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 1993年の南アフリカ 

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No.2 1993年6月

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1994年4月に予定されている、世界で注目されている全人種による制憲選挙まで1年をきりました。
これまで、白人与党「国民党(NP)」と最大の黒人勢力「アフリカ民族会議(ANC)」の2党間交渉との他勢力からの批判があり、各政党・団体をいれて話し合いが行われようとしましたが、あまり進展しませんでした。

私は専門家ではありませんので、掲載内容に間違いがあるかもしれません。詳しい方がおられましたらコメントを下さい。

《今月の主な掲載内容》

1.民主化の動き
 この選挙の内容を理解しやすくするため、「民主化の動き」の年表を掲載しました。

2.南アフリカの政党
 今後のニュースを読みやすくするため、制憲選挙の得票率を掲載しました。
 この選挙でANCが第1党になり、マンデラ大統領が誕生するのは間違いありませんでした。現白人与党NPの最大の目標は、ANCの3分の2以上の得票率を阻止することであったかもしれません。
 副大統領は2名選ばれることになっていて、1名は第1党から選ばれることになっていました。もう1名は、第1党が3分の2以上の得票率の場合は第1党から、以下の場合は第2党から選ばれることになっていたからです。
 この選挙直前まで、黒人右派のインカタ自由党(IFP)の選挙ボイコット騒動がありました。結局、IFPは選挙に参加したのですが、選挙後、NPと「ズールー王国設立」の密約があったとの噂が流れました。IFPが選挙に参加したことでANCの3分の2以上の得票率を阻止することができ、デクラーク副大統領が誕生しました。

3.核開発のニュース
 南アフリカの核開発については、1994年4月の選挙前に、日本のテレビで特集が放映されました。映像には、南アフリカのある場所にあった廃墟が写されていました。黒人政権の手に渡らないよう、選挙前に消滅されたのは事実みたいです。

4.ANC幹部の暗殺
 ANC幹部の暗殺がありました。選挙が近づくにつれ衝突が多くなっていくと思われます。この衝突は白人と黒人との間だけではありません。黒人間の衝突や白人間の衝突も予想されます。

5.オリバー・タンボ前議長が老衰で死去
 タンボ氏は、ネルソン・マンデラ現議長とともに、ANCを創世期から30年間にわたって率いてきた人物です。黒人主導政権誕生を前にして、亡くなってしまったのは残念なことです。

マンデラ大統領(1996年当時)
獄中生活を送ったロベン島を訪問


南アの新聞より(1996年)

囚人のロベン島での石灰石破砕作業

南アの新聞より(1996年)

ロベン島

筆者撮影

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《南アフリカのニュース》
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  南アフリカの民主化の動き

  1989年 9月 デクラーク政権誕生
  1990年 2月 同政権がアフリカ民族会議(ANC)などを合法
           化し、マンデラANC議長を釈放
  1990年 8月 ANCが武力闘争停止を宣言
  1991年12月 南アの19政治勢力が参加して制憲交渉を開始
  1992年 3月 デクラーク政権が白人国民投票で圧勝、交渉路線
           の新任を獲得
  1992年 5月 制憲会議での新憲法採択方式などをめぐり制憲交
           渉が決裂
  1992年 6月 ボイパトン黒人虐殺事件を受けてANCが交渉離
           脱
  1992年 9月 「独立」ホームランド(黒人部族別居住地域)で
           の発砲事件を契機に、南ア政府とANCが交渉再
           開で合意
  1993年 2月 南ア政府とANCが制憲議会選挙実施から5年間
           は連立内閣による権力分有で合意
  1993年 4月 26政治勢力が参加した多党間制憲交渉が再開

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  政党別得票率(1994年4月)

  ANC アフリカ民族会議 (黒人:マンデラ氏)62.6%
  NP  国民党 (白人:デクラーク氏)20.4%
  IFP インカタ自由党(黒人右派、ズールー族が母体)10.5%
  FF  自由戦線(白人極右派)2.2%
  DF  民主党(白人リベラル派)1.7%
  PAC パンアフリカニスト会議(黒人急進派)1.7%

  注)黒人、白人と記載することに問題があります。例えば、ANCに
    は白人も参加していますし、NPにはカラードも参加しています。

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イスラエル関与の疑い
南アの核開発

【ヨハネスブルグ3月25日】1993.03.27読売

 南アフリカのデクラーク大統領は24日の原爆製造の公表に際して、核開発は独自の技術によるもので外国との協力関係は一切なかったと強調したが、これを疑問視する一部マスコミは25日、イスラエルが強く関与した疑いあると報じた。
 ケープタウンからの報道によると、英軍事誌ジェーンズ・デイフェンス・ウイークリーの南ア駐在記者は「南アの兵器公社アームスコーが独力で核兵器製造能力を得たとは考えにくい」とした上で、両国間に核開発での協力関係を公表しないとの密約があり、大統領はこれに従いイスラエルとの関与を否定した可能性を示す。
 南アとイスラエルは、従来、通常兵器の開発では深い関係にある。南ア製の兵器は兵器市場で高い評価を受けているが、多くは両国間の技術協力で開発されたという。

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南アのウラン イスラエルに?
ANCが批判

【ロンドン3月26日】1993.03.28読売

 ヨハネスブルグからの報道によると、南アフリカ共和国の黒人解放組織、アフリカ民族会議は(ANC)は26日、6個の核爆弾を製造した南アの核開発について、同国は70個の核爆弾を製造できる300キロの濃縮ウランを生産した可能性があり、6個の核爆弾を使った残りの濃縮ウランは核の軍事利用で協力していたイスラエル、さらに米国に売り渡された疑いがあると批判した。
 また、南アの第1号原子炉は1965年に米国が、クベルク原子力発電所はフランス系企業が、濃縮ウラン生産の技術は当時の西独がそれぞれ供与したことを挙げ、「核開発にはこれら西側諸国が協力した」と批判。南ア政府による核爆弾の廃棄は、核爆弾が黒人政権の手に渡らないようこれら諸国が圧力をかけたためではないかと指摘した。

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南ア制憲交渉きょう再開
10か月ぶり

【ヨハネスブルグ3月31日】1993.04.01読売

 南アフリカ共和国の複数政党間制憲交渉が10日、ヨハネスブルグ郊外で再開する。
 交渉再開は、「民主南ア会議(CODESA)」が昨年6月、ボイパトンの虐殺事件で空中分解して以来、1か月ぶり。
 新制憲交渉には、CODESAよりも7団体多い26団体の参加が予定されている。CODESAについては、白人与党国民党と最大の黒人勢力「アフリカ民族会議(ANC)」の2党間交渉だったとの他勢力に批判があり、交渉の名称、構成がまず話し合われよう。
 これにより、「遅くても来年4月」(デクラーク大統領)の実施が期待される初の全人種参加の政権会議選挙の日程が決定されるかどうか注目される。

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ANC幹部を暗殺
ハニ氏、急進派黒人の象徴

【ナイロビ支局4月12日】1993.04.13読売

 南アフリカ共産党書記長で南ア黒人解放勢力の指導者クリス・ハニ氏(50)が10日午前、ヨハネスブルグ郊外の自宅前で射殺された。
 ハニ氏は最大の黒人解放組織アフリカ民族会議(ANC)の全国執行委員会幹部も兼任、白人極右派から政敵と見られていた。
 ハニ書記長は1987年から92年までANC軍事部門「民族の槍(やり)」の司令官を務め、武装闘争の先頭に立ってきた。ANCは現在、武装闘争を事実上放棄しているが、同書記長は急進派黒人勢力の象徴的存在だった。

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報復で白人2人が死亡
黒人も1人

【ナイロビ支局4月12日】1993.04.13読売

 南アフリカ共産党書記長で黒人解放組織、アフリカ民族会議(ANC)全国執行委員会幹部のクリス・ハニ氏(50)が10日、ヨハネスブルグで暗殺された後、南ア国内では11日、ケープタウン近郊の旧黒人居住区ルワンドルで乗用車に乗った白人が黒人に襲われ、2人が死亡、1人が負傷する事件が起きた。またヨハネスブルグ郊外の旧黒人居住区ソウェトでも11日、暗殺に抗議する集会が開かれ、黒人群衆と警官隊が衝突、警官側の発砲で黒人1人が死亡した。
 デクラーク大統領、マンデラANC議長ともに、「(暗殺事件で国内が)騒乱状態に陥ることは、暗殺グループの思惑にはまることになる」と平静を呼びかけており、黒人社会の貧困層の間でマンデラ氏に次ぐ人気を誇ったハニ氏の暗殺事件が、現在進行中の新生南アを目指す制憲交渉を崩壊させることはないと見られる。しかし、警察当局に逮捕された白人男性は極右組織アフリカーナー抵抗運動(AWB)に所属されていたとされ、今後、新たなテロ活動の続発も懸念される。

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南アANC前議長が死去

【ナイロビ4月24日】1993.04.25読売

 南アフリカ共和国からの報道によると、同国最大の黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」のオリバー・タンボ前議長が24日、老衰で死去した。75歳。
 タンボ氏は、ネルソン・マンデラ現議長とともに、ANCを創世期から30年間にわたって率いてきた人物。

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2大黒人組織トップが会談
南アで2年ぶり

【ナイロビ6月23日】1993.06.24読売

 南アフリカ共和国からの報道によると、最大の黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」と対立する黒人右派勢力「インカタ自由党(IFP)」のトップ会談が23日、ヨハネスブルグ郊外で、2年2か月ぶりに実現した。
 会談は、これまでIFP側の拒否で立ち消えてきたが、今回はノーベル平和賞受賞者のツツ大主教などの仲介でようやく行われた。
 会談の目的は、両勢力支持者同士の政治暴力事件の解決。
 両組織の議長は会談前に「両勢力が政治暴力解決へ突破口を求めている」(ネルソン・マンデラANC議長)、「会談は象徴的以上のものとなろう」(マンゴスツ・ブテレジIFP議長)と発言、事件解決への合意達成に楽観的な姿勢をみせた。

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南ア 総選挙日程確定せず
制憲会議 交渉1週間延期

【ナイロビ6月24日】1993.06.25読売

 南アフリカ共和国からの報道によると、複数政党間制憲交渉会議は23日、初めて黒人の参政権を認めて来年実施する総選挙の日程確定を目指す同会議交渉フォーラムの開催を、予定の25日から1週間延期、7月2日とした。これは、参加26政党・団体全勢力が交渉に戻りながらも、最大の黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」など、日程確定を優先する勢力と、連邦制導入など将来の国家構想問題解決を優先させたい勢力との間で、合意に達しないため。
 また、3年間で約9千人の死者を出した政治暴力解決のため、ヨハネスブルグで同日、2年2か月ぶりに実現したANCのマンデラ議長と、ANCに対立する黒人右派勢力「インカタ自由党(IFP)」のブテレジ議長の会談は、総選挙日程確定問題の解決も打ち出せなかった。

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