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 1993年の南アフリカ 

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No.7 1993年11月

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 《今月の主な掲載内容》

1.民主化実現の最終関門「暫定憲法」草案の採択にこぎつける
 たたき台となった憲法草案だけで約百ページ。これに会議の下部組織「交渉評議会」などが千ページ以上ものリポートを出して、さらに討議されてきた。
 基本的人権、選挙制度など広範な問題の中で、最後まで決着がつかなかったのは、選挙区分や、アフリカ大陸最強の南ア国防軍とアフリカ民族会議(ANC)の軍事部門「民族の槍」など開放勢力の軍統合の問題など。しかし、これらの難問もデクラーク大統領とマンデラANC議長による首脳会談により、一部は先送りされるものの、ほとんどが政治解決された。
 デクラーク大統領は、「暫定憲法草案の採択にこぎつけることは、まさに民主化を本物にする歴史的出来事だ」と述べている。
 11月22日からケープタウンで、黒人を除く白人、カラード(混血)、インド系の3人種からなる南アフリカ共和国の臨時国会が開会される。
 臨時国会では初日に、デクラーク大統領がこれまでの協議に関して演説。この後、先に各党間会議で合意した、現政府の監視機構「暫定執行評議会(TEC)」設置法、新選挙法、地方政府法、独立メディア評議会設置法など、来年選挙へ向かうための一連の法案を審議、後半に入って、これらの集大成である暫定憲法案を審議、最終承認する。
 しかし、不安材料は大きい。黒人と白人の右派連合組織「自由同盟」(5団体)が、一切の交渉をボイコットしたままであること。黒人右派「インカタ自由党」、白人右派「アフリカーナー人民戦線」などは、「民族自決権」を主張、各州ごとの憲法制定、事実上の完全自治を要求し、これが満たされない場合には「内戦をも辞さない」立場を表明している。

2.インドと39年ぶり復交
 インドは南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に反発して1954年に断交した。しかし、南アの改革進展に伴い今年5月にヨハネスブルグに文化センターを開設、9月には対南アフリカ経済制裁を解除した。

3.南アフリカ共和国の独立系調査機関がANC圧勝を予想
 南アフリカ共和国の独立系調査機関が、初めて黒人が参政権を得て来年4月27日に実施される新憲法制定評議会選挙で、最大の黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」が「圧倒的大勝をおさめる」とする選挙結果予測を発表した。
 同委員会は、ANCについては「過半数獲得は確実で、3分の2を得る可能性も高い」と分析。先に基本合意した暫定憲法案で4月に誕生する制憲議会は、選挙後2年以内に「議会の3分の2以上の賛成を得て正式憲法を採択する」と決められたことから、「ANC単独で正式憲法を制定できる可能性も高い」としている。

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選挙後の写真と思います
(雑誌から)

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《南アフリカのニュース》
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「暫定統治」急いだANC 南ア「憲法草案」を選択へ
白人側に大幅譲渡 右派不参加が不安材料

【ヨハネスブルグ11月17日】1993.11.18読売

           南アフリカの民主化の動き

1989年 9月 デクラーク政権誕生
1990年 2月 同政権がアフリカ民族会議(ANC)などを合法化し、マンデ
         ラANC議長を釈放
1990年 8月 ANCが武力闘争停止を宣言
1991年12月 南アの19政治勢力が参加して制憲交渉を開始
1992年 3月 デクラーク政権が白人国民投票で圧勝、交渉路線の新任を獲得
1992年 5月 制憲会議での新憲法採択方式などをめぐり制憲交渉が決裂
1992年 6月 ボイパトン黒人虐殺事件を受けてANCが交渉離脱
1992年 9月 「独立」ホームランド(黒人部族別居住地域)での発砲事件を
         契機に、南ア政府とANCが交渉再開で合意
1993年 2月 南ア政府とANCが制憲議会選挙実施から5年間は連立内閣に
         よる権力分有で合意
1993年 4月 26政治勢力が参加した多党間制憲交渉が再開
1993年 7月 多党間制憲交渉が94年4月27日の制憲議会選挙実施で合
         意。
         黒人、白人保守派が交渉を離脱
1993年 9月 南アの3人種議会が、制憲議会選挙までの暫定政府として機能
         する暫定執行評議会の設置法案を可決
1993年11月 多党間制憲交渉の各派首脳会議を開催し暫定憲法案を協議
                                 
(共同)

 南アフリカ共和国の多党間会議が17日、民主化実現の最終関門となっていた「暫定憲法」草案の採択にこぎつけることは、まさに「民主化を本物にする歴史的出来事」(デクラーク大統領)だ。

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 たたき台となった憲法草案だけで約百ページ。これに会議の下部組織「交渉評議会」などが千ページ以上ものリポートを出して、さらにこれを討議してきた。
 基本的人権、選挙制度など広範な問題の中で、最後まで決着がつかなかったのは、選挙区分や、アフリカ大陸最強の南ア国防軍とアフリカ民族会議(ANC)の軍事部門「民族の槍」など開放勢力の軍統合の問題など。しかし、これらの難問も、16日深夜まで行われたデクラーク大統領とマンデラANC議長による首脳会談により、一部は先送りされるものの、ほとんどが政治解決された。
 今回、この暫定憲法草案がまとまることで、来年4月27日予定の新憲法制定議会選挙への道が開かれる。草案によると、制憲議会は比例代表制下院(定数400人)と州代表による上院(同90人)の二院制である。これが5年間の暫定期間を担い、正式憲法を定める。同選挙では、現時点で約6割の得票が予想されるANCが第一党となり、かっての人種差別の国、南アに、初の黒人大統領、マンデラ新大統領が誕生することは確実だ。
しかし、ANCとしては、アパルトヘイト廃止を決めた白人与党国民党の現実路線なしには、交渉はここまで続けることは出来なかった。このため、ANCは当初主張していた「強力な中央政府樹立」を連邦制導入に切り換え、他の多くの問題でも歩み寄ってきた。地元「スター」紙は、全体の約7割の問題で譲歩したのはANCだと見ている。
 これだけANCが譲歩に踏み切ったのは、とにかく来年4月の選挙を実施させ、少数白人支配に終止符を打ち、「暫定統治期間」に入りたかったからにほかならない。
 しかし、不安材料は大きい。最大の不安は、黒人と白人の右派連合組織「自由同盟」(5団体)が、一切の交渉をボイコットしたままであること。黒人右派「インカタ自由党」、白人右派「アフリカーナー人民戦線」などは、「民族自決権」を主張、各州ごとの憲法制定、事実上の完全自治を要求し、これが満たされない場合には「内戦をも辞さない」立場を表明している。
 政府は、19日にも再度、自由同盟と協議する予定だが、ANC、政府指導での民主化プロセスが、政府指導での民主化プロセスが、ついに暫定憲法制定まできたことに対して、自由同盟が反発を強固なものにすることは確実な情勢だ。

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南ア「暫定憲法」詰め難航 多党間会議
選挙法など対立 
黒人右派は「自治」要求へ

【ヨハネスブルグ11日】93.11.12読売

 南アフリカ共和国では、22日開催予定の臨時議会を前に、多党間会議(21団体参加)による暫定憲法草案の起草作業が、ぎりぎりの大詰めを迎えている。しかし、同会議の主導権を握る、白人与党国民党と最大の黒人解放組織「アフリカ民族会議(ANC)」による連日のニ党間協議では、依然として多くの対立点が解決されず、両党による憲法草案の最終的包括合意は当初予定の11日には難しく、15日以降に持ち越される見通しだ。

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 これまで政府、ANCは、各州政府に教育、保健、警察など多くの権限を与えることを大筋で合意。また、大きな争点になっていた将来の公用語についても、ようやく合意に達した。
 これは、オランダ系白人・アフリカーナーの言語、アフリカーンスを暫定政権樹立後も、公用語として残すかが問題となっていた。ANC側は、アフリカーンスを「アパルトヘイト(人種隔離政策)時代に強制された言語」として反発してきたが、両党は10日、現在の公用語のアフリカーンス、英語に。コサ、ズールー、スワヒリなど9つの黒人部族の言語を加え、公用語を計11とすることで妥協、合意した。
 しかし、来年4月27日に予定されている新憲法制定議会選挙後の暫定期間に、南ア国防軍と、これと対決し開放闘争を続けてきたANC軍事部門「民族の槍(やり)」の統合をどのように進めるか、といった問題や、選挙法制定などの重要案件は、依然として未解決。このため、多党間会議参加筋は、両党の合意だけでも15日以降にずれ込むと見られている。
 一方、ANCの保守連合組織「自由同盟」(5団体参加)は9日、政府とANCが自由同盟の意向を無視して暫定憲法原案に合意した場合、来年選挙のボイコットを決定すると、警告を発したばかり。全体の指導者格と見られる黒人右派勢力「インカタ自由党(IFP)」のマンゴスツ・ブテレジ議長は、国連でのANC批判演説を終えて、11日帰国予定だが、多党間会議を非難、憲法草案に地方政府に事実上の「自治」を要求することは確実視される。
 これに対して、ANCのネルソン・マンデラ議長は10日、自由同盟の交渉復帰に期待を示しながらも、「これ以上の譲渡はありえない」と明言しており、ANCにとっては、議会開会前に、政府との合意、次には自由同盟の説得工作という2つのハードルを越えられるかどうかの瀬戸際となっている。

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黒人除く最後の国会開幕へ
南ア 暫定憲法案を審議

【ケープタウン22日】1993.11.23読売

 黒人を除く白人、カラード(混血)、インド系の3人種からなる南アフリカ共和国の臨時国会が22日、ケープタウンで開会する。これは、最後の3人種国会で、次の国会は、来年4月末の新憲法制定議会選挙を経て、多数派の黒人が国政に直接参加してからとなる。
 臨時国会では初日に、デクラーク大統領がこれまでの協議に関して演説。この後、先に各党間会議で合意した、現政府の監視機構「暫定執行評議会(TEC)」設置法、新選挙法、地方政府法、独立メディア評議会設置法など、来年選挙へ向かうための一連の法案を審議、後半に入って、これらの集大成である暫定憲法案を審議、最終承認する。会期は3週間。
 これらの法案が承認されて臨時国会が閉会すると、TECが正式に発足、最大黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」(ネルソン・マンデラ議長)など黒人勢力が、現政府とともに間接的ながら、国政に参加し始める。
 白人与党、国民党は同日、国会開会に先立ち、政党幹部会議を開き、今後の方針、来年の選挙戦をにらんだ党戦略を協議した。
 国民党は、デクラーク大統領、メイヤー憲法開発相を中心に、ANCとの交渉を積み上げ、暫定憲法法案を合意までこぎ着けてきたが、党内右派は幹部が「黒人勢力に譲渡し過ぎた」として反発を強めており、一部議員が白人保守勢力にくら替えする危機を迎えている。
 このため、今国会で暫定憲法草案などが承認されることは間違いないが、TECの構成、各法の適用など具体的な問題で、大統領ら幹部が党内外から激しい批判を受けることになりそうだ。

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南アとインド 39年ぶり復交

【ニューデリー22日】1993.11.23時事

 インド訪問中のボタ南アフリカ共和国外相とシン・インド外相は22日、外交関係復活に関する議定書に調印した。
 インドは南アのアパルトヘイト(人種隔離政策)に反発して1954年に断交した。しかし、南アの改革進展に伴い今年5月にヨハネスブルグに文化センターを開設、9月には対南ア経済制裁を解除した。

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来春実施の選挙 ANC圧勝予測
南アの独立系調査機関

【ケープタウン24日】1993.11.25読売

 南アフリカ共和国の独立系調査機関、人間科学調査委員会は23日、多数派の黒人が初めて参政権を得て来年4月27日に実施される新憲法制定評議会選挙で、最大の黒人解放勢力「アフリカ民族会議(ANC)」が「圧倒的大勝をおさめる」とする選挙結果を予測した。
 選挙予測は、同委員会が3月から5月までに、“独立”ホームランド(部族別黒人居住地域)4地域を含めた全国で実施した調査を基にした。これによると、有権者の64%がANCを支持、白人与党国民党の得票は15から18%にとどまり、現時点で選挙参加を拒否している白人・黒人の保守連合体「自由同盟」がこれを猛追、14から18%の得票が見込まれる。
 同委員会は、その後の動静などを考慮し、ANCについては「過半数獲得は確実で、3分の2を得る可能性も高い」と分析。先に基本合意した暫定憲法案で、4月に誕生する制憲議会は、選挙後2年以内に「議会の3分の2以上の賛成を得て正式憲法を採択する」と決められたことから、ANC単独で正式憲法を制定できる可能性も高い、としている。
 国民党については、自由同盟が選挙をボイコットしなければ得票が2割に達する可能性は低く、この結果、閣僚30人のうち3、4人しか出せなければ、同党が「信頼出来るANCのパートナーとして機能できない」と指摘。
 また、民主化の進展とともに激化した政治的暴力事件については、4月選挙以降「一層激化」すると予測された。

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1994年選挙後の写真

 

マンデラ大統領就任の写真と思います
デクラーク副大統領とマンデラ大統領
(雑誌から)