今回のトルコの様子を写真で紹介しましょう。
大晦日、下のメンバーでカウントダウンしました。子どもにとって、年に一度夜更かしのできる夜が大晦日です。トルコは大した国だと思ったのは、クリスマスを完全に飲み込んで大晦日の行事にしてしまっていることです(まあ、日本でもクリスマスは独自の進化をとげていますから、それもおもしろいですけどね)。サンタは「クリスマスのパパ」と呼ばれて、まったく同じ格好で登場しています。プレゼント交換した後はゲームを家族でして(今回はビンゴゲーム)、カウントダウンを待ちます。テレビでは、世界各地のカウントダウンを中継されていました。年明けが近づくと、そのテレビにはデジタル数字が表示されて、その数字がゼロになるとハッピーニューイヤーというわけでした。花火があがって、わーっと歓声も上がりました。で、またおしゃべりが再開されると。まぁ、よくしゃべる人たちですが、老若男女問わず、共通の話題で盛り上がることができるのは、うらやましい限りです。Ezgiがすっかり女の子っぽくなっているのに注目です。
トルコのパン屋さん。これはアンカラのダウンタウンですが、覚えている人いるかな。Ozgeとサンドイッチ・ケバブを食べた場所の近く。
で、そのケバブ屋さん。カメラを向けるとポーズまで。
トルコの大晦日も買いだめをします。花を家族に買って帰ることが普通なんですから、やっぱ文化が違いますね。
話は変わるけど、天津甘栗ほど甘くないですが、路上で売られているトルコの栗もおいしいですよ。
僕らが到着した日にはイスタンブルのおばあちゃんが予定を変更してまで、アンカラに滞在し、僕らを歓迎してくれました。どこの国のおばあちゃんも、孫と会うのが楽しみのようです。
ひたすら話しています。下の写真は朝食後なんですが、1時間以上も話し込んでいる女3世代・・・。いやー休みの日っていいですね!
おばあちゃんは僕らの到着した翌日にMersinの近くにあるSilifkeシリフケに行ってしまいました。次のリンクは、トルコの地図です。
http://popup.tok2.com/home/anatolia/kidtur/turmap.htm
シリフケは地中海沿岸の小さな街です。キプロスへのフェリーも毎日出ています(EU加盟前に行きたかったなあ)。ということで、我々もおばあちゃんの娘、イムレンの妹、Ozgeのおばさん、結婚の保証人の家族の住むシリフケへ夜行バスで行きました。下は到着した日の朝6時半ごろ。さすが地中海性気候、暖房が不要なほど暖かい。コートを着て歩くと少し暑く感じるほど。
おばあちゃんと再会。SevincとKivancとも2年半ぶりに再会。二人とも元気でした。他の家族のみんなはビデオの方に写っていますので、また今度お見せします。
98年に来た時は、二人ともガキっぽさがあったのですが、すっかりおとなしくなりました(笑)。でもかわいそうに、実はこの日Kivancは38度の熱にうなされていたのです。
せっかくだから、98年の時の画像も紹介しましょう。
そうそう、シリフケはBC3世紀頃に街ができたので、ローマ時代やビザンチン時代の遺跡がたくさん残っています。しかし整備されていないこともあり、観光客があまり訪れません。僕にとっては大変好都合な場所なのです(どういう意味?)。
例えば、こんな感じ。乙女の城(Kizkalesi)。この城は、蛇によって娘が殺されると予言された王様が娘を守るために作らせたのですが、ある日その王女にぶとうが持ってこられ、その篭の中にいた毒蛇にやられて、結局予言通り死んでしまったというお話があります。なんかギリシャの連中といい、この周辺のハナシはこんなんばっかですな。真相は、その王女の浮気がバレて、身内から毒殺されたとかなんとかじゃないんですかね。
夏は遊泳できるのですが、冬は波が荒く、この日は寂しい場所でした。晴れていれば、本当に綺麗な海と空だったはずなんですけど。寂しい場所にもかかわらず、元気な人もいました。こんな感じで。
ちょっと足をのばしてメルシン(Mersin)まで行くことにしました。丘を削ってできた道だ!ちなみに車は、トルコ製TOYOTA。トルコ国内ではブラッド・ピットが走り回して宣伝しています。日本ではポケットバンクに出てますなぁ。いくらローンのCMが多くなったとはいえ、ブラピを使わんでもええでしょうに。
メルシンの前に、円形闘技場の跡を見ました。わかるかなあ。写真じゃダメか。詳しくはビデオで説明しますが、下の森みたいになっているところが闘技場の部分で、それを囲むように座席が配置され、アーチ状になっている部分が選手入場口です。映画「グラディエーター」を見たことがある人は、想像つくかなあ。
下の写真は闘技場の上を一周して戻ってきたところ。こうした石壁があったのです。奥には教会があるんですが、わかりますかね?
で、メルシン。晴れてきました。地中海ええねえ。遠くにはどうやら遊園地があるようです。
僕らが訪れた日(1月3日)はメルシンにとって、特別な日でした。建国の父アタテュルクが占領軍を追い出した独立記念日なのです。
水兵さんたち
オスマン帝国海軍兵士犠牲者の記念碑
I
この記念碑には明治時代に日本の天皇陛下表敬後、和歌山県沖で沈没したエルトゥルルErtugrul号の犠牲者についても書かれています。何とかかれているかって?それは、あなたがこれをプリントアウトしてトルコ人を探して聞いてみてください(小学校でも「調べ学習」全盛期ですし)。
メルシンでの昼食。トルコのピザ:ピデPide。これが青菜とレモンとマッチしてうまいんですよ。
食後のアイス:ドンドルマDondorma。これが餅のように伸びるんですよ。僕の方はナイフで切ってフォークで食べるやつ。甘ったるくないのがまったくニクイですな。
アンカラに戻ってきました。巨大なMiGROS覚えてますか?車の中からMiGROSへ入る直前に撮影したのですが、写真手前の2人は何しとんですかね?同性同士なら挨拶のキス。男女なら恋人同士ならいいのですが。
翌日アンカラの旧市街ウルスUlusへ買い物へ。目的はカーペットとアンチークもの。イムレンの鞄は日本で1000円のもの(笑)。オズゲの革コートはトルコで200ドルぐらいのもの(日本末端価格推定4万以上?)。トルコの革製品と金製品、カーペットは現地で買うのがやはり安い。交渉もババにまかせた!
交渉を続けるフィクレットババと品定めをするイムレンアンネ。きょろきょろするオズゲと撮影に忙しい僕。
無事に買い物が終わり、チャイで一服。昔はここはチャイ屋だった、いやドネル屋だったと言い合う娘と父。写真で見えているのがチャイ屋で、ババの背後がドネル屋なのに・・・。
今回ババと一番話ができました。EU加盟問題、イラクへの攻撃の話、北朝鮮の話。自分でも意外と以前よりトルコ語がわかるのに驚きました。勉強さぼってばかりだから、てっきり前よりひどいとおもっていたのに。
アンネとも色々話したなあ。僕が以前Dale Carnegieのトルコ語訳本をオズゲにあげたら、本人が読まずにババが読んでいた。で、今回はアンネが読んでいた。なんでも霊気Reikiを始めたそうで、トルコでも流行だそうです。
アンカラの近所には多くのかわいいネコがいます。結婚式の時、庭で取った朝食にやってきたネコは残念ながら寿命が来たそうです。
あ、ジプシーも忘れてはいけませんね。
以上、2年半ぶりのトルコは家族と親戚との再会だけで大忙しでした。でもとても楽しかったです。
家族を本当に大切にする人たちです。