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 1994年の南アフリカ 

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No.16 1994年5月 (1)

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 《今月の主な掲載内容》

 南アフリカ史上初の全人種参加での制憲議会選挙が4月26〜29日に行われ、30日、開票が始まった。
 開票前に、マンデラANC議長、デクラーク大統領(国民党)はともに29日、今回の史上初の制憲議会選挙がおおむね「自由かつ公平」だったとの共通認識を示した。
 投票が一部地区で29日まで延長されたり、30日に開票作業に入れない地区が出るなどの混乱が続いているが、選挙管理委員会でも選挙が最終的に「自由かつ公正」と判定される、との自信を見せていた。
 デクラーク大統領は30日、ANCに継ぐ第2党になった場合でも、「ANCに協力し、新政権を支えていく」意思を改めて表明した。

 選挙の焦点は、最大政党のアフリカ民族会議(ANC)が国会下院(定数400議席)の3分の2の議席を獲得、理論的にはANCだけで正式憲法を採択できる権限を手中にできるかにある。
 このほか、今回の選挙から従来の4州から9州に細分化された州議会選で、ANC以外の政党がどれだけ健闘するかも関心事。州議会の政党勢力分布によっては、今後、地方レベルからANC主導の中央政権に圧力をかけることも可能だからだ。
 このほかでは、アフリカーナー(欧州大陸系白人)保守派でつくる「自由戦線」(FF)と黒人ズールー族の独自性を主張するインカタ自由党(IFP)が、それぞれの地盤の州でどれだけの票を獲得できるかも注目された。

 クリントン米大統領は、30日の定例ラジオ演説で、南アフリカ共和国の制憲議会選挙について、「南アフリカの再生」と高く評価する一方、「(今週中に)南アフリカへの援助大幅増額を発表する」と述べ、この選挙後に成立する黒人主導政権を全面支援する方針を表明した。
 クリントン大統領は演説の中で、南アフリカ国民の「勇気とビジョン」をたたえるとともに、今後も米国の役割が大きいことを強調した。

 大統領就任が確定的となったマンデラ議長は1日、ヨハネスブルクで、主要報道機関とのインタビューに応じた。
 この会見で、アパルトヘイト(人種隔離政策)に代表された、長い間の制度的人種差別を乗り越え、人種間の和解を図るという、同氏ならではの高邁(こうまい)な理想を、そのまま実行に移すとの強い意思を明確にした。
 また、南アフリカの安定化のためには、諸外国の投資拡大が不可欠であることを力説した。特に、原爆による惨状、第2次世界大戦の敗戦から奇跡的に復興し、素晴らしい経済国家に生まれ変わった日本には、投資の拡大、技術移転など様々な分野で強化を強く望んでいるとして、大きな期待を寄せた。

 新聞には次期大統領が確定的となった、マンデラANC議長のプロフィールが紹介された。
 『逮捕、投獄、国外脱出などを経て、62年、再逮捕され、最終的に反逆罪などで終身刑を受ける。「肌の色にとらわれない南アを築く理想のためには、一命をささげる覚悟がある」と、静まり返った法廷で述べた氏の感動的弁論は今に語りつがれている』

 2日夜、第1党確実となった「アフリカ民族会議(ANC)」のマンデラ議長(75)は、ヨハネスブルクの祝賀会場で勝利宣言した。
 「われわれは、ついに自由を勝ち得た」「民主国家誕生を祝える日が、ようやく来たのだ」――。
 勝利宣言がテレビ放送されると、全国の黒人市民は「アマンドラ」(自由だ)などと叫んで熱狂し、長かった解放闘争は歓喜の絶頂を迎えた。
 マンデラANC議長は、
 『南アフリカの英雄たちは世代を超えた伝説となっている。しかし、本当の英雄はあなたがた国民である』
 『われわれを殴った人々に手を広げ、「われわれはすべて南アフリカ人である」と言おうではないか。いまや古い傷をいやし、新しい南アフリカを築く時が到来した』
と演説した。

 これに先立ち、デクラーク大統領(58)は、首都プレトリアで、ANC勝利をたたえ、選挙戦での「敗北宣言」を行った。
 デクラーク大統領は、
 『私は政権を去るのではない。国民党に投票した数百万の代表として、新政府で重要な立場を得る。国民党抜きに新政府は運営できない』
 『国民党が第1党になるまで、党のメッセージを国民に送り続ける。5年後の選挙で目的は証明できるだろう』
と演説した。

開票が開始

(新聞から)

投票を待つ人たちの列

(新聞から)

ANCの勝利宣言に歓喜

(雑誌から)

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《南アフリカのニュース》
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ANCマンデラ議長、デクラーク大統領 南ア選挙は「自由かつ公平」
自信を見せる選管
国民党”新政権”協力を表明

【ヨハネスブルク=30日】94.5.1読売

 南アフリカ共和国の制憲議会選挙は30日、開票が南ア全土で始まった。焦点は、最大政党のアフリカ民族会議(ANC)が国会下院(定数400議席)の3分の2の議席を獲得、理論的にはANCだけで正式憲法を採択できる権限を手中にできるかにある。このほか、今回の選挙から従来の4州から9州に細分化された州議会選で、ANC以外の政党がどれだけ健闘するかも関心事。州議会の政党勢力分布によっては、今後、地方レベルからANC主導の中央政権に圧力をかけることも可能だからだ。

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 開票前に、ネルソン・マンデラANC議長、デクラーク大統領(国民党)はともに29日、今回の史上初の制憲議会選挙がおおむね「自由かつ公平」だったとの共通認識を示した。投票が一部地区で29日まで延長されたり、30日に開票作業に入れない地区が出るなどの混乱が続いているが、選挙管理委員会でも選挙が最終的に「自由かつ公正」と判定される、との自信を見せている。
 ANCのマンデラ議長は南ア国内で既にマスコミなどから、「出番を待つばかりの次期大統領」の扱いを受けている。黒人有権者が全体の7割を超える現実では、国民党が第1党の座を維持できる可能性は皆無に近いからだ。事実、デクラーク大統領は30日、ANCに継ぐ第2党になった場合でも、「ANCに協力し、新政権を支えていく」意思を改めて表明した。
 このほかでは、アフリカーナー(欧州大陸系白人)保守派でつくる「自由戦線」(FF)と黒人ズールー族の独自性を主張するインカタ自由党(IFP)が、それぞれの地盤の州でどれだけの票を獲得できるかも注目される。アフリカーナーの独自の州形成を目標とするFFの行動は、一連の爆弾爆破テロ事件への関与の疑惑がある極右アフリカーナー抵抗運動(AWB)の動きとも絡んでくるだけに、ANCや国民党としてはFFの得票を最小限に抑えたいところだ。
 一方、州議会選では西ケープ州の動向が興味深い。カラード(混血)の多数居住するこの州では、黒人よりも白人に親近感を覚えるカラードの票が国民党に流れるとの見方が一般的。展開によっては、ANC、国民党ともに過半数に達せず、白人穏健派の民主党がキャスチングボードを握りそう。首都プレトリアやヨハネスブルクを抱えるPWV(プレトリア・ウイットウォーターズランド・フェルイエナハン)では国民党は他党と協力、非ANCの州知事を樹立したい構えだ。

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南ア選挙 ANC大勝の勢い 得票60%前後確実

(ヨハネスブルク1日)94.5.2読売

 全人種参加の南アフリカ共和国初の制憲議会選挙は1日、各地で遅れていた開票作業が本格化、ネルソン・マンデラ議長率いる黒人最大政党アフリカ民族会議(ANC)が順調に票を伸ばし、勝利を確実にした。これで約340年にわたる白人少数支配が名実共に終止符が打たれることになり、マンデラ議長の大統領就任が確定的となった。議長は、6日に開催される予定の制憲議会選挙の投票で正式に選出される。

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 選挙管理委員会の開票速報によると、1日正午(日本時間同日午後7時)現在、全体の約1割が開いた段階で、ANCが、大票田のPWV(プレトリア、ヨハネスブルクなど)地域で60%を超え、全体でも54.0%を得票。黒人住民が圧倒的に多数を占める地域のうちまだ開票が進んでいないところも残されており、最終的に少なくとも60%前後の得票を獲得、勝利する勢いだ。
 一方、ほぼ半世紀にわたる少数白人支配によるアパルトヘイト(人種隔離政策)の党から脱却を図った政権党、国民党(党首=フレデリック・デクラーク現大統領)は、西ケープ州でANCの政権奪取に不安を覚えるカラード(混血)の票を集め、64.8%を獲得、圧勝した。また、副大統領ポストを取るに必要な20%をはるかに上回る30%以上を獲得、健闘している。
 また投票直前になって選挙ボイコットから一転、選挙参加したズールー族政党、インカタ自由党(IFP、マンゴスツ・ブテレジ議長)は、地盤である旧ホームランド(部族別黒人居住地域)、クワズールを中心に、東部ナタール州で65.9%を得票、大勝の勢いを示しているが、全国的には、今のところ3%前後の得票で推移している。

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人種和解に意欲 マンデラ氏会見

(ヨハネスブルク1日)94.5.2読売

 南アフリカ共和国の制憲議会選挙で第1党となることが確実となった、旧黒人解放組織で最大政党のアフリカ民族会議(ANC)のネルソン・マンデラ議長(75)は1日、ヨハネスブルクで、読売新聞、米国主要報道機関とのインタビューに応じた。この会見で、南ア初の黒人大統領就任が確定的となったマンデラ議長は、アパルトヘイト(人種隔離政策)に代表された、長い間の制度的人種差別を乗り越え、人種間の和解を図るという、同氏ならではの高邁(こうまい)な理想を、そのまま実行に移すとの強い意思を明確にした。
 「ANC圧勝であろう」と前置きしたマンデラ議長は、6日の大統領選出、10日の就任に先立ち、「(多数派が少数派を支配するという)国内各勢力が持つ疑念を追い払い、(各人種による)相互信頼の国家を築く」ことが、新大統領として、国内外に発する最初のメッセージとなると明言。
 具体的にはANC主導ながら、選挙で5%以上の得票があった政党からも閣僚入りする新政権「国民統合政府」が「これまで暫定憲法を採択した交渉過程と同様に」、アパルトヘイトを作った各党との合意による政策決定を基調とし「新政府の正統性、国民の信頼を得ていく」と語った。
 「マンデラ新大統領」が確実な現在、最も注目されているのは、選挙の第1、2党から選出され、大統領に次ぐ権限を握る2人の副大統領だ。議長は、「閣僚人事に関しては、事前に各党と協議する」とし、第1党ANCからの副大統領も含めて、デクラーク大統領と3日、協議する予定を明らかにした。
 また、マンデラ議長は、南アの安定化のためには、諸外国の投資拡大が「不可欠」であることを力説した。特に「原爆による惨状、第2次世界大戦の敗戦から奇跡的に復興し、素晴らしい経済国家に生まれ変わった」日本には、「投資の拡大、技術移転など様々な分野で強化を強く望んでいる」として、大きな期待を寄せた。

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米、「黒人政権」全面支援へ
経済進出にらみ
 南部アフリカの紛争処理も懸案

(ワシントン1日)94.5.2読売

 クリントン米大統領は、30日の定例ラジオ演説で、南アフリカ共和国の制憲議会選挙について、「南アフリカの再生」と高く評価する一方、「(今週中に)南アへの援助大幅増額を発表する」と述べ、この選挙後に成立する黒人主導政権を全面支援する方針を表明した。米政府は新政権を安定させることが改革成功のカギと認識しており、国際社会の精神的・物理的支援をリードする意向だ。
 クリントン大統領は演説の中で、南ア国民の「勇気とビジョン」をたたえるとともに、今後も米国の役割が大きいことを強調した。米国務省当局者によると、援助額を倍増して1億6千万ドル規模にするほか、新生・南アとの経済関係強化のため政府がバックになって民間企業の進出を促進する。米国内には「黒人政権誕生は人種扮装を激化させるのでは」との不安もあるが、不安一掃のためにも立ち上がりから支える方針だ。
 クリントン政権が同時にもくろむのは、天然資源が豊富で潜在的な経済力のある南アへの経済進出。南ア進出の米企業は、経済制裁が強化された80年代から激減し、86年の267から92年には106にまで減ってしまった。既に産業界には「バスに乗り遅れるな」ムードも強く、クリントン大統領はこうした意向を反映して、既にロナルド・ブラウン商務長官を団長とする政府主導の経済ミッションを派遣している。
 米政府の経済制裁は、デクラーク政権がアパルトヘイト撤廃に動き始めた90年代初頭から解除に向かい、91年にブッシュ大統領(当時)が米政府関連の制裁をほぼ解除したほか、クリントン大統領も昨年11月に全面解除を宣言した。このほか自治体レベルで制裁を導入していた全国170の州、市政府も一斉に制裁解除に動いている。
 だが南ア民主化に米国及び西側がどの程度貢献したかは、評価が分かれる。アパルトヘイト撤廃要求は、米国では黒人への差別撤廃を求めた公民権運動と並行して強まり、市民運動のレベルでは一貫して続いた。その一方で特に80年代のレーガン共和党政権が、南部アフリカ新興独立国の共産化を防ぐため南ア政府にテコ入れするなど、揺れを繰り返したのも事実。南ア問題を研究するベンジャミン・マイナー・ジョージワシントン大教授も「西側がアパルトへイト撤廃にある程度貢献したとしても、本当の要因は南ア国内の変化にある」と、「外圧」が決定的要因でなかったと強調する。
 米政府の対応が問われるのは、南ア新政権の安定への貢献はもちろん、冷戦の遺物である南部アフリカ全体の紛争処理だ。アンゴラ、モザンビークなど近隣国の内戦は、南ア新政権の不安定要因になるだけに、経済進出で浮かれてばかりいられないのが現実だ。

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南ア初の黒人大統領就任が確定的になった
ネルソン・マンデラ氏 (75)
 寛容訴える「本物の紳士」

【ヨハネスブルク】94.5.2読売

 出会った人はだれもが「本物の紳士」とか「温かい人柄」と評する。政治姿勢が「頑固」「古風」の風評はあっても、その人柄の悪評は耳にしたことがない。
 1918年、南ア・トランスカイに生まれた。世界の大半の指導者との違いは、同年配の人々が第一線から引退する高齢で、全く新しい国家を基礎から作り直す重責を担ったことだろう。
 コーサ族の名家の出身で、52年、故オリバー・タンボ前アフリカ民族会議(ANC)議長と一緒に、南アで初めての黒人弁護士事務所を開設した。南アは当時、アフリカーナー(欧州大陸系白人)の国民党が、黒人をアパルトヘイト(人種隔離政策)の奴隷制度に組み込みつつある時代だった。
 1912年に発足したアフリカ最古の解放組織ANCとの出会いは、44年のANC青年同盟の結成参加だった。カリマス的指導力を不服従運動などに発揮、頭角を現すのに時間はかからなかった。
 60年代に入って、ANC非合法化など南アの閉塞(へいそく)的現実に直面したANCは長年の平和路線を放棄、武装闘争路線の選択を余儀なくされた。この路線変更でも決定的役回りを演じ、61年、武闘部門の「民族の槍(やり)」(MK)を創設、最高司令官になった。
 逮捕、投獄、国外脱出などを経て、62年、再逮捕され、最終的に反逆罪などで終身刑を受ける。「肌の色にとらわれない南アを築く理想のためには、一命をささげる覚悟がある」と、静まり返った法廷で述べた氏の感動的弁論は今に語りつがれている。
 90年2月デクラーク現大統領のアパルトヘイト撤廃方針の一環で、自由の身となる。釈放後の第一声で、熱狂的に出迎えた孫の世代に当たる黒人の若者らに、武闘路線ではなく、寛容の精神、人種融和の大切さを訴えた。91年7月、朋友タンボ氏の死去に伴い、ANCの議長を継承した。
 長身、スリムなスタイル。今も毎朝4時に起床、体をほぐすのが日課。記憶力が抜群で、数日前に説明を受けた細かな数字を正確に反復できる。
 ウィニー夫人(59)は獄中生活の心の支えだったが、夫人の殺人事件関与疑惑から92年半ばから別居した。

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襲撃事件4件 10人死傷

(ヨハネスブルク1日)94.5.2読売

 南アフリカ警察によると、4月30日夜から1日朝にかけて、クワズール・ナタール州の4カ所で4件の襲撃事件が発生、少なくとも計5人が死亡、5人が負傷した。南ア広報官によると、全人種参加の選挙に絡んだ政治暴力かどうかは不明。
 ダーバン北部のインカタ自由党地の地盤で、男性が焼き殺されたほか、ダーバン郊外では乗合タクシーに銃撃があり7人が死傷した。
 同州では、アフリカ民族会議(ANC)とインカタによる暴力抗争が発生しており、非常事態宣言が発令されている。

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満面笑みの会見 75歳の気配りも マンデラ次期大統領

(ヨハネスブルク1日)94.5.2読売

 ダーク・グレーのスーツに赤いネクタイ。はりにある声が部屋中に響きわたった。「みなさん、ご機嫌いかがですか」。南アフリカの次期大統領に就任が事実上確定したアフリカ民族会議(ANC)のネルソン・マンデラ議長は1日朝、満面の笑みをたたえて会見会場に姿を見せた。記者団と握手した後、イスに向かうゆっくりとした足取り以外は、75歳という年齢を感じさせない。
 会見が始まる前に、南ア放送のテレビが伝える選挙速報に目を走らせる。この時点では、ANCの得票率は5割を辛うじて上回り、公民党に肉薄されていた。これに右派アフリカーナー(欧州大陸系白人)の自由戦線(FF)が続く。マンデラ議長は最終結果に自信があるのか、余裕たっぷりに「おや、FFが3番目か」とつぶやく。
 マンデラ議長の他人に対する気遣いは有名。会見のイスに座っても、左隣の黒人女性記者に向かい、「あなたのような美しい女性の隣に座れて光栄です」と語り、笑いを誘っていた。

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ANC きょうにも勝利利宣言 国民党との票差拡大へ

(ヨハネスブルク2日)94.5.3読売

  南ア制憲議会選挙政党別得票率 (現地時間2日午前11時、開票率33.5%)
 アフリカ民族会議(ANC)  57.5%
 国民党            26.5%
 自由戦線(FF)        3.1%
 パンアフリカニスト(PAC)  1.2%
 インカタ自由党(IFP)    7.5%
 民主党(DP)         2.4%
 その他             1.8%

 全人種が参加した南アフリカ共和国の制憲選挙は2日正午(日本時間同日午後7時)現在、開票率約35%で、最大政党「アフリカ民族会議(ANC)」が約57.7%を獲得した。ANCは、同党支持者の多い地域や大票田のPWV(プレトリア、ヨハネスブルク周辺地域)での開票が進むにつれ、得票を伸ばし、得票率60%に迫る勢いを示している。ANCは2日連続で延ばしていた勝利宣言を2日夜にも行うものと見られる。
 ANCを追う現政権党の国民党は、支持層が多いカラード(混血)の集中する西ケープ州などの開票が終盤に差しかかり、得票率を26.3%に落としている。両党の得票率の差は今のところ約31ポイントだが、今後、さらに広がるとの見方が強い。

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マンデラ氏 勝利宣言 南ア選挙

(ヨハネスブルク3日)94.5.4読売

 「われわれは、ついに自由を勝ち得た」「民主国家誕生を祝える日が、ようやく来たのだ」――。
 制憲議会選挙の開票が続く南アフリカ共和国で、すでの第1党確実となった「アフリカ民族会議(ANC)」のマンデラ議長(75)は2日夜、ヨハネスブルクの祝賀会場で勝利宣言した。勝利宣言がテレビ放送されると、全国の黒人市民は「アマンドラ」(自由だ)などと叫んで熱狂し、長かった解放闘争は歓喜の絶頂を迎えた。
 新大統領となるマンデラ議長は、亡き同士の貢献をたたえ、高らかに勝利を宣言した演説の冒頭で、各党首から祝辞と協力を誓うメッセージを直前に電話で受けたことを明らかにし、特に人種隔離政策の撤廃を決断したデクラーク大統領(現与党国民党党首)には深い謝意を示して「ANC政府は、(文化、人種、伝統の面で異なる)全南ア国民のために働く」ことを力説。演説後、興奮する支持者とともに、壇上で”勝利のダンス”を披露した。
 これに先立ち、デクラーク大統領(58)は、首都プレトリアで、ANC勝利をたたえ、選挙戦での「敗北宣言」を行った。マンデラ氏に国家元首の地位を譲る大統領は、連立政権「国民統合政府」の副大統領となることが確実と見られる。
 同大統領は「信念とともに、大統領権限を譲り渡すのは、主権が国民、憲法とともにあるからだ」「過去4年間、(ANCと国民党は)協力可能なことを証明した。今後もマンデラ氏と建設的に働くことを楽しみにしている」などと語り、黒人、白人の指導者2人はエールを交換した。
 3日午後の得票状況は、開票率53%でANCが62.2%、国民党が22.4%で続いている。

 

マンデラ議長勝利宣言要旨
「圧倒的支持に今夜は喜びにあふれている」

 アフリカ民族会議(ANC)のマンデラ議長が2日夜、行った勝利宣言演説の要旨は次ぎの通り。
 1.(選挙の)最終結果はまだ出ていないが、ANCに対する圧倒的な支持に、今夜は喜びに満ちあふれている。
 1.デクラーク大統領らから祝福の電話を受けた。これらの指導者は全面協力することを表明してくれた。国家のために一緒に協力していくことを期待する。
 1.南アフリカの英雄たちは世代を超えた伝説となっている。しかし、本当の英雄はあなたがた国民である。
 1.屋根の上から「ついに自由になった」と高らかに宣言できることを喜ぼう。
 1.ANC指導部は明日から再び仕事に戻る。南アフリカを動かそうではないか。国民のより良い生活を遅延なく築き始めなければならない。
 1.選挙期間中に広がった冷静で忍耐にあふれた雰囲気は、われわれが築こうとする南アフリカそのものである。
 1.私とANCに対する期待にこたえるため、全力を尽くすことを誓う。
 1.われわれを殴った人々に手を広げ、「われわれはすべて南アフリカ人である」と言おうではないか。いまや古い傷をいやし、新しい南アフリカを築く時が到来した。

 

デクラーク大統領演説要旨
私は政権を去るのではない

 デクラーク大統領が2日行った演説要旨は次ぎの通り。
 1.4年3か月前、議会で度重なる衝突と武力抗争、政情不安を打破しようと宣言した。そして今、差別のない社会を手に入れた。この改革は歴史上、最大の出来事だ。
 1.マンデラ議長とは、違いを乗り越え、国益のために働いてきた。私はマンデラ議長に大統領職を手渡す。
 1.私は政権を去るのではない。国民党に投票した数百万の代表として、新政府で重要な立場を得る。国民党抜きに新政府は運営できない。
 1.国民党が第1党になるまで、党のメッセージを国民に送り続ける。5年後の選挙で目的は証明できるだろう。
 1.今こそすべての政治指導者が一緒になり国民和解のためにその役割を果たす時である。

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全土が歓喜と興奮の渦

(ヨハネスブルク2日)94.5.4読売

 「ビバ、マンデラ。ビバ、ANC(アフリカ民族会議)」「ビバ、マンデラ。ビバ、フリーダム(自由)」
 南アフリカ共和国で初めて全人種が参加し、開票中の制憲議会選挙で、旧黒人解放組織の政党、ANCのネルソン・マンデラ議長が2日夜(日本時間3日未明)、選挙勝利を宣言すると、南ア全土は黒人社会を中心にかってない歓喜と興奮の渦に包まれた。
 ヨハネスブルク郊外の南ア最大の旧タウンシップ(黒人居住区)ソウェト。マンデラ議長のテレビを通した選挙勝利の演説が終わると、ついさっきまで閑散としていた薄暗い通りはあっという間に、老若男女の黒人住民であふれた。
 こぶしを突き上げ、小踊りする若者たち。車のクラクションも加わったけん騒の中、祝福の握手があちらこちらから飛んで来た。
 3世紀以上にわたる少数派白人支配を葬り去り、自分たちが選んだ政権が誕生、自分たちのために27年間の獄中生活を送った指導者が大統領になる喜びを、心の底から発露するお祭り騒ぎは3日未明まで続いた。

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