南アフリカの古いニュース

マンポの青春
ヨハネスブルクの街で(3)
歌に演劇 若さぶつけて

 「彼は私のものよ」。クールな表情で恋人奪取を誓う――平日夜にテレビで放映される人気テレビドラマ「ジェネレーション」でマンポさんは麻薬中毒患者を演じる。
 昨年は約3カ月間、首都プレトリアの国立劇場で舞台に立った。そこでの演技力を買われ、「ぜひ、出演を」と依頼されたのだ。
 「女優志望じゃないのに」。戸惑う彼女に、スターへの登竜門で知られる番組の担当者は迫った。「こんなビッグチャンスを逃す人はいないよ」
 ブラウン菅登場後、立ち寄ったスーパーで、レジ係りのおばちゃんが歓声を上げた。「あんた、テレビの人だね。頑張ってよ」
 白人政権の時代は米英のドラマが主流だったが、マンポさんが出演する番組は94年に黒人主体の新政権発足に合わせて放映を開始。黒人、白人、カラード(混血)が出演するメロドラマで、娯楽の少ない黒人たちに特に人気だ。
 「この国から麻薬犯罪をなくそうと必死で演じた。みんなが応援してくれて感激。しれにスターの心境も分かったわ」。収録を終えた彼女は言った。
 歌や演劇の世界を目指す若者がヨハネスブルクの街にあふれる。教会のゴスペルで鍛えた歌声と天性の音感。40%近い失業率がスター願望をあおる。今年始まったスター発掘コンテストには約8000人の若者が全国から応募した。
 強烈なリズムを生かした南アフリカ独特のクワイトという音楽のイベントでは、84歳のマンデラ前大統領が若者たちに「音楽で気持ちを表現するのはすばらしい」とエールを送った。
 「私も新生南アの魅力を発信したい」。マンポさんの願いだ。


感情豊かに歌う若者たち
ヨハネスブルクの旧黒人居住区ソウェト(城島さん撮影)

ヨハネスブルクの街で(4)
黒人に生まれて誇り

 「私はあなたのおじさんにお世話になってね。そのお礼に来たんだよ」。マンポさんが12歳だった90年、ヨハネスブルクの旧黒人居住区ソウェトの自宅に27年間の獄中生活を終えて間もないネルソン・マンデラ(前大統領)が現われた。
 すでに他界した親友の血縁に当たる彼女に尋ねた。「将来の夢は?」
 「国際政治を勉強したいの」。そう答えるとマンデラさんは「その夢をずっと忘れないんだよ」と励ました。
 13歳の少年が警察官に撃ち殺された写真が世界中に衝撃を与え、反アパルトヘイト(人種隔離)運動の節目となった76年のソウェト蜂起の翌年にマンポさんは生まれた。
 教育熱心だった両親は彼女を白人の通うキリスト教系の私学に小学校から通わせた。クラスで唯一の黒人だった。
 だが、中学生の時に両親が離婚した。看護婦の母から「もう学費が払えない」と言われ、自分で奨学金の申請書を何枚も書き、支援者を探した。「貧しいからと夢をあきらめずに猛勉強した」と述懐する。
 地元の名門ウイッツ大学に進み、「夢」を実現した彼女は「貧困」に苦しむアフリカの子供たちのために将来は国連で働きたい」と考えている。「黒人として生まれたことを誇りに思う。アパルトヘイトを経験したからこそ他人の苦しみが分かり、人生をありがたいものだと感じられます」
 環境・開発サミットの開幕が迫るヨハネスブルクの街。「整然としたサミット会場周辺だけ見れば、南アの大多数の人々の貧困は分からないわ」。そう懸念する彼女は日本政府代表団が数百人規模だと聞いて「人数を絞れば、その分のお金で飢えた人々を大勢救えるのに」と複雑な表情を浮かべた。
                          =おわり


南アの将来を担う子供たち
ヨハネスブルクのアレキサンドラで(城島さん撮影)

2002.07.15/16 毎日新聞(城島氏)

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します