しとなります。何とかオリンピアに阻止してほしい物です。



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