三菱大夕張鉄道写真

明治45年当時の二股停車場(後の南大夕張)、背景は大夕張炭坑選炭場、 機関車は夕張機関区所属の鉄道院7200型SL7214号。 大正6年頃の大夕張炭礦停車場、機関車は夕張機関区所属の鉄道院9030型SL。 石炭車はオテセ(大型・鉄製石炭車)が入線している。 背景の炭鉱施設も明治45年当時から拡充されている。 戦前の一時期には炭礦従業員の行楽用に早来への「スズラン刈り列車」も運行された。9200形SLが国鉄からの借入客車を牽引し「宝沢橋梁」を渡る。
昭和19年10月、戦争激化により休山となった雄別炭礦尺別礦の専用鉄道から増産炭礦の大夕張に入線したC1101号。入線直後の記念写真。 南大夕張〜大夕張炭山間に数多くあった橋梁も昭和20年代後半から30年代にかけ道路工事や大夕張ダム建設に伴い撤去された。
竜田沢橋梁(6号)の撤去埋立工事
SLは9200型 昭和29年
「No.4」
No.3と共に三菱鉱業(株)自社発注SL。昭和16年日立製作所製造、美唄鉄道を経て、昭和22年より三菱大夕張鉄道で活躍、バック運転しやすいように特注されたC56形テンダが特徴。前照灯も横にNo.が入るアメリカ形の大型のものを装着している。(昭和30年代・大夕張)
乙種修繕のため(株)釧路製作所釧路工場に入場した9600形No.4号機
昭和33年5月
昭和4年炭礦の北部移行に伴う鉄道延長・自営運転開始に合わせて美唄鉄道から入線した9200形SL。輸送力増強で9600形SLとの交換がまとまり昭和37〜38年にかけ三菱芦別専用鉄道に転出した。
入替えに活躍する9237号・大夕張炭山。昭和36年4月13日、
小樽市の星良助氏撮影。夕張市石炭博物館所蔵
大夕張炭山での入換えや小運転に使用されたC1101号。昭和47年に廃車、長島温泉SLランドに売却された。大夕張炭山、昭和45年頃。
長島温泉SLランドに売却され回送されて行くC1101。
昭和47年10月、 大夕張炭山駅
南大夕張駅に進入する混合32列車。機関車の次位にメチルアルコール輸送用のタキ5200形が連結されている。昭和45年頃。 昭和41年に新礦開発に着手した南大夕張炭礦が45年に営業出炭を開始。南大夕張駅構内に転車台等が新設された。昭和45年頃。
鉄道友の会北海道支部」、「北海道大学鉄道研究会」共催による3重連撮影会。混合31列車「No.3、No.7、No.5+セキ21両+客車1両」南大夕張、昭和46年8月22日。 「旭沢橋梁を進行中の混合列車」 プレートガーダーをトラスで補強した「特異」な橋梁形式の旭沢橋梁を渡るbT 牽引の上り列車。遠幌〜南大夕張間の「遠幌加別川橋梁」も同形式。 (昭和47年) 「キ1+No.5」による排雪列車。昭和47年頃、南大夕張。
昭和48年4月20日 大夕張礦業所の閉山が提案され、SLにも"閉山阻止"のペイントが。
6月30日閉山決定、8月21日に閉山。
南大夕張〜明石町間
南大夕張〜大夕張炭山間一部廃線さよなら列車」混合4・5列車牽引No.3号、大夕張炭山、昭和48年12月15日。 「さよならSL列車」貨物106・106列車、南大夕張、昭和48年12月28日。
昭和46年"網走番外地"、昭和48年"塩狩峠"など数多くの映画の舞台となった。
南大夕張駅構内に出現したブルートレイン"さくら"のセット。"皇帝のいない8月"のロケに使用
昭和53年8月
南大夕張駅で待機するDL列車。昭和60年頃。 北海道大学鉄道研究会「ゆうばり号」。 南大夕張、昭和60年10月27日
「さよなら列車」南大夕張〜遠幌間、昭和62年 7月21日 「さよなら列車」南大夕張〜遠幌間、昭和62年 7月21日


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