サンタ・クローチェ教会・1


 

 

サンタ・クローチェ教会は1294年アルノルフォ・ディ・カンビオの設計に基づいて建設が始まりました。1385年に本堂が完成し、最終的にファサードが出来上がったのは19世紀になってからです。フランチェスコ派の教会です。

ここは管理人大推薦の教会の一つで、見所が非常に多いのです。

   
内部は三廊式です。写真ではこの教会の大きさを表現できていません。

ここはドゥオモ同様観光客が多いスポットですが、内部が非常に広いため、混み合っているという感じはあまりしません。

     

ご覧のように天井は巨大な木組みとなっています。そのため軽量で、本堂の幅を広げることが可能になっています。
ゴチック建築なのに、全体がどっしりした感じなのはそのためです。

壁の色は基本的に白です。1714年この教会は漆喰で内部を白く塗りつぶされてしまいました。多くのフレスコ画が漆喰の下に埋もれてしまったそうです。

ひょっとしてこの壁の下にもまだ傑作が・・・。

     
この建物は別名「フィレンツェのパンテオン」といわれるほど著名人の墓が多く、側廊の壁は小礼拝堂と墓石でいっぱいです。

ここに埋葬を希望したフィレンツェ人はとても多かったということです。

     

これはマキャヴェッリの墓。この外ブルーニ、ガリレオ・ガリレイ、ギベルティ、マルコーニ(無線の父)、ミケランジェロ等有名人の墓が安置されています。(1999・12現在ガリレオの墓は修復中)

ダンテは、亡命先のラヴェンナが遺骸の返還を拒否したため記念碑のみがあります。
昔は有名人、聖人の遺骸の奪い合いが結構ありました。

     
教会の床も墓碑だらけです。
各家族の紋章などをデザインしたものもありますが、中にはこの墓碑のように、死者の体つきから埋葬された当時の衣装まで、そのまま描いているものも。

磨り減っているものも多く見受けられますが、人に踏まれることによって自分の罪が許され、天国行きが近づくと信じられていたとか。

     
翼廊突き当たりにバロンチェッリ礼拝堂があります。祭壇に聖母戴冠の絵が飾られています。(写真右)

まわりの壁を埋めるのはT.ガッディ作の「マリアの生涯」。(写真下、右下)ここは結構人だかりが絶えません。

     
翼廊横の入り口を入ったところに聖具室があります。ここに写本類が展示されています。(写真右)

写真下は聖具室にある礼拝堂。祭壇にあるのはA.デッラ.ロッビアの「聖母子像」です。

     
とにかく見所が多い教会です。1回では紹介しきれないので、ここも2回に分けることにしました。それにしても写真で内部の巨大さ、荘厳さが表現できないのはとても残念です。
管理人はこの教会なら自分も葬られてもいいと思うのですが、そのためにはまず改宗し、さらに超有名人か超大金持ちになる必要がありそうで、ハードルが高いです。
 

「サンタ・クローチェ教会・2」