南アフリカの古いニュース

引きこもり
アパルトヘイト時代の白人支配層

 アパルトヘイト(人種隔離政策)が崩壊し、南アフリカで初の全人種選挙が行われてじから今年で10年になる。人口の約1割に過ぎない白人は、黒人政権下で完全に少数派となった。特に、かつて政治的支配層だったオランダ系白人「アフリカーナー」は疎外感を募らせており、その一部は、入植地で白人だけの社会を作りだそうとしている。

自分たちだけの町 「黒人の報酬」不安

 商都ヨハネスブルクから南西に約650キロ。北ケープ州の半砂漠地帯に、突然、緑の農地が現れた。アフリカーナー約600人が入植したオラニア地区だ。
 「アフリカーナーの言語、文化を守るために、最も人口密度の低いこの地を選んだのです。ここでは、我々が『多数派』になれる」
 アパルトヘイト基幹3法が廃止された1991年に、オラニア入植運動を始めたカール・ボショフ髭氏(76)は語る。
 オラニアは、70年代に労働者の一時滞在地として出来た集落。その後、アパルトヘイト崩壊を見越した11家族が、廃墟同然だった集落の一帯約400ヘクタールを共同購入した。
 ボショフ氏は「白人は安い黒人労働力に頼った。黒人を同じ地域に住まわせ、自らを少数派にさせてしまった。白人と黒人が完全に分離しない限り、人種対立は避けられない」と話す。
 住民は、全員がアフリカーナー。道路標識は彼らの言葉で書かれている。農家が大半で、ほぼ自給自足の生活だ。6年前に東部のダーバンから入植した元大学講師フランソワ・デボスさん(58)は、「黒人政権が白人に何をするか分からない。オラニアにいる限り、我々の運命は誰にも左右されない」と移住理由を説明した。
 オラニアは、「白人至上主義者の町」と見られている。昨年10月に入植した女性は、「黒人の貧困問題はひどくなるばかり。黒人は今に身内同士で殺し合いを始めるわよ。と話した。
 この土地、南ア人口の約7%、推定約300万人のアフリカーナーの窮状を映し出してもいる。黒人雇用促進策によって就職口は減り、若者は将来に希望持てない。「人種差別主義者」と呼ばれるのを恐れ、黒人批判は出来ない。報復への不安も消えない。
 アフリカーナーの民族自決権を訴える政党「自由戦線」は、オラニアを含む北ケープ州にアフリカーナーが移住し、「多数派」として独立するとの構想を掲げている。ピーター・ムルダー党首は「あくまでも将来の夢」とする一方、「黒人政権が白人を厳しく差別すれば、オラニアのような町を作る以外にない」と語った。オラニア入植者が抱えていた不安と重なる言葉だ。
 オラニアはこれまでに、農地を2,500ヘクタールに拡大、欧州にメロンを輸出し始めるなど、独自の社会を維持する基盤を着実に固めつつある。ボショフ氏は、「我々には海外移住か、黒人からの分離しか選択肢はないのだ」と断言した。


オラニアで暮らすアフリカーナー。
この集落には黒人労働者の姿はない。(加藤さん撮影)


オラニアの場所

2004.01.23 読売新聞(加藤氏)

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