「日本の要塞」由良要塞−友ヶ島地区
友ヶ島第1砲台 


'00/08/01作成)


友ヶ島第1砲台(ともがしまだいいちほうだい)

 

所 属

:

由良要塞

起 工

:

明治22年9月

竣 工

:

明治23年11月

備 砲

:

ス式30口径27cmカノン砲 x 4門(明治29年10月備砲完了)

廃 止

:

太平洋戦争終戦時

首 線

:

SW55°

射 界

:

270°

砲 座

:

4砲座(各1門)

備 考

:

友ヶ島西端の標高43mの断崖上。友ヶ島灯台の用地隣。

 

 

 

 

 

 

[概 要]

友ヶ島第1砲台は、友ヶ島と淡路島間の紀淡海峡を通過する敵艦隊を制圧する ための「砲戦砲台」である。
「砲戦砲台」のセオリー通りに、友ヶ島の最西端にあたる標高43mの断崖上に
構築されており、敵艦に対して有利な「高砲台」に分類される。

西備砲の仏スナイドル社製27センチカノン砲は当時としても最優秀の火砲で あり、10,000 mというその大射程と270°もある広い射界を活かして、紀淡 海峡はもとより南方の紀伊水道および北方の大阪湾内までの広大な海面をその射 程内に収めていた。

また、備砲の27加は珍しいことに防盾つきであったという。

本砲台の遺構は、樹木の繁殖が激しく一部植物の浸食で崩れているところもあ るが、全体としてほぼ完全な形で残っている。

砲座後方は深さ約7〜8mの深い壕となっており、壕底の交通路に沿って砲座 下に棲息掩蔽部が設置されている。
また、砲台中央部(第2〜第3砲座間)で横檣は背檣まで延長されており、こ の下は壕底の交通路がトンネルとなって貫通している。

高砲台と言うことで敵弾が壕に飛び込んでくる可能性が少ないためか、壕は比 較的広く造られており、この点ほかでは見ることの出来ない珍しい構造となって いる。

なお、左右両翼の観測所跡には装甲掩蓋が残っており、この点大変貴重な遺構 である。
訪れた際は必ず見ておいて欲しい。


[
友ヶ島第1砲台調査]

平成12年5月21日(日)、友ヶ島第5,第2砲台の探索を終え、次は友ヶ 島第1砲台を目指します。

第2砲台の背後から高台上の友ヶ島灯台に続く坂道があり、そこから登って行 きましょう。(第1砲台は灯台の位置にあります。)

 

しばらく登ると坂はつづら折りに右手前にさらに続きますが、つきあたりの空 き地に遺構があります。

これは便所の遺構でしょうか、腰のレンガ積みと基礎しか残っておらず、上の
木造部分は完全に崩壊していて何の遺構かよくわかりませんが、基礎の構造を見 るとどうも便所のように見えます。

便所と思われる遺構

 

 

 

 

ここから右手前につづく坂の途中、左側にも石段がありその上部に建物のあと がありますが、ここは完全に更地で何も残っていません。

坂はそのままつづき、目指す友ヶ島灯台が見えてきました。

友ヶ島灯台へ続く坂道
左側に建物の基礎のような遺構がある

 

 

 

 

右側を見ると崖に大きなトンネルが口を開けており、鉄柵で仕切られてはいま すがその向こう側に砲台設備のようなものが見えます。

ここからこの崖に沿って登る石段がありますので登ってみましょう。

砲台の背檣を貫通するトンネル
右側に背檣に登る階段がある

 

 



石段の上部は灯台の建物と灯台の敷地となっており、その向こう側に友ヶ島第 1砲台の遺構がありました。

 

 

 

背檣上から第3砲座を撮影
右側は第2〜第3砲座間の横檣

 

先ほどの登った崖(トンネルが貫通している)は砲台の背檣で、その向こう側 は深さ10m、幅5mほどの深い壕となっており、砲座はこの壕を挟んで向こう 側にありました。

右手から第1、第2,第3,第4と砲座は全部で4ヶ所、砲台中央部、第2と
第3砲座の中間部分の横檣は壕を越えて背檣までつながっており、ここから砲座 側へ壕を渡ります。

 

 

 

 

 

 

砲座前面は高さ1.5mほどの低い胸檣となっており、砲座の間の横檣は砲座 面から高さ5mほど、その上部中央に砲台長位置でしょうか、小さな観測所のよ うな遺構がありました。第3砲座の胸檣は一部えぐり取られており、砲台前面の 空き地にある灯台の施設への連絡通路になっています。

 

 

第3〜第4砲座間の横檣上
に築かれた砲台長位置と

思われる設備

 

左の画像を図解
砲座は第3砲座で

左奥が第4砲座

 

最右翼の第1砲座
右翼横檣上から撮影

画面右側が首線方向

砲座面と壕内の樹木の繁殖ははげしく、第2砲座後方の階段を通ってなんとか 壕底に降りることができました。
壕内の樹木と折れた木の枝のせいで探索は非常に困難ですが、第1砲座と第2 砲座の中間の横檣下部に1ヶ所、そして砲台中央のトンネル内にも棲息掩蔽部が あるのを確認しました。

 

第3砲座から壕底に下りたところ
奥は第2〜第3砲座間後方のトンネル

 

第2砲座下の壕底
左側(海側)の砲座地下に棲息掩蔽部

トンネル出口には鉄柵が設けられ、左翼側(第3,4砲座下の壕)に出れない ようになっていますので、鉄柵越しに向こう側を観察すると、先ほど砲台の外側 にあったトンネルの出口が一番奥の壁面に顔を覗かせており、また、背檣下にい くつかの棲息掩蔽部が作られているようです。

 

それぞれ窓から煙突のようなものが出ており、これは何の設備でしょうか? 

戦後に設置された灯台の設備の一つかもしれません。

トンネルの向こう側の壕内
第3及び第4砲座の後方にあたる

 

 

再び砲座面に登ってみることにします。
第2砲座にでて砲台の右翼を見渡すと、なんと驚いたことに右翼の観測所の位 置に装甲掩蓋が見えます。

これは珍しい。ぜひ近くに行って見てみないと、ということで、なんとかやぶ をかいくぐり第1砲座に抜け、そこから砲座右翼の通路を通って右翼観測所に至 る交通路に出ようとしましたが、樹木の繁殖がひどく通行不可能です。
しかたないので第1砲座前面の胸檣をよじ登り、右翼の観測所位置まで出るこ とにしました。

 

右翼観測所に残る装甲掩蓋

 

同左
画面右が観測所背面の入口


右翼観測所の装甲掩蓋はほぼ完全な姿で残っていました。
掩蓋の上部には、半分ほど剥がれていますがコンクリートが被せられています 。(当時は更にその上に土砂がかけられ芝が植えられていたのでしょう。)

 

 

 

装甲掩蓋の天井部

 

観測所背面側の入口
鉄製の頑丈な扉が設置されている

 

 

 

 

装甲掩蓋の天井部は丸い緩やかなドームとなっており、全体を十文字に補強の 帯鋼材がリベット留めされています。(天井は4分割でこの十文字の帯鋼材でつ なぎ止められているのでしょうか?)

観測所背面はコンクリートが切り欠かれて入口となっており、錆び付いて動き
ませんが窓のある鉄製の一枚扉が蝶番にリベットでしっかりと留められています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内部に入ってみましょう。

内部の状態も非常に良く、観測器が取り付けられていたであろうコンクリート
の柱が3本残っています。

また、観測所前面のスリットはシャッター状になっており、レールに沿って左 右に開閉可能な構造です。敵の砲撃中はこのシャッターを閉めていたのでしょう

観測所の内部には観測器を
設置していた柱が3本残っている

 

 

 

 

 

観測所の装甲掩蓋の内部
正面にスリットが開いておりレールに沿って

シャッターが左右に開閉する

 

スリットからの眺め
紀淡海峡の向こう側は淡路島

 

スリットを通して前面には淡路島との間の紀淡海峡の眺めが一望のもと、遠く に淡路島が見えます。
この視界一杯が友ヶ島第1砲台の射程距離の範囲だったのです。

 

砲台の反対側の最左翼、ここにも同様な左翼観測所の装甲掩蓋がきれいに残っ ておりました。

構造は右翼のものと全く同じです。

左翼観測所の装甲掩蓋
天井にセメントが被せられている

 

 

[後 評]

友ヶ島第1砲台では砲台背後に深い壕が設けられ、その中に棲息掩蔽部が作ら れているという他と少々変わった構造です。
また、現存する両翼の装甲観測所の掩蓋は現存している例が非常に少ない貴重 な遺物です。今後とも今の状態で保存されることを祈ります。

ただし、砲台の遺構全体で樹木の繁殖がはげしいため遺構を見るには少々歩き づらいところがありますし、ハイキングの方などがうっかり内部に入った場合、 足を滑らせて壕内に転落したりする危険性もあり(壕の深さ10m)ますので、 もう少し整備したうえで、柵を設けるなど安全面を考慮すべきかと思います。


おわり

( 以 上 )


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