南アフリカの古いニュース

池田大作 創価学会名誉会長と語る
すばらしき世界の母たち
ムチャリー氏と母 オズワルド・ムチャーリ氏
黒人解放「みんな同じ人間」

 その日、東京には素晴らしい5月の青空が広がっていた(1991年)。木々は新緑に輝き、初夏の香りには風が甘やかだった。まばゆい光のなかを、その人は、やって来た。
「きょうは天も祝福してくれているようです! ほら、こんなにも美しい!」
 南アフリカ共和国の黒人詩人、オズワルド・ムチャーリ氏である。幼子のような純朴な心と、悪を許さぬ正義の心が見事に調和した詩人であった。
 私は、たちまちムチャーリ氏が大好きになってしまった。この時の語らいは、”戦う詩人”同士として、大いに魂を楽しむことができたと思っている。

 よく知られているように、ムチャーリ氏の生まれた南アフリカは、「アパルトヘイト(人種隔離)政策」により、少数の白人が人口の7割以上を占める黒人を支配し、悲惨な奴隷状態に置き続けてきた。日本人には、想像を絶する状況かもしれない。
 ムチャーリ氏が、黒人の少年少女の日記を編集した本は、『僕たちにもチャンスをおくれ』(M・O・ムチャーリ、土屋哲編著、岡田瑛子訳、潮出版社)と題されている。
 彼らは、「ソウェト」と呼ばれる最悪の環境の黒人居住区に住んでいる。日記には、殺人や暴力、差別が日常茶飯事として書きとめてある。
 ある少年は、ヘルパーになれたら、という願いに続けて、こう書く。
「ぼくにとっては、夢のまた夢みたいな話だ。その夢が、ほんとうにかなうのだろうか。ぼくにはわからい。とにかく毎日、おおぜいの人が死んでいく。警察は、なんにもしない。ぼくの胸は、はり裂けそうだ」――。
 ほとんどの黒人にとっては、あれになりたい、これになりたいという将来の夢を見ることさえ許されなかった。夢を実現する道(チャンス)は最初から閉ざされていたのである。
 ムチャーリ氏自身、「黒人である」という理由だけで、大学進学の夢を断たれた苦い経験を持っている。また延べ6カ月間、投獄されたこともある。こうした「人種差別の牢獄」の壁を破り、すべての黒人が人間として、平等に「夢を見る」ことができる。そんな時代を開くことこそ。ムチャーリ氏の戦いであった。

 この「戦う詩人」をはぐくんだのは、だれであったか。氏はためらうことなく断言するだろう。「それは母であった」と。
 笑顔が魅力的だったというムチャーリ氏のお母さんは、自分の意見を意見をはっきりと主張できる女性であった。また、人間としての「誇り」を、いつも失わなかった。
 南ア社会では、買い物一つとっても、黒人が白人と同じレジや窓口を使うことは許されなかった。しかし、お母さんは不正に堂々と抗議した。「黒人が使うお金も、白人が使うお金も同じではないか。同じように敬意をもって扱われるべきだ」と。
 また、よい肉は白人向けで、黒人には”腐りかけた肉”を売っていた肉屋があった。母親は激怒した。「こんな肉は人間の食べるものではない!」。売られた肉を床にたたきつけた。その気迫に驚いたのか、以後、肉屋は腐りかけた肉を黒人に売らなくなった。
 ムチャーリ氏は、こうしたお母さんの勇気ある行動をじっと見て育った。
 ムチャーリ氏は、こうしたお母さんの勇気ある行動をじっと見て育った。
 ムチャーリ氏が18歳の時、お母さんが倒れた。ガンであった。そのショックはあまりにも大きく、しばらく立ち上がれないほどであったという。
 しかし、氏はやがて気がついた。「私のもっている力は、母がくれたもの、母が残してくれたものだと。母の言葉は私の中に息づいています。母が私の中に生きているのです」と。
 その”母子一体”の魂のドラマに私は感動した。
「私が母から教わった最大の教訓は、どんな肌の色、信条、人種、どのような文化背景をもっていても、みんな同じ人間である以上、同じように尊敬されなければならないということでした」
 だれもが夢を見、夢を実現する「権利」がある。しかし、他人の夢を踏みにじり、その犠牲の上に自分の幸福を築く権利はだれにもない。そうした「差別」「暴力」が目の前で行われていたら、許してはならない。戦わねばならない。ムチャーリ氏のお母さんは、それを身をもって教えたのである。

 詩人ムチャーリ氏は、虐げられた同胞の胸のドラムに響けとばかりにうたった。

ブーム!ブーム!ブーム!
その響きが どよもしながら
南の空へと ひろがるとき
それは わたしの心をとらえ
わたしの希望は 大空高く舞いあがる
              大鷲の玉座へと

(「牛革のドラムのひびき」から、土屋哲訳、前掲書)

「アフリカの母なる声」の象徴であるドラムの響きが、忘れかけていたアフリカ人の誇りを目覚めさせた。
 その力強い詞の響きに、青年が立った。うつむいていた人が顔を上げた。「魂の自由」の太陽が昇り始めた。人々の「意識革命」「誇りの革命」の夜明けを告げるドラムとなったのである。
「ムチャーリ」はズールー語で「種をまく人」の意味という。その名の通り、反アパルトヘイトの「人権闘争」に、決定的な希望の「火種」をまいた。そのムチャーリ氏の「人間としての土台」は、「母のふところ」からはぐくまれたのである。
 そして、ここに示された「差別のない公平な心」「苦しんでいる人に手を差しのべる思いやり」こそは、これからの日本人が”地球人”として生きていく上で、画竜点睛となる「人間としての基本」ではあるまいか。

(第三文明社刊・虹の調べより)

2004.01.27 新聞不明
知人から入手した資料で、広告欄から埼玉新聞と思います。

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します