「日本の要塞」由良要塞−加太・深山地区
男良谷砲台 


'00/08/18作成)


男良谷(深山第3)砲台(おとこらたにほうだい)

所 属

:

由良要塞

起 工

:

明治35年11月

竣 工

:

明治36年8月

備 砲

:

スカ式12センチ速射カノン x 4門(明治37年6月備砲完了)

首 線

:

SW65°

射 界

:

150°

砲 座

:

12カ:4砲座?(各1門?)

備 考

:

深山第2砲台の西方350m、男良谷の入口、標高10mの海岸。

 

 

 

 

 

 

[概 要]

加太・深山地区の砲台のうち、中ノ瀬戸、加太瀬戸以南の海面と大阪湾内の敵 艦を射撃するために設置されたのが「男良谷砲台」であった。

分類としては、敵艦艇の通過を防ぐために近距離において破甲弾(徹甲弾)を もって敵艦の舷側を打ち抜くための「要撃砲台」である。敵艦の航路に対して横 から射撃する「横射砲台」であり位置的には「低砲台」であり、また高砲台の深 山第1及び第2砲台の死角(砲台直下)をカバーする目的もあった。

本砲台については詳細な資料が無くよく分からないが、大正の要塞整理時にも 廃止されることなく予備として残置されたという。(おそらく付近の海面を通過 しようとする敵潜水艦に対する砲台として価値を認められて廃止されなかったの ではないだろうか。)

砲台の北方300mの海岸には海軍の魚雷発射場があったと言われ、コンクリ ートの構築物や発射管の基礎石などの遺構が残っているという。

[男良谷砲台の探索]

前回の平成12年5月21日の訪問の際は、散策路の工事中と言うことで立入 禁止であしたが、今回、7月21日の訪問時には工事もおわっており、ついに男 良谷砲台の探索を行うことが出来ました。

地図で見ると、加太国民休暇村に至る坂道の途中、深山第1砲台への入口のと ころから海岸へ下りて行く散策路がありますが、ここから下って行った海岸に近 い場所に男良谷砲台はあります。

坂道の途中で1箇所だけ分かれ道がありますが、ここから登ってゆくと深山第 1砲台の左翼側に出ることが出来ます。
当時は各砲台間はこのような道でつながれており、兵員の移動や荷物の運搬の ための交通路となっていたようです。

 

 

 

男良谷砲台にいたる
下り坂の入口

 

どんどん下って行くと深山第1砲台
に至る登り坂への分かれ道がある

 

 

 

 

坂道を下ること数百メートル、道はつきあたりにでますが、この突き当たりが 男良谷砲台でした。

海岸に近い(藪のため視界がきかず確認とれませんでしたが、波の音が向こう
側から聞こえていました。)場所で、本砲台が加太水道を通過する敵艦の横腹に 対して射撃するための要撃砲台であったことがわかります。

さらに下って行く

 

 

 

 

 

 

坂道の途中に要塞地帯標を発見
砲台は近い

 

下り坂の突き当たりに
男良谷砲台の遺構を発見

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


砲台には2砲座、それぞれにスカ式12cmカノン砲が2門ずつ設置されてい ました。

右翼第1砲座の右側と、第1砲座と左翼の第2砲座の間、この2箇所に棲息掩 蔽部が設けられています。
棲息掩蔽部の入口はコンクリート製で、珍しいことにレンガを使用しておりま せん。

 

 

 

 

砲台右翼端から左翼方向を撮影
第1砲座右側の棲息掩蔽部

 

同左
レンガを使用していない

コンクリートと石積みによる構造

 

 

 

 

 

 

 

第1〜第2砲座間の棲息掩蔽部

 

棲息掩蔽部の入口
窓はなく扉の跡だけ

 

 


横檣全体がコンクリートで構築されており、そこにアーチ状の穹窿をうがち、 入口側もコンクリートの壁で塞ぎ、そこに入口だけが開いています。
窓はありません。
また、室内の奥はドーム状になっていて珍しい形状です。(友ヶ島第5砲台の 構造と似ています。)

低地の要撃砲台として敵艦からの砲撃を受ける可能性が高いため、コンクリー トを主体として出来るだけレンガを使用しなかったのかもしれません。

先程述べたように砲座は2箇所、砲座面は地上から高さ1.5mほどの高さで す。
地上からは砲座右端の階段か、砲座背面側に設けられた斜路(右から左に登る
)を通って昇降します。弾薬などはトロッコなどに載せてこの斜路を通じて砲側 まで運搬したのでしょう。

 

 

奥が右翼の第1砲座
手前が第1〜第2砲座間の棲息掩蔽部

 

左翼第2砲座
樹木の繁殖が甚だしい

 


どちらの砲座も樹木の繁殖が激しく砲座面まで登ることが困難でしたのでのぞ き込んだだけですが、もしかすると、砲座前面の胸檣には友ヶ島第5砲台のよう な1門ごとのくぼみが造られているかもしれません。(砲台全体の様子は友ヶ島 第5砲台に似ていました。)

 

砲台の最右翼からのぼる階段がありましたが、ここはもしかすると右翼観測所 の跡かもしれません。

最右翼の横檣(棲息掩蔽部)の右側は藪に覆われた土手のように(崩れた跡か
もしれません。)なっていまして、ここが観測所の跡と思われる地点で、ここか らさらに前面に続く階段と通路があり、その先が海岸のようですが、藪に覆われ て通行困難な状態です。

ただ、ここから波の音が聞こえましたので、海岸はここをこえたすぐ先のよう でした。

砲台最右翼の観測所跡?

 

 


左翼の第2砲台の向こう側(左奥)、藪の中にさらに左奥に続く道があります

この先の崖にレンガ造りのトンネルがありました。 幅は3mほど、高さ4m ほどのレンガで組まれたアーチ状のトンネルで、真っ暗な奥へと続いていました 。さっそく入ってみましょう。

 

 

崖に開くトンネルの入口

 

 


地面は湿気でドロドロになっており、少々滑りやすく危険です。
真っ暗な中をおそるおそる進んで行くと、入口から15mほどで大きく右にカ ーブして奥に続いています。

 

 

 

トンネルの内部
奥で右にカーブしている

 

床面はヘドロ状になっている
両側に排水溝

 

 

そして、その先のさらに10mほどでトンネルは崩壊しておりましたて、あま り近づくと危険なので遠巻きに見ただけですが、天井部から崩れた土砂が奥の方 に堆積しているのを確認しました。

また、奥からは波の音など聞こえませんでしたので、このトンネルは完全に崩 落しているようです。(反対側まで貫通しているなら波の音が聞こえるはずです 。)

トンネル内部には棲息掩蔽部など特にありませんでしたので、このトンネルは ただ単に向こう側に抜けるための交通路だと推測されます。
資料によると、砲台の北方300の位置に海軍の魚雷発射場があったとのこと ですので、そこに行くための交通路なのでしょう。


[後 評]

男良谷砲台は当時の姿をよく残しており砲台の遺構としてはいい状態ですが、 樹木の繁殖が激しいため全体の姿を捉えることが困難です。
できることなら砲座面の樹木だけでも伐採してもらえば、散策路の見所の一つ となるのではないでしょうか。

ただし、砲台左翼のトンネルですが、奥が崩壊している以上むやみに中にはい るのは危険です。
ここは早急に入口を閉鎖し、中に人が入れないようにしてしまうべきではない でしょうか?

おわり

( 以 上 )


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