
外八廟
次の日は、外八廟を巡ることに。
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まずは普寧寺へ。5路のバス(大仏寺ゆき)で。 |
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琉璃門があり、まず乾隆帝による碑がある。 次の天王殿には、大黒さまのような像と四天王後ろに韋駄天と、お決まりの像。 |
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大雄宝殿には、大仏が、3体並んでいる。
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その後ろの大乗之閣には、大きな立像が、あった。 両隣にも大きな像が。
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ここをでて、隣の普佑寺にも行ってみた。
入場料10元。
一歩はいると、何もなかった。
1967年に落雷で、焼失したらしい。
四つの堂がまわりにあって、そのうち2ヶ所に焼失を免れた五百羅漢がある。
行かなきゃよかった。
五百羅漢がとっても好きな人以外は、見る価値ないと思った。
これで10元とは、奈良のお寺でも、このくらいの規模なら100円ぐらいしかとらないと思う。
次は、普陀宗乗之廟へタクシーで。
このタクシー、メーターを倒さないので、指摘すると、このあたりはどこでも10元だからだ。という。
実際は、5元。北京は、初乗り10元なので、それでもみんな不思議がらないんでしょうね。
どのタクシーもメーター倒してませんでした。
もちろん、5元だけしか払いませんでした。
普陀宗乗之廟は、20元。チケットは紙製。
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やはり入ると、乾隆帝の碑が。 ここは、乾隆帝60歳、皇太后80歳を祝うためにつくったところ。 チベット風の建物で、よくみる中国風の建物とはちょっと違う。 |
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大紅台は、外から見ると赤い壁の四角い建物で、中庭があってそこに中心となる建物がある。 中では、いろいろな民族の踊りをやっており、かなりの時間それを見ていた。 仏像などもたくさんあった。 |
一通りみると、もう昼だったので、門前の簡易レストランで食事。
おすすめのきのこ料理を1品と麺を食べた。
「過不過」と聞かれるので、なんのことかというと、麺をゆでたあと水を通すかどうかという意味らしい。
このあたりは、普通、水をくぐらせるらしい。
食後、まだ北京に戻るには時間があるので、もう一つ行こうということに。
ここから歩いて10分ぐらいの須弥福寿之廟へ。
入場料は、20元。
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ここは、乾隆帝70歳のお祝いに建てられたらしい。 チベットからもたくさん人がきたらしい。チベットからここまで四ヶ月ぐらいかかるらしい。 さっきの普陀宗乗之廟と感じがよく似ている。 やはり中心に大紅台がある。 普陀宗乗之廟に比べると少し小さいので、はじめは、入らなくてもよかったかな?と思った。 |
見ているうちにかなりいいと思った。
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| 大紅台の内部の建物 | 左の建物の屋根 | 奥にある琉璃宝塔 |
人があっちよりも少なくて静かで落ちついているし、仏像もなんとなく落ちついている感じ。
なんといっても、大紅台の内部の建物が、開いているのがいい。
内部の建物の屋根もきれい。
ここをでて、バスに乗って戻り、長距離バス停へ。
ここで、もうすぐ出るというバスに乗りこんだが、なかなか出ず、キレタ乗客の一人は、降りるし、みんな口々に文句をいうしで一悶着あったが、3時過ぎに走り出した。
途中、金山嶺長城(?)かなんか長城などを一瞬みながら、バスは順調に走っていった。
乗客の一人が暑いと言い出すと、暑いという人が何人かいて、真ん中に座っている人が、天窓をあけようとすると、それは、すぐに飛んでいってしまった。
バスは、Uターンして、すぐに拾い集めたが、弁償しろとか、暑いのに、エアコンを入れないほうが悪いとか、つぶれてないとか言い争いになっていた。
7:30ごろ、東直門に到着。
そこから、王府井の屋台街に行こうということでいってみた。
ほとんどなんでも5元で、北京の物価の高さに驚いてしまった。
更に、おつりをごまかそうとするねえちゃんも目の当たりにみて、驚いてしまった。
名物のブタ肝煮を食べたが、そうおいしいものではなかった。
名物の北京小葱餅(コンな名前かな?)は、結構おいしかった。
同行の学生は、生の葱や香菜を食べないので、ちょっとひいていたが、大丈夫な味だった。
締めくくりは、西米露にしたが、ココナッツジュースの量が、少なかった。
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