「日本の要塞」由良要塞−友ヶ島地区
友ヶ島第3砲台 


'00/08/28作成)


友ヶ島第3砲台(ともがしまだいさんほうだい)

 

所 属

:

由良要塞

起 工

:

明治23年10月

竣 工

:

明治25年5月

備 砲

:

28cm榴弾砲 x 8門(明治29年6月備砲完了)

首 線

:

SW35°

射 界

:

360°

砲 座

:

4砲座(各2門)

備 考

:

友ヶ島の最高点より東南に60m、標高110m地点。

 

 

 

 

 

 

[概 要]

友ヶ島に構築された砲台のうち、最高点より東南に60m、標高110m地点 の山上に構築された砲台が「友ヶ島第3砲台」である。

紀淡海峡から大阪湾内の神戸までが約36km、大阪までが50kmしかなく 、紀淡海峡は交通の要衝として明治日本の最重要防御地点の一つとして考えられ ていたため、淡路島の由良地区と本州の加太・深山地区の間をカバーするため、 紀淡海峡にうかぶ友ヶ島には明治20年代に強力な砲台群が構築された。

その中でも「友ヶ島第3砲台」は28cm榴弾砲を8門持つ主力砲台であり、 淡路島間の紀淡海峡の大部分、友ヶ島南方海面、地の島との間の中ノ瀬戸からそ の向こう側の加太瀬戸までをその射程に収め、高所から敵艦隊に対して砲撃を加 える「砲戦砲台」であった。(位置的には高砲台)

このためか、第3砲台は他の砲台にくらべ大規模な構造となっている。
砲台全体は正面幅180m、縦深は60mもあり、左右両翼には観測所が設け られた。

砲座は2門ごとにすり鉢状に4箇所設置され、砲座の中心間隔は約30m。そ してその横檣下はトンネル(地下1階)で結ばれており、それぞれトンネルの中 央部分から地下2階へ降りる階段が設けられ、その地下2階にはそれぞれ巨大な 地下弾薬庫が構築された。

地下2階の地下弾薬庫からは揚弾井が地下1階のトンネルに通じており、巨大 な弾薬の上げ下ろしをしていた。
地下2階のトンネルはそのまま後方の交通路へ通じていて、兵員の出入りが出 来るようになっていた。

砲座後方の地上交通路は左翼へ通じており、左翼の部分で斜路により地下2階 のレベルに低くなっていて、ここの砲座下の部分に棲息掩蔽部(装薬庫)が4連 、突き当たりに1連構築されていた。

交通路は突き当たりで後方へ折れ、背檣下を貫通するトンネルを抜けると砲台 咽喉部の内庭へ出ることが出来る。

当時、ここには砲台全体へ電力を供給する電灯所(発電所)と、咽喉部の切り 通し(背面入口)を防御するための看守衛舎が設けられていた。
この時代の砲台で独自の電灯所を持っているのは珍しく、いかに当砲台が重視 されていたかが分かるであろう。

砲台は日清、日露と戦備についたが、それ以降も昭和20年の終戦まで、砲台 が実戦に参加することはついになかった。
現在では友ヶ島の観光の目玉として整備されているが、地下施設など電灯もな く簡単に内部を探索することは出来ないが、その分破壊されることもなく当時の 大規模な地下施設を今に残す貴重な遺構であろう。



[
友ヶ島第3砲台調査]

平成12年5月21日(日)、友ヶ島第1、第2砲台の探索を終え、次に目指 すは友ヶ島第3砲台です。

友ヶ島第1砲台(友ヶ島灯台)の位置から南に下ると孝助松のキャンプ場() のような広場にでます。

 

ここにはいくつか建物の基礎のような遺構が残っており、兵舎など砲台設備が あったようである。

ここから第3砲台を目指して登山の開始です。

孝助松の広場

 

 

坂道は延々と続き、さすがにビジネスシューズ(なにせ出張のついでに寄った もので・・・)では歩くのがとてもきついです。

15分ほど登った坂の右側に便所の遺構がありました。
内部も破壊されておらず完全な状態でしたが、使用禁止で入口にはベニヤで半 分ほどふさがれています。

その上部から内部を撮影してみましたが、小便器の方はとくに「便器」はなく 、ただ単に立ち位置の前方の溝のどこに「小」をしてもいい構造で、大の方は気 の床にただ四角い穴が開いているだけの簡単なものでした。間違いなく汲み取り 式です。

 

 

 

 

第3砲台へ続く坂道
友ヶ島は全島こんな道ばかりです

 

 

 

第3砲台手前の便所内部
見てのとおり大便器

 

 

さて、この便所の遺構から少し登ったところについに砲台の入口が見えてきま した。

 

 

坂道の突き当たりで左に折れるとそのまま砲座後方の交通路へ、そしてそこか ら真上に登る階段を上ると砲座の胸檣のほうへ出るようです。

また、右上に登る階段があり、ここの先の高台上に「コウノ巣展望台」という
展望台へ登ることができます。

坂道を上りきったところが砲台入口
正面階段を上るとコウノ巣展望台へ

 

標高118mの友ヶ島最高点

 

 

この展望台は標高118mの島の最高点であり、この位置が砲台の右翼観測所 の位置なのだそうですが、観測所の遺構は何も残っておりません。測量基準点の 位置に立派な石造りの台座がありますが、この下に埋もれているのではないでし ょうか?

コウノ巣展望台から砲台へ降りる途中に大きなアンテナがそびえ立っています が、これは関西空港用の航空ビーコンアンテナだそうで、これができたおかげで 友ヶ島には対岸の加太より海底電線による送電が開始されたとのこと。
それまでは、陸軍が建設した要塞のための発電所を手入れしながらそのまま近 年まで使用していたそうです。

 

 


先ほど入ってきた門の位置からコンクリート敷きの交通路が奥へと続いていま す。
この交通路は砲台の右翼から最左翼までをつないでおり、ここを通って左翼方 向へ進んでいきましょう。

 

砲台右翼の入口から左翼方向を撮影
右側の上に砲座がある

(最右翼第1砲座後方のあたり)

 

第2砲座後方の辺りの交通路
中央の円筒状のものはコンクリ

で造られた擬装用植木鉢

砲座はこの交通路の面からさらに上に当たる位置に設置されているようで、右 側は土手になって盛り上がっています。
この交通路から土手の下に潜るための地下塁道入口が3ヶ所設置されています
とりあえず最右翼、真ん中のはとばして、左翼側の地下トンネルに潜入してみ ることにします。

 

 

地表面から石段を3mほど下りると右手のレンガの塁壁面にレンガアーチのト ンネルが口を開けています。

階段を下りて行くと、ジメジメした地面から一斉に蚊の大群が飛び出してきて
、私の回りにまとわりつきます。

虫嫌いの私にはこれはタマったものではありません。さっさとトンネルの中に 避難しましょう。

交通路から壕内へ

 

入口を内部から撮影

 

 

 

 

懐中電灯で奥を照らしてみると、どうやら奥に40mほどトンネルが続いてい るようで、反対側に同様な出口があり光が射し込んでいます。

入口から10mほどのところに右側に通路があり、ここから階段が上の階(地
下1階)に続いているようです。

ここの探索は後回しにして、まずはトンネルを進んで行きます。

 

 

 

 

 

 

右手に地下1階へ続く
階段の入口がある

 

地下1階に続く階段入口

 

の先にまだまだ
続いているトンネル

向こう側にうっすら出口が

 

 

 


先ほどの階段入口からすぐさきの左側に、幅70cmほどの狭い通路があり、 3ヶ所窓のようなものが開いています。この窓の向こう側はさらに大きな空間が あることがわかったので、トンネルを更に進むと地下弾薬庫の入口がありました

 

 

弾薬庫手前の細い通路
右側の壁の向こうが弾薬庫

 

弾薬庫の入口に残る
扉の鉄枠

 



中に入ってみると奥行きは7〜8mほど、幅は15mくらいで天井はアーチを 描き、かなり大きな地下構造物であることが分かりました。
左右の壁面には先ほどの狭い通路に通じる窓がそれぞれ3ヶ所開いていますが 、これは何の為なのでしょうか?

 

 

弾薬庫の天井には直径1mほどの穴が開いていて、さらに上部につながってい る様子ですが、これはこの地下弾薬庫から弾薬を上げるための揚弾井であること は間違いありません。

となると、さらに上部に構造物があるはずです。

弾薬庫の内部
左右の壁面に3箇所窓が開いていて

それぞれ外側の狭い通路へ通じている

 

弾薬庫の天井に設けられた
揚弾井の縦坑

 

 

 

 

 

 

弾薬庫を出て手前にもどり、先ほどパスした階段を上ります。

階段は急な勾配で、トンネルと同じくレンガ積みの壁面に踏み石のところは石
積みとなっています。

10mほど登ると、階段を上りきるとさらに1層上のトンネルにでました。

最下層から上の階に
続く階段

 

 

 

 



このトンネルは先ほど通ってきた地下2階のトンネルと直行方向に伸びており 、長さは20mほどでしょうか、左右に開口部がありそこから1mほど登ると砲 座面に出るようになっていました。(つまり砲座面から見るとこのトンネルは半 地下となる。)

このトンネルは砲座間の横檣下を貫いて両側の砲座を連絡するトンネルのよう で、トンネルの中央部分に先ほど地下2階の弾薬庫で見た揚弾井へつながる穴が 開いていましたが、危険防止のためかふさがれていました。その上部の天井には 重い弾薬を持ち上げるためのチェーンブロックを吊していたレール状の金具が残 っています。

 

砲座間をつなぐトンネル(地下1階)
トンネル中央から第4砲座を望む

 

揚弾井の真上に設けられたレール
地下2階の弾薬庫から弾薬を引揚げる


また、このトンネルからさらに上に続く階段がありましたが、これは横檣の上 部にある砲台長位置に出るためのものです。
階段の壁にゲジゲジとムカデが数匹いたので、虫嫌いの私はついつい躊躇して しまい、内部はうっかり確かめてくるのを忘れてしまいましたが、外側から胸檣 上に登って砲台長位置の構造を確認してきました。

 

砲台長位置は第1〜第2砲座間、第3〜第4砲座間の2箇所の胸檣上に設置さ れていて、直径3mほどのレンガ造りの円形の小さな壕のような構造です。

また、円周の手前が狭く深い壕になっていて、その下に上記の階段に続く地下
入口が開いていました。

入口の壕底から砲台長位置に登るためには、おそらく当時はハシゴが掛かって いたはずですが、現在では何も残っておりません。

撮影もしてきたのですが、カメラ不調のため画像の上半分が切れてしまいまし て、見苦しい画像で申し訳ございません。

以下の画像は第1〜第2砲座間の砲台長位置です。

 

 

 

 

 

 

 

レンガと石積みの円形状

 

 

円周の一部が切れていて
深い壕となっている

 

壕内を見下ろしたところ
壁面に地下1階へ続く階段入口

 

トンネルを右翼方向に抜け、第3砲座に出ます。
砲座は各2門ごとに計4つ設置され、先ほど出てきたトンネルは第3〜第4砲 座間の地下設備であったようです。

第3砲座には直径3.5mの28榴砲床のあとが2つ残っており、水がたまっ ていました。
砲座中央の胸檣が切り欠かれていて、胸檣上に登る石段が設置されています。 砲座の前方と後方の両方に登れるようになっています。
胸檣は砲座面から4〜5mほどの高さですり鉢状になっていますが、他の砲台 と比べてそれほど深くありませんでした。

 

 

第3砲座内部
すり鉢状で周囲の展望はきかない

 

第3砲座の胸檣中央に設けられた石段

 

同左

第4砲座は完全に樹木に覆われていて探索が困難です。
第3砲座からトンネルを抜けて第2砲座、第1砲座をそれぞれ探索しましたが 、第2砲座の砲床にも水がたまっており、第1砲座では水は貯まっていませんで したが樹木の繁殖が激しくあまりいい状態とは言えませんでした。

 

 

第2砲座から第1砲座へ通じる
トンネル(地下1階)の入口

 

同じく第2砲座の砲床
水がたまっていて蚊の温床

 

第1砲座の内部
砲床に水は貯まっていない



胸檣上から土手をなんとかかんとか下って、先ほどの砲台背後の交通路に戻り ます。

なお、第1〜第2砲座間の右翼トンネル、第2〜第3砲座間の中央トンネルで は、上記の第3〜第4砲座間の左翼トンネルとは構造が違います。
左翼トンネルでは向こう側まで貫通していましたが、右翼及び中央トンネルは 弾薬庫の先がそのまま上に登る階段となっていて、向こう側まで貫通していませ ん。

交通路を更に左翼に進むと斜路になっており、さらに3mほど低い面にでます
その先に棲息掩蔽部が5連、4連は右側の崖をくりぬいて、そして1連は突き 当たりの崖に、交通路は突き当たりで左に折れ、その先はトンネルになって続い ています。

 

砲台左翼の弾薬庫へ続く斜路

 

砲台左翼の弾薬庫(棲息掩蔽部)
4連ならんでいる

 

 

 

棲息掩蔽部入口上部に
ある明かり取り(換気口?)

 

棲息掩蔽部の間の
壁面に設置された排水口

 

これら棲息掩蔽部は弾薬支庫とのことで、4連は内部でつながっており、さら にその周囲は回廊状になっています。
これは周囲の土からしみ出してくる湿気を避けるためと、また付近に敵の巨弾 が着弾した際にその圧力で壁面が崩れるのを防ぐためだと思われます。
内部も含めこのあたりの保存状態はなかなか良い状態です。

 

 

棲息掩蔽部の内部
奥には窓があり周囲の回廊と通じている

 

同左
内側から入口側を撮影

 

棲息掩蔽部どうしは
内部でつながっている

突き当たりで左に折れる手前側の塁壁に石段が設けられ、そこから登ってぐる っと回ったさきに砲台の左翼観測所の遺構があります。
この位置から見ると棲息掩蔽部のある壕は7〜8mの深さがあることがわかり ます。

 

 

左翼観測所の入口
最左翼の横檣上より撮影

 

突き当たりの棲息掩蔽部と
観測所へ登る石段

石段の奥の左側がトンネル

 

最左翼の横檣上より
壕底を見下ろす

壕内へ戻りトンネルを抜けます。

 

トンネルの先は小さな広場となっており、正面に発電所の廃墟が、そして左側 に看守衛舎の廃墟が残っていました。

この発電所の目的は友ヶ島第3砲台の地下設備に電灯用の電力を供給するため
のもので、当時の要塞で電灯用に独自の発電設備を持つ砲台は他に例がなかった そうです。

その面でも、友ヶ島第3砲台が当時の大規模な砲台として重要視されていたこ とがわかるでしょう。

 

交通路最左翼から背後へ
抜けるトンネル

 

 

 

 

 

 

トンネルを抜けた広場からトンネル側を撮影
右側が看守衛舎の遺構

 

 

 

 

 

 

上の写真に続く右側を撮影
左側が看守衛舎で右側の遺構が電灯所(発電所)

 

電灯所(発電所)の遺構

看守衛舎の半分は木造、残り半分はレンガ積みで構築されていて、銃眼が3つ 作られていました。
内部は普通の木造民家と同じような構造で、当時は板敷きの部分と畳式の部分 があったのだと思います。

 

 

看守衛舎の正面側
左側妻面と右の銃眼部はレンガ積み

中央部の住居部分が木造

 

銃眼部のアップ

 

看守衛舎の内部
普通の木造民家と同じ

この銃眼のねらう先に砲台背檣の切り通しがあり、ここが砲台咽喉部の入口と なっています。銃眼はここを守るために設置されたものなのでしょう。

 

レンガ積みの壁面に銃眼の部分だけ石で作られていて、外側のスリットは縦に 細く、内部に向かって広がっている構造で、小銃用の銃眼のようです。

友ヶ島第3砲台が構築された明治25年にはまだ日本陸軍には機関銃なぞある
はずもなく、当然機関銃が設置できるような構造には作られておりません。

 

 

 

 

銃眼の狙う先に砲台入口がある

 

建物内部
銃眼の内側が広く造られている

 

 

 

 

 

この銃眼の任務上(砲台は以後の入口を守る)、もしもっとあとに構築された 砲台だったら、この小銃用の銃眼のかわりにもう少し大きめの機関銃用の銃眼が ひとつだけ設置されたことでしょう。

 

もし敵軍が友ヶ島に上陸して第3砲台の背後から突入を計った場合、単発式の 村田銃ではこの切り通しを防ぎきることはできなかったのでは、と思います。

容易に突破され発電所前の内庭にて白兵戦にならざるを得ません。


ただ、友ヶ島第3砲台はあくまで「砲台」で、「堡塁」ではありません。
ですので、自衛設備としてはこの程度で十分なのでしょう。

切通し部から眺めた看守衛舎
正面に銃眼が睨みを利かせている

 

 

友ヶ島第3砲台の探索はこれにて終了、切り通しを抜けて南垂水のキャンプ場 方面へと下って行きます。
次は第4砲台と虎島堡塁です。

[後 評]

地下2階式に構築された明治中期の大規模な砲台として、友ヶ島第3砲台は現 存する唯一の遺構なのではないでしょうか。(その他下関要塞の金比羅山堡塁砲 台がありましがた、近年破壊されて公園として整備されてしまったようです。) 最下層の長大なトンネルから上段へ続く階段をぬけ、そしてその上段から砲座に 出る、という凝った構造を見ることができるのはここだけだと思います。

この砲台は観光地として一応整備されていますが、地下構造については整備さ れておらず特に電灯も設置されていないので、懐中電灯を持っていかないと内部 を探索することができません。どうせなら内部もきちんと整備したうえ、電灯を 設置して内部を自由に見学できるようにすればもっと観光のスポットとして注目 されるのではないかと考えます。


おわり

( 以 上 )


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