ラスタファリアン

エチオピアの最後の皇帝「ハイレセラシェ」を神として崇拝する、ジャマイカ発祥の宗教の信仰者をラスタファリアンと呼ぶ。
「ラス」とは、アムハラ語で「頭、首領」と言う意味で、昔は伯爵、男爵などと同じ、一つの称号のような物でもあった。
「タファリ」とは、ハイレセラシェが王位に即位する前の名前「タファリ・マッコウネン」 から由来している。
「ラス・タファリ」とは、ハイレセラシェが皇帝に即位する前の敬称である。
ラス・タファリ・マッコウネンを崇拝するので、ラスタファリアンと呼ばれている。
歴史は浅く、1930年(ハイレセラシェの即位年)以降に誕生した。

その昔、ジャマイカの牧師でアフリカ帰還運動指導者の「マーカス・ガーヴィー」が、「黒人の王が即位する時のアフリカを見なさい。 彼こそ救世主となるであろう」と語った。その14年後にタファリが王位に即位した。 そして、アフリカ帰還運動者達の中で、タファリが自分達をアフリカに戻してくれると考えたのがラスタファリ信仰の始まりである。
タファリ・マッコウネンは皇帝に即位に即位する際、「三位一体の力」を意味する「ハイレセラシェ」と名乗り、 イスラエルのソロモン王の血統を引き継いでいると自称した。この事もあってラスタファリアン達 は彼を神と崇めるのだろう。


シャシャマネ
エチオピア南部にシャシャマネと言う街がある。その中のマルカウォディャ地区はハイレセラシェがラスタファリアンの為に与えた土地で、 エチオピアでラスタファリアンが多く住んでいる地区である。
行き方など
首都アジスアベバから南に約230km。バスで約4時間半。
シャシャマネの街の中心からアジスアベバ方向に約2kmの場所にラスタファリアンの住むマルカウォディャ地区がある。
ジャマイカから渡って来たラスタファリアン約200人と、エチオピア人ラスタファリアンが約200人住んでいる。
地元の人達にも知名度が高く、「ラスタ村はどこだ?」と聞けばすぐ教えてくれる。
道路沿いにナイヤビンギなどを行なう為の集会場(建物)があり、ラスタマニアならすぐに発見できるでしょう。
高級ホテルはないが、一泊10ブル以下の安宿は道沿いに多数ある。
「ラスタ村」はそれほど大した事はない。青空マーケットは巨大で見ごたえ有。

7月23日、ハイレセラシエ生誕記念日の
パレードに参列するラスタファリアン
シャシャマネにて




ハイレセラシェ



古代エチオピア、アクスム王朝のシバ女王とエルサレムのソロモン王との恋の伝説。 その血統を引き継いでいるというエチオピア皇国第225代目、そしてエチオピア皇国最後の皇帝、ハイレセラシェT世。
1893年、エチオピア東部の街ハラルで生まれる。父はハラル一体を治めていた豪族のマッコウネン・ウォルドミカエル。

1916年、メネリック2世の死後、メネリック2世の娘「ザウディツ」が女帝になり、 メネリック2世から信望の厚かったタファリ・マッコウネン(後のハイレセラシェ)が、 ザウディツ女帝の摂政をする事になった。

1930年、ザウディツ女帝の死後、タファリ・マッコウネンが皇帝に即位する。 タファリ・マッコウネンは即位の際にハイレセラシェという名前を付けた。「ハイレセラシェ」には 「三位一体の力」と言う意味がある。ハイレはアムハラ語で「〜の力」、セラシェは「三位一体」。 三位一体はキリスト教でいうところの「父なる神・子なる神・聖霊」の事。要するに クリスチャンネームです。
ちなみに「ハイレマリアム」なら「マリア様の力」となる。

1936年にイタリアのアジスアベバ侵略により、イギリスに亡命したが、1941年に イギリス軍の手助けでアジスアベバを取り戻し、エチオピアに戻って来た。

彼は、OAU(アフリカ統一機構)設立の主導者として活動し、OAU本部を アジスアベバに置いた。 また、ハイレセラシェT世大学(現在のアジスアベバ大学)を設立する。
エチオピア初の帝国憲法を制定し、彼自身の民族の言葉「アムハラ語」を国語と定め、 エチオピア正教を国教にした。エチオピア正教の総括者で、陸海空軍の統帥権も握っていた。


1973年のオイルショックとエチオピア北部の干ばつで食品の値段が高くなった事で、 暴動が起こった。この暴動がキッカケでハイレセラシェの独裁(皇族や貴族の利益に つながる為の政策など)が指摘されるようになった。そして、1974年9月の軍事クーデター で追放され、1975年5月に死亡する。

軍事クーデターで追放されるまでのハイレセラシェは、エチオピア国内において、 神の存在に近いものがあったという事である。 日本で言えば、太平洋戦争が終わるまでの昭和天皇的な存在。
現在でも多くの国民に愛されている。2000年11月5日にアジスアベバの セラシェ教会で行われた「再葬式」には多くの国民が参列した。 今もセラシェ教会にはハイレセラシェの遺体が安置されている。
アジスの見どころから セラシェ教会の紹介に行けます。

ハイレセラシェのニックネーム?
なんと彼にニックネームがあったのです。
その名は「アッババ・ジャノホイ」。日本語に訳すと「花の皇帝」(「皇帝の華」かも)。
エチオピアに来てハイレセラシェの写真を見せられて、「この人誰か知っているか?」と聞かれたら 「アッババ・ジャノホイだ!」と答えてみて下さい。大ウケする事、間違い無いでしょう。



2000年11月5日に行われた 再葬式
左手の国旗に包まれたのが彼の棺



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