南アは世界有数の鉱物資源国

日本にとって重要な資源国

**************************************************************************************

世界一の金産出国

南アフリカは、金・ダイヤモンド・マンガン・クロム・白金・鉄鉱などの鉱産資源に恵まれ、世界有数の産出国である。
金産出量は、第二次世界大戦後の最盛期には、世界の約7割を占めていた。最近は約4分の1に低下したが、それでも世界一の金産出量である。
その中心はヨハネスブルグを中心とする地域で、現在では金鉱の採掘現場の最深部は、地下4千メートルにまでおよんでいる。
また、オーストラリア・ボツワナ・コンゴ(キンシャサ)と並ぶダイヤモンドの主要産地であり、キンバリーを中心とする地域がその産地である。
1905年には、こぶし大もある310カラット(約620グラム)の世界最大のダイヤモンドを産出した。

 

南アフリカを救ったレアメタル

クロム・マンガンなどの金属は、世界全体での産出量が少ないことから、希少金属(レアメタル)と呼ばれている。希少金属は、たとえば、クロムはステンレスの製造に不可欠であるなど、現在の先端産業では欠くことのできない重要な金属である。
マンガン・クロムとも世界一の産出国である。世界の先進工業国では、これらの鉱物資源の安定供給が不可欠であり、供給先として南アフリカは重要な役割をもつ。
アパルトヘイト時代、国連を中心に経済制裁が実施されたにもかかわらず、ヨーロッパ諸国や日本の経済制裁が遅れたのは、希少金属の確保との関連があったからである。

 

人種差別の最中、日本人が「名誉白人」とされた理由

日本と南アフリカとの関係は、第二次世界大戦前にさかのぼる。1913年、南アフリカは、移民法の適用により、日本人を含むアジア人の移民を全面的に禁止した。しかし、日本は経済的な結びつきがアフリカで最も強い地域であることから、1918年、アフリカ最初の日本領事館を、ケープタウンに開設した。当時は日本側の大幅な貿易黒字であり、アフリカーナーの間には、強い反日感情があった。しかし、1929年から始まった世界恐慌の中で、オーストラリアと羊毛輸出で競合していた折に、日本が南アフリカの羊毛を輸入するようになったことで反日感情がやわらぎ、日本人移民の流入禁止処置が解かれた。
1960年のシャープビル事件は、国際世論の非難を浴びた。この結果、国際社会から孤立感を深めた南アフリカは、積極的に日本との関係を強め、1961年、「日本人は人種別集団地域法」に関する限り白人として扱う」という決定をくだした。当時の日本は、高度経済成長期であり、クロム・マンガンなどの希少金属の需要が大きく、南アフリカがそれらの資源の安定的な供給地であった。
1971年、国際社会のアパルトヘイト非難の高まりの中で、日本政府は南アフリカへの直接投資を禁止し、南アフリカ国民へのビザの発給を停止した。しかし、欧米諸国がアパルトヘイトに反対して経済制裁を行う中で、1978年、日本は対南アフリカ貿易額世界一の国となった。
南アフリカの主な輸出品は、金・ダイヤモンド・石炭などの鉱物資源が中心であり、この3品目で輸出額の約半分を占めている。また、果実などの農産物も輸出している。
現在、南アフリカの輸出先ではスイス・イギリス・アメリカ・日本・ドイツが、輸入先ではドイツ・アメリカ・日本が中心である。
日本にとって南アフリカは、白金・金・石炭・鉄鉱・バナジウムなどの工業原料を供給する重要な国であり、また、砂糖・トウモロコシなどの輸入先でもある。日本から南アフリカには、機械類や自動車が輸出されている。

 

シャープビル事件
1960年、シャープビルの警察署前に集まった黒人の群集に向かって警察隊が一斉射撃を行い、69名が殺される事件が発生した。この事件を契機に、1万人以上の黒人活動家が逮捕され、抵抗運動は武力により抑え込まれてしまった。

 

筑波大学教授 高橋伸夫編著「この一冊で世界の地理がわかる!」三笠書房を参考にさせて頂きました。