「日本の要塞」由良要塞−友ヶ島地区
友ヶ島第5砲台 


'//作成)


友ヶ島第5砲台(ともがしまだいごほうだい)

 

所 属

:

由良要塞

起 工

:

明治年月

竣 工

:

明治年月

備 砲

:

cm榴弾砲 x 門(明治年月備砲完了)

首 線

:

°

射 界

:

°

砲 座

:

榴:4砲座(各1門)

備 考

:

 

 

 

 

 

 

 

[概 要]



[
友ヶ島第5砲台現地調査]

平成12年5月21日(日)、昨日加太に到着して本日は一日かけて友ヶ島の 探索を実施します。
加太港から観光船で約20分、友ヶ島の野奈浦から上陸、反時計回りに友ヶ島 の島内を探索することにしましょう。

海岸伝いに数百m西に進みバンガロー村のあたりから左に折れて山に登る道が ありました。ここが友ヶ島第5砲台に至る坂道の入口です。

坂は谷に沿って上ります。
左手の谷に小さなダムと貯水池が見えますが、これは当時の砲台設備の一つだ そうで、おそらく島内の飲み水を貯めていた貯水槽だったのでしょう。
いまでも使用されているようです。

どんどん登り数百m、やっと最初の遺構が見えてきました。

 

坂の正面に見慣れた砲台の門柱が、坂道はその門柱から石垣の切り通しを通り 抜ける方向と、さらに手前につづら折りにもっと上に続く坂道があります。

それではここから内部に入ってみましょう。

写真中央にレンガの門柱が見える

 

 

切り通しを抜けると中庭のような広場に出まして、そこから右、左とクランク 状に折れ曲がった道を進むと正面はヒドいゴミの山です。
どうやらここは島内の産業廃棄物を捨てるゴミ捨て場のようです。

 

廃墟の脇の空き地が
ゴミの山となっている

 

弾薬庫と思われる建物の廃墟

そしてこのゴミの山の右手に弾薬庫と思われる大きな建物の廃墟がそびえ立っ ていました。

建物の腰にあたる部分はレンガ積み、上部は木造の骨組みに漆喰が塗ってあり 土蔵の様な構造です。
上部の漆喰の部分と屋根はほとんど崩れており完全な廃墟ですが、内部にはい ると4〜5段ほどのぼる階段があり、内部は地面からかさ上げしてありました。 これはおそらく火薬を保管する際に地面に直接置くと地面からの湿気が上がって くるため、1mほど地表面からかさ上げしたレベルに床を設け、火薬類を保管し ていたのでしょう。

他に見るべき遺構もなく、先ほどの門外からさらに上に登ります。

緩やかな登り坂を進むこと約100mほどで、再び門柱を発見しました。
門の内側は広場になっており門を入って左には便所の建物があります。そして その向こう側、奥の方に砲台の遺構がありました。

 

第5砲台入口の門柱

 

門内にある便所は入口が閉ざされて
いるが当時のまま残されている

 

 

と、「クァーーー!!」と妙な鳴き声が・・・すると、目の前に孔雀が美しい 羽を広げているではないですか。

なぜこんなところに??という疑問はありますが、砲台に住み着く野生の孔雀
(あとで聞いたのですが島内に4羽の孔雀がいるそうです)とは妙な光景です。

キレイなのはいいのですが、写真を撮るのに孔雀がウロウロしていて気が気じ ゃありません。

 

 

突然目の前にクジャクが!
最左翼第3砲座後方

 

砲台最左翼から右翼方向を望む

 

 

さて、右奥から第1砲座、そして手前(左翼)の第3砲座まで砲座は全部で3 ヶ所、一番手前の第3砲座には戦後設置したコンクリートの水タンクが作られて いますが、その他おおむね当時の姿をよく保存しています。

1砲座に2門の砲が設置されており、砲座前面の胸檣は1門ごとに丸くえぐら
れております。

胸檣中央に1ヶ所、左右の横檣に4ヶ所ずつ、1砲座で全部で9ヶ所の砲側弾 薬仮置き場の凹みが作られていました。

 

 

最右翼の第1砲座
右翼観測所跡(?)の高台より撮影

 

第1砲座の胸檣(右側が首線)
1門ごとに胸檣が丸くえぐられている

砲座は地表面から1.5mの高さで、砲座後方両翼の石段を使って上り下りす るようになっており、また砲座後方の塁壁面にはそれぞれ5つの弾薬仮置場の凹 みが設けられています。弾薬仮置場の扉は失われておりますが、よく見ると扉を 留めていたと思われる金物が残っているのが見えます。

砲座後方は幅5mほどの交通路で、その背後は低い背檣となっており、その下 は崖になっています。
砲座の両翼はこんもりと小高くなっていて観測所の位置かと思われますが、遺 構は何も残っておらず、別の位置に設置されていたのかもしれません。

 

棲息掩蔽部は砲座間の横檣の下に設けられ、第1〜第2砲座間、第2〜第3砲 座間、そして第3砲座の左側の計3ヶ所、第2〜第3砲座間の棲息掩蔽部は現在 でも消防設備として使用されているようで立入禁止でしたが、最左翼の棲息掩蔽 部は中に入れます。(ここに孔雀が住んでいるようです)

ここの棲息掩蔽部は珍しいことに奥が丸くドームのようになっており、他に例
がありません。

扉、窓ともに失われていますが、窓枠の木枠の一部が残っていました。

なお、友ヶ島第5砲台ではこの棲息掩蔽部が設けられている横檣がコンクリー トで構築されており、ここが他の明治20年代に築城された4砲台(第1〜第4 )と構造的に違う点であります。

横檣下の棲息掩蔽部
塁壁のレンガはイギリス積み

 

 

 

 

先ほど入ってきた門の内側の広場は当時の砲台の内庭だったようで、便所以外 の建物は基礎しか残っていませんが、井戸と貯水槽の遺構があります。

奥が井戸
手前が貯水槽のコンクリート蓋

 

 

[後 評]

友ヶ島のハイキングコースのルートの一つとして比較的容易に立ち寄ることが できます。
付近のキャンプ場用にか水タンクや消防設備があとから設置されていて、一部 改造されてしまってはおりますが、当時の姿をよく留めている素晴らしい遺構だ と思います。

奥がドーム状になっている棲息掩蔽部が珍しいと言えるでしょう。

おわり

( 以 上 )


由良要塞のページに戻る