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 第2章 中華人民共和国 高原のチベット(1995年 6月)
     11.おいしい?チベット料理

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●「味」の表現について

 今回はチベットの「食」について書きます。文中に「うまい」「まずい」な
どの味に関する言及がありますが、これはあくまで主観的なもので食文化の優
劣を表すものではありません。味に対する主観的な評価はその人を育んだ文化
や生活習慣によって大きく変わるものです。納豆の例を出すまでもなく日本と
いう小さい国のなかですら地域による嗜好に差があります。
 ところが、残念ながら私は味という抽象的なものをうまく表現することがで
きません。唯一できるのが「おいしい」か「おいしくないか」だけです。です
から、文中にはたくさんの「まずい」や「おいしくない」が使われますが、そ
れはチベットの食文化を否定するものではありません。私のボキャブラリが貧
困なためであることをご理解ください。

●バター茶

 植物が育ちにくいチベットで、現代日本のような豊富な食べ物を想像しては
いけない。我々の感覚からすれば決して豊かではない、というよりもはっきり
言って貧しい。にもかかわらず彼らは見知らぬ外国人(顔付きが同じだから欧
米人よりは親近感があると思うが)に気軽に食事をふるまう。ホテルと観光地
をバスで往復するだけのツアーでなければ、レストランに行かなくても彼らと
同じものを食べる機会は少なくない。
 口にする機会が圧倒的に多いのは主食であるツァンパとバター茶である。バ
ター茶とは主に中国四川省や雲南省で製造されている緊圧茶(チンヤーチャー)
という緑茶(日本のものとは製法がちがう)を保存運搬のために蒸気で蒸しな
がらレンガ状に圧縮したものが使われる。それをほぐして煮た汁に、ヤクと呼
ばれる毛が長い牛のバターと岩塩をまぜたもので、「お茶」というより「塩バ
タースープ」という感じの飲み物だ。大きなヤカンにお茶を大量に作っておき、
必要なときに「ドモ」という円筒形の器具でバターと混ぜて飲むのである。彼
らはこれを1日何回も飲む。我々が飲むお茶とはちがい、ビタミンCとカロリ
ーを補給する目的(意図的ではないにしろ)で飲まれる嗜好品をこえた飲料で
ある。
 味は製法から想像する通り日本人の「お茶」という感覚からはるか遠いもの
である(一応、お茶の味はする)。バターがしつこくて飲みにくく、日本には
存在しない系統の味である。だから「おいしい」という日本人に会ったことは
ない。ぼくも一杯飲むのに苦労した。
 そのバター茶にチーズを入れると上等になるらしい。だから観光客向けのレ
ストランではチーズ入りを出してくれる。“上等”なものを飲んでもらおうと
いう心遣いだろうが、チーズのために一層しつこさが増して、とてもまずい。
だからお坊さんや、地元のひとがくれるバター茶の方がまだおいしい。
 ところで「バター茶」というのはもちろんチベット語ではない。チベットの
ひとに聞いてみるとラサでは「チャスマ」、シガッツェ近郊のシャール寺では
「チャ」といっていた。当然ラサの方が中心地だから、「チャスマ」が標準語
だろうか(ある本では「チャ」になってたが)。とにかくどちらも中国語の
「茶(チャー)」が語源なのはまちがいないだろう(ちなみに中国語では“酥
油茶(スーユーチャー)”というらしい)。
○画像 デプン寺の厨房で見たお茶とバターを混ぜる筒「ドモ」
    ヤカンでバター茶をそそいでいるところ

●ツァンパ

 ツァンパはチベットで栽培されている数少ない作物、裸青麦(チンコー)の
粉を煎ったもの(つまり“はったいこ”)をバター茶で練ったものである。粉
の状態(これもツァンパというようだ)は甘くて香ばしく結構おいしい。クセ
のあるバター茶もこれをいれるとおいしくなるが、やはりレストランのものは
まずい。
 そのツァンパの食べ方だが、私が実際に見たものは次の通りである。
 チベット第2の都市ギャンツェでの年に1度の大タンカの開帳のときである。
10分以上をかけて壁に大タンカを揚げきった後、その前で僧による法要が始
まった。時間も日の出直前、経をあげながらの朝食になる。もともと朝の読経
は朝食と一体になっているらしいので、特別なことではないようだ。
 若い僧が大きなランプみたいな真鍮の薬罐でみんなの椀にバター茶をいれて
いく。僧たちはそれを読経しながら少しづつ飲んでいく。つぎはまめごはん。
こげあとのついた大鍋で配っている。近くの若い僧に勧められた。食べると小
豆みたいな豆がはいっていて、チベットではめずらしくあまい。
 そして空になった椀にまたバター茶を注いでいく。しばらくするとツァンパ
の登場。若いお坊さんが円筒形のずたぶくろをもって回って、バター茶が半分
くらい残してある碗に入れていく。
 右手の親指を碗の縁にかけ、残りの4本の指で握るように練っていく。そし
てある程度かたまっていくと少しツァンパをちぎって両手でもんで、捨てる。
実はこれで手の汚れをとっているのだ! 食べ物で手を洗うのには驚かされる
が、これが正式な食べ方なのだ。
 一般人の場合ははじめから少なく入れたバター茶の上から粉を入れて練って
いたし、練り上がりに手を清めるということもしなかったので、これはお寺に
おける正式な食べ方のようだ。
○画像 ツァンパを練る青年

●チャン

 チャンとはチベットの大麦からつくいられた醸造酒である。あまりアルコー
ル度数が高くなく、多分ビールほどもないだろう。漉さずに上澄みを取るのか
白く濁っていて、火入れをやっていないのか少し酸味がある。やはり酒はハレ
の飲み物らしく祭りの場で飲むことがおおかった。
 まだ1歳にもなっていない赤ちゃんに飲ませているのには驚いた。
 ヒマラヤに住むシェルパ族では離乳食としてチャンを使うことがあると本で
読んだことがあるので(「週に約2リットル」とある)これと同じことかもし
れない。そういえば、その赤ちゃんはチャン以外何も口にしていなかったよう
だった。
画像 チャンをついでもらっているところ

●乾燥チーズ

 乾燥チーズは主に遊牧民の保存食で、文字通りチーズを乾燥させたものであ
る。色は白くカビが生えているようにみえる。形はひけたブロック状で堅い。
チベットという乾燥した土地で乾かせたためか口の中に入れてもふやけない。
まるで鰹節(削り節ではなくて)を食べているような食感である。それでも少
しづつは柔らかくなってくるので食べ物であることはわかる。
 一応はチーズの味がするもののはっきりした味を感じるわけではない。私が
もらったのはキャラメル2個分程の塊だが、食べるのに1時間ほど必要だった。
冬の間欠乏しやすいビタミンやその他の栄養摂取を目的とする保存食なので、
食べやすさなどまったく考えられていないようだ。それともこの食べにくさは
彼らの嗜好に合っているのだろうか。
 モンゴルの遊牧民も同じ乾燥チーズを食べる。

●チベット料理レストラン

 私が食べる機会があったのはほとんどがバター茶とツァンパであるが、有名
なレストランのクレイジーヤクと、ラサの下町にあるチベット人シェフ(ポタ
ラ宮で料理長をやっていたということだ)のレストラン(残念ながら名前も場
所も聞き忘れてしまった)で“チベット料理”を食べる機会があった。
 その2回で二十種類ほど食べたが、どれも味が単調でおいしいと思ったのは、
チベットギョーザのモウモウくらいだった。べつに全部がまずかったのではな
く、あまりおいしくなかっただけだ。

○モウモウ
 チベット風ゆでギョーザのことでなにもつけずに食べる。皮は饅頭のように
厚く粉っぽいが、かじると中から肉汁が出てきておいしい。

○トゥクパ
 有名な「チベットうどん」のこと。メリケン粉を卵だけでねった麺らしいが、
味はうどんというより、肉だしの中華そばという感じだ。色も少し黄色く、中
華そばっぽいが太さはやはりうどんである。

○その他
 ほかには炒めもの、スープものなど、思ってたよりもバリエーションは多い
が、よく見てみるとどれも中華料理に似ている。わかりやすく言えば、中華料
理を素朴にしたような感じだ。実際にチベット宮廷料理には中国料理の影響が
あり、特に清朝の侵略以後顕著になるらしい。正直いってチベットにこれほど
料理があったとは思わなかったが、やはり庶民料理ではなく高級料理なのだ。

○調味料
 数多くの料理を食べたがどれもこれも塩味か、とうがらし辛さが中心的な単
純な味だ。どうも“だし”はなく、調味料や香辛料の種類も少ないようだ。南
方から香辛料がやってくるには地理的な障壁が数多くあるし、当然チベットで
栽培できるわけもない。それを考えると当然の味付けである。
 それにしてももっと乳製品が使われているかと思ったが、まったくなかった。
チベットではモンゴル同様、乳のたぐいはすべて加工されてしまうのか、非遊
牧民はそれほど乳を食べないのだろうか。

●その他のたべもの

 そして幸運にも私はツァンパでもバター茶でもないものを食べることができ
た。年に一度のギャンツェの競馬祭にて、偶然ボテュイというなまえの小学2、
3年くらいの男の子と知り合いになった。「来い」というので、ずうずうしい
かなと思いつつ、そのこの家族の輪におよばれにいったのだ。
 突然現れた外人の私に対してみんな親切にしてくれた。すわるなりいきなり
チャンがでてくる。そのあと竹で編んだ四角い篭が回ってきた。「チベットの
ピクニックバスケット」といったところだろうか。
 中に入っているのは、ポンガシ(お米のポップコーン。チベットでは「ネ」、
ブータンでは「ザオ」というらしい)、とポップコーン、あとはおかきみたい
なもの。これはおかきみたいにかたくないが、パリッとして香ばしくておしい。
つくりかたはよくわからないが、薄くつくったお餅を揚げたみたいだ。セラ寺
に長期滞在した多田等観はダライラマのところでお茶うけとして「メリケン粉
をバターで揚げたもの」を食べたといっているから、それかもしない。
 以上一般のひとの食べ物をいろいろ食べたが、共通していることはとにかく
食材の種類が少なくてどれも甘くないこと。素材の味で食べるのだからどれも
素朴な味。おいしいものも少なくないが、病気になりそうな味のものは一つも
ない。どれも「自然な味」である。
 
●野菜

 種類は少ないながらチベットにも野菜はある。日用品が売り場を占めるシガ
ッツェの青空市場で青梗菜(チンゲンサイ)のような野菜を見かけた。驚いた
ことにまったくムシに食べられてないのだ。葉っぱものの野菜は特に虫の被害
に遭いやすいのだが、日本でもこんなにきれいな野菜は見られないのではない
か、と思うくらいだ。当然、農薬を使っているとは思えない。
 よく考えれば、チベットではチョウやガのたぐいをまったく見ない。いない
ことはなくても極端に数が少ないにちがいない。つまりアオムシもいないとい
うことだ。だから野菜はきれいなのだ。反面市場に並ぶ食品の種類は極端に少
ない(肉はウシとヒツジ、野菜は先の青梗菜くらい)。無農薬のきれいな野菜
があるといっても、これでは「食通」には耐えられないところだろう。
 
●つづく●
                      Copyright 1999,2003 Taki.
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