映画『遠い夜明け』

 南アフリカで人種隔離政策が始まったのは、第二次世界大戦後の1948年。以来、先住民であるアフリカ人はホームランドと呼ばれる特定の居住地区に隔離され、極貧の生活を強いられていた。身分証明書の携帯を義務づけられ、職を求めて自由に移動することさえできない。運良く白人居住区で職を得ても、午後6時には街を追い出される。肌が黒いというだけで、選挙権も与えられず、人間としての誇りをもつことさえ許されない社会 ――。

 1987年製作のアメリカ映画『遠い夜明け』。南アフリカの人種隔離政策を、正面から問うたこの作品は、公開と同時に全世界に衝撃と波紋を投げかけた。なによりも実話に基づく内容であったことが、人々の心を強く揺さぶったのだ。
 舞台は、1970年代の南アフリカ。南東部の街キング・ウイリアムズ・タウン郊外に、一台の白いベンツがすべりこむ。車から降り立った白人記者を、ひとりの長身の黒人青年が無表情に迎えた。28歳の若き黒人指導者スティーブ・ビコと、42歳の白人ジャーナリスト、ドナルド・ウッズ。やがて”同士”となる二人の男の出会いは、互いの胸の内の探り合いから始まった。
 ピコの案内で、初めて訪れた黒人居住区。ウッズはそこで、想像をはるかに超えた、黒人たちの過酷な生活をまのあたりにする。ウッズとピコは、食卓を囲んで夜遅くまで語り合う。「神が黒人を作り給うたとき、正しい意図があってのことだと信じている。神が白人を作り給うたときと同様に」。静かに語るピコの言葉に、ウッズは胸を打たれる。

(講談社「週間・地球旅行No.93」を参考にさせて頂きました)

映画『サラフィナ』

アパルトヘイトに立ち向かう
ひとりの少女の戦いと自由への熱き願い
ブロードウェイ大ヒットミュージカルの映画化

キャスト: ウーピー・ゴールドバーグ、レレティ・クマロ

 ズールー語で「小さな天使」という意味の名を持つサラフィナ(レレティ・クマロ)はハリウッドで女優になることを夢見る高校生。そんな彼女のまわりにもアパルトヘイトへの反乱の波が押し寄せていた。その中で過激な抵抗運動に荒れる生徒達に魂の自由の大切さを説くマソムブカ先生(ウーピー・ゴールドバーグ)。しかし子供たちに危険な考えを植え付けるという理由で、先生は逮捕されてしまう。怒りに燃えたサラフィナたちは自由と未来を求めて立ち上がった。

(「ASAHI VIDEO LIBRARY」を参考にさせて頂きました)

An African scene from Great Railway Journey
― Return Ticket

どなたかこの映画に詳しい方がおられましたら教えて下さい

The trip called Cape Town to the Lost City with Rian Malan. The author Malan indulged his passion for train travel in 1994 on the eve of the first democratic election, as he visited the torched remains of Mohatma Gandhi's commune in Durban before heading for Johannesburg. His journey's end was the lost City in Bophuthatswana.

映画『白く乾いた季節』

1989年の米国映画。
白人の歴史教師ベンの家で働く、黒人の庭師の息子が”ソウェト蜂起”で逮捕され不自然な死をする。
公安局は「自殺」というが、その死に疑問を持ったベンと黒人の指導者は目撃者の証言を集めるが、証言者は次々に殺されていく。
ベンはこれらの記録を新聞社に持ち込もうとするが、公安官に自動車で引かれて殺される。
最後は、黒人の影の指導者が、ベンを殺した公安官を銃で殺すところで終わる。

テレビドラマ『アフリカの蹄』

2003年2月にNHK総合テレビで放送。
アフリカの架空の国を舞台に、人種差別と闘う日本人医師の姿を描く。架空の国になっているが、背景は南アフリカそのものである。原作は帚木蓬生の小説。
アフリカの大学病院に留学した医師の主人公は、黒人の少年を助けたことがきっかけで黒人居住地に出入りするようになる。黒人居住区では奇妙病気が流行していた。白人の極右組織が黒人追放を狙ってばらまいた天然痘であった。
南アフリカ在留の日本人でもなかなか行くことの出来ない、ミニバスの駐車場や黒人のタウンシップを見ることが出来る。ショショローザなどの、南アフリカの黒人の歌も多く挿入されている。

ビデオ『失われた文明』

白人の探検家たちは、「アフリカ大陸で発見される遺跡は、白人たちが築いた物だ」と主張した。暗黒大陸からの搾取のため、白人の先住性を正当化しようとしたためである。発見された遺跡に白人の文明の痕跡を探し求めたが、ついに発見できなかった。
アフリカにはヨーロッパの歴史しかない。口伝えに伝承されてきた歴史はいつしか消えうせようとしていた。1932年、南アフリカの探検家は、南アフリカの北東部のベンダにて、12世紀頃の国王の遺跡を発見して黄金を発掘した。この場所はベンダ族が伝承で「王家の墓があり、近づくと目が潰れて災難が起きる」と言い伝えられてきた。そのため盗掘から逃れてきた。
12世紀といえば、白人が南アフリカへ来る400年も前であり、この遺跡は南アフリカの白人の先住性を否定するものであった。ここ”マングブウェ”での発掘品は、公表されずにプレトリア大学の資料室にある。幸いなことに、通常の発掘された黄金は溶かされてしまうが、発見者がその重要性を知っていて、溶かさずに寄付したためである。
このビデオの最後には、アフリカの古代文明をテーマとしたレジャーランド、ロストシティーの映像がある。
<失われた文明 10アフリカ 奪われた栄光 潟|ニーキャニオン>

〜黒人開放・知られざるソフィアタウン〜
マンデラにブルースを

2004年7月4日、NHK−BS1で放送。

反アパルトヘイト運動により27年間に渡り投獄生活を送ったネルソン・マンデラが、当時最もつらかったことはジャズが聞けなかったことだという。南アで土地を所有することができた唯一の場所ソフィアタウンは、マンデラが黒人開放を求めて最初の演説を行った地であると当時に、南ア特有の”タウンシップジャズ”が生まれ、ミリアム・マハーバら世界的に有名な歌手を輩出してきた町。番組では、黒人にとって自由の町であったソフィアタウン50年代初期の資料映像とともに、往年のジャズシンガーたちが当時の思い出を語る。ソフィアタウンと自由と平等への願いをこめたジャズが、黒人開放の歴史で果たした知られざる一面が見えてくる。
<月刊TVnavから>