サンタニェーゼ・フォリ・レ・ムーラ教会 2


教会のナルテックス(前柱廊)の左側から、サンタニェーゼのカタコンベへと降りることができます。1日に何度かガイド付きの見学ツアーがあります。ちょうどこのときは私たち以外は英国からの旅行者が2人だったので、ガイドのお兄さんは英語で案内してくれました。

カタコンベとは、2世紀ごろから5世紀初めにかけての初期キリスト教徒たちの地下墓地のことです。現在ローマの周辺には60ほどのカタコンベが発見されています。もともと古代ローマでは、墓を市内に造ることはかたく禁じられていたため、これらのカタコンベはすべて旧城壁の外に位置しています。特にアッピア街道沿いのサン・カリスト、サン・セバスティアーノ、サンタ・ドミティッラの3つのカタコンベは、巡礼地としても有名です。

キリスト教徒たちは、死後に復活の時を待つために埋葬法は土葬でした。地下ならどんどん掘り下げていくだけで安価に墓が造れるし、カタコンベには多くの殉教者たちも葬られていたために、それらの殉教者たちのそばで復活を待つことを望んだのです。また、ローマの近郊には簡単に掘れて水はけのいい凝灰岩の土地がたくさんあったということもカタコンベの発達の要因だと考えられています。

ここ、サンタニェーゼのカタコンベは当初の素朴な姿を伝えているそうです。教会本堂の下だけでなく、ノメンターナ街道を越えて地下の通路は網の目のように広がっているのですが、まだその全貌は発掘されきっていません。

一般の信者の墓は、細い通路両側の壁面にロクルスという墓穴を何段にもくりぬき、その中に遺体を布で包み、香油をまいて死者の名前などを彫り込んだ石板や大理石で蓋をしました。この長方形の穴は、それぞれの遺体の大きさに合わせて彫ったそうです。

カタコンベの内部は薄暗く、湿気が多くて、まさに地下の迷宮といった趣。とてもガイドなしでは歩けません。

   

カタコンベは略奪の際に破壊されたり、17世紀以降に殉教者の遺骨収集のために開けられたため、墓穴のほとんどは蓋も中の遺体もなくなっていますが、キリスト教徒であることを示すシンボルとともに名前が彫られた蓋が残っているものもあります。

写真左の鳩は聖霊の象徴で、ヨハネによる福音書の「私は、霊が鳩のように天から降って、その方の上にとどまるのを見た」を典拠にしています。
写真右の丸にXとPの文字を重ねたものは、キリストを意味するギリシャ語の最初の2文字です。

このほか、魚(ギリシャ文字の「イエス・キリスト・神の子・救い主」を意味する文字の頭文字)、羊飼いと羊(キリストとキリスト教徒の関係を象徴)、孔雀(孔雀の肉は腐らないとする言い伝えから、不死とキリストの復活を象徴)などの絵が好まれました。
また、肉屋や墓掘り人夫など、埋葬されている人の生前の職業を表した絵が描かれている蓋もあります。

   

カタコンベの中は大部分はロクルスですが、クビクルムと呼ばれる一族のための墓室もあります。これは裕福な信者の家族の墓で、奥には簡単な祭壇もあります。小さな墓穴は子供のためのものでしょう。

なお、教会の主祭壇の真下のあたりには、聖アニェーゼの墓もありました。 

   

40分ほどのカタコンベの見学を終えて出てきました。
ノメンターナ街道側から直接教会に入れる階段には、カタコンベから掘り出された大理石の蓋のかけらなどが展示されています。ここにもXとPの重ね文字や鳩、孔雀などの絵が見られました。ラテン語が読めたらもっといろいろわかっておもしろいのだろうに、とても残念。

ちなみにナヴォーナ広場のサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会には聖女の頭蓋骨とされる聖遺物が展示されていましたが、いくら13歳の少女だったとしても人間の骨にしてはあまりに小さすぎると思われるような大きさでした。あれって一体・・・。

   

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