
コ ンチネンタル契約社員組合加入の趣意書
契約社員は、95年から97年にかけて雇用され、常に一年ごとの契約解除の不安に悩まされ続けていました。
1998年3月、1年ごとの契約を5年間保証するという契約を結び、5年迄は更新可能と思っていたところ、翌1999年3月1日にその契約を破棄するという通告を受けました。さらに大阪ベース閉鎖による人員整理という名目で、3月18日付けで30人中14人3月いっぱい、又は4月いっぱいにての解雇を受けました。(残り全員も半年後にすべて解雇)
会社は、あまりの労働条件の悪さのために契約社員が居着かず次から次へといなくなり、他社に移ってしまうため、“スチュワーデス養成学校”と揶揄される有様でした。
契約社員はそんなひどい状況の中にも雇用条件の改善を願いながら誠心誠意お客様のために尽くし、良いサービスを心がけて参りました。しかし、このように会社の解雇回避もしない態度には、許し難いものがあります。
契約社員の1,800円の時給、300万に満たない年収(昇給なし)などの、それまでの不当な扱いに重ね、不当解雇をした会社に対して、雇用を取り戻すべく抗議していくため、契約社員は1999年4月、正社員日本人乗務員によって98年に結成されたコンチネンタル分会に加入し、共に全力で闘うことを決意しました。
元コンチネンタル契約社員からの一言
95年より契約社員は常用的労働力として位置づけられてきた。
最初の入社試験は阪神大震災の翌々日だった。交通手段が麻痺している中、やっとの思いで大阪で行われた試験会場にたどり着いた。
入社前訓練は慣れない外地(グァム)で2ヶ月間。
飛行機の知識、アメリカの航空法、救命救急法、各国入国書類の知識、緊急脱出訓練、水上訓練、機内サービス、機内アナウンスなど、膨大なマニュアルについて毎日のようにテストがある上、毎週一度体重測定があった。
乗務に就いてからも、年一度アメリカ連邦航空局の指定する資格試験に規定以上の点数で合格しなければ翌月からの乗務資格を失う。専門知識を維持するのに必死である。
こんな私達を会社は団体交渉の席で“臨時社員”であると言ってきた。
契約社員だって乱気流にも遭えば、緊急着陸だってする。
5年契約を結ぶ以前、私達は会社と3年契約を結んでいた。会社はそのようなことはなかったと主張。平気でうそをつく会社の姿勢には許し難いものがある。
これまでも病欠を取ったものに対し、意地悪しているかの様に復帰後の仕事スケジュールを長く、過酷なものに変更したり、契約社員が正社員に送った社内郵便を勝手に開封してしまったり、契約社員のミーティングに来ては「組合は過激な集団だ、組合に加入すれば契約更新はない」などといった目に余るマネージメントの言動があった。
これらが全て正社員と契約社員を対立させ、引き離すためのものであったと分かった今、私達は会社の言っている全てのウソに対し断固闘っていきたい。
コンチネンタル分会・正社員からの応援の言葉
彼女たちは私たち正社員と全く同じ業務を、同僚として、また友人として共に行っていた仲間です。
契約社員解雇のちょうど一年前、会社は私たち正社員に対して、契約社員化もしくは早期退職という実質上の正社員退職を強要してきました。
組合結成、活動の末、正社員としての復帰を果たせましたが、そのとき契約社員になっていた場合の事を考えると、契約社員の解雇問題も人ごととは思えません。
コンチネンタル分会の正社員は、契約社員を支援し共に闘っていきたいと思います。
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