南アフリカの歴史
アパルトヘイトの時代

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「アパルトヘイト」という言葉をたまに使用していますが、
「アパルトヘイト」についてよく知りません。
少し調べてみようと思っています。

「アパルトヘイト」を肯定するわけではありませんが、
ここに否定の内容を掲載しても何の意味もないように思えます。
各種の本に掲載されている内容ですから。

ヨーロッパの各国が世界の趨勢により、アフリカからの搾取に見切りをつけて、
アフリカ諸国の植民地からの独立を認めていく中、
オランダからの入植者ボーア人(アフリカーナー)が
「何故アパルトヘイト政策をしいていったのか?」
について掲載しようと思っています。
それは一言で言えば
帰る祖国を持たない、白いアフリカ人だったためかも知れません。

ヨーロッパには国土を持たない民族の紛争が今でもあるそうです。
アパルトヘイト政策が世界から非難を受けたのは、
「白人と黒人の問題だったから」、
「白人の搾取があまりにも極端だったから」
「アパルトヘイトを否定する黒人を投獄したから」……
なのだろうか?

民族の問題を、全く知らない素人が
本の資料をもとにホームページに掲載しようとしていることは
本当に失礼なことだと思っています。

アパルトヘイトについて詳しい方がおりましたら教えて下さい!

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最近、「アフリカの失われた文明」というビデオを見ました。

白人の探検家たちは、
「アフリカ大陸で発見される遺跡は、白人たちが築いた物だ」と主張したそうです。
かの有名な”グレート・ジンバブエ”も、
「黒人が造れるはずがない」と言って、
白人が造ったという痕跡を探し求めたそうです。
暗黒大陸からの搾取のため、
白人の先住性を正当化しようとしたためだそうです。

アフリカにはヨーロッパの歴史しかありません。
口伝えに伝承されてきた歴史は消えうせようとしています。
1932年、南アフリカの探検家は、南アフリカの北東部のベンダにて、
12世紀頃の国王の遺跡を発見して黄金を発掘したそうです
12世紀といえば、白人が南アフリカへ来る400年も前であり、
この遺跡は南アフリカの白人の先住性を否定するものでした。
発掘品は、公表されずにプレトリア大学の資料室にあったそうです。

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白人の歴史によれば、南アフリカの黒人は
「北から移動して来た」と書かれています。
南アフリカの先住民はコイ族とサン族で、
黒人と白人の追われて、北のカラハリ砂漠へ移動して行ったそうです。
北から移動して来たのは事実らしいですが、その時期は……
4世紀頃とも12世紀頃とも言われています。
南アフリカの白人にとっては、その移動が遅ければ遅いほど、
黒人の先住性を否定するのに好都合だったのです。

ある本によれば、ボーア人がケープタウン付近に入植したが
黒人との接触も少なく紛争もなかったと書かれています。
やがて金やダイヤモンドが発見されてイギリスがやって来た。
ボーア人はイギリスに追われて、新天地を求めて内陸部へ移動して行って、
黒人との接触が生まれたのが最大の紛争の原因だと書かれています。

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