南アフリカの古いニュース

襲われた農場

ヨハネスブルクで押収された銃

この写真は朝日新聞からではありません
南アフリカの新聞からです

「隣家まで2キロ」の恐怖 @

 南アフリカ共和国東部のベルファスト近郊で牧場を経営するモーリス・シャウプ(70)は昨年、2人組の強盗に襲われた。
 10月15日、昼休みで農場内の自宅に戻った。3人いる農場従業員も昼休みだった。夫婦でパンとスープの軽い食事をすませた直後だった。
 「午後0時50分ごろだったと思う。犬が激しくほえだした。なんだろうと思ったら、黒人の男が2人、妻を小突きながら台所から入ってきた」
 小柄な男が回転式のピストルを妻のドーン(69)に突きつけていた。背の高い方は山刀を振り回し、「殺せ、殺してしまえ」と叫ぶ。ドラッグが入っているようで、目がつり上がっている。

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 小柄な男は「金を出せ!」と叫ぶといきなり発砲した。弾丸はドーンの右太ももに命中し、骨を砕いた。妻は悲鳴を上げてソファに倒れ込んだ。
 男は「銃を出せ」「携帯電話をよこせ」と叫びながら、モーリスにも2度発砲した。1発は左尻からももに突き抜けた。2発目は右ももを抜く。モーリスもいすにへたり込んだ。
 ドーンは「何でもあげるからもう撃たないでね」と、ポケットにあった340ランド(約6800円)を差し出した。
 モーリスは「銃は寝室だ」と、尻のポケットにあったカギ束を渡した。寝室の金庫の中にはセミオートマチックの小銃2丁とライフル猟銃1丁、散弾銃1丁がある。
 小柄な男が寝室に行った。しかし金庫が開かない。怒って戻ってきてモーリスの右手を撃った。薬指の付け根に当たり、指はぷらぷらになった。壁にさらに2発を発射し、ドーンのバッグを奪うと、車庫の白いゴルフに乗って逃げた。侵入から20分たっていた。

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 モーリスは電話まではっていき、警察に通報した。夫婦は救急車で病院に運び込まれた。
 「電話線が切られていなくて本当に幸いだった。一番近い隣家まで2キロある。2人とも歩けない。あのままだったら出血多量で死んでいた」
 貫通のモーリスは翌日退院した。ドーンは骨を金属でつなぐ手術を受けて5日間の入院だった。
 自宅でリハビリ中のドーンはいう。
 「あんな痛いのは生まれて初めてでした。気を失いそうになったけど、そうしたら死んでしまいそうな気がして、必死で我慢したんです」

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数日かけて現場を下見? A

 強盗に襲われたシャウプ夫妻を病院に収容すると、ベルファスト警察は緊急手配して強盗の車を追った。
 3時間後、100キロ東の町で白のゴルフが見つかった。犯人は猛スピードで逃げ回り、カーチェイスが始まる。撃ち合いになった。しかしゴルフのガソリンが切れ、男たちは逮捕された。
 犯人のうち。ピストルを持っていた小柄な男は16歳、背の高い山刀の男は18歳だった。ともに車が見つかった町の出身で失業者だった。ピストルはベルファストの農家で盗まれたものだった。
 携帯電話は捨てられてしまったらしく、見つからなかった。妻のドーンが渡した340ランド(約6800円)のうち、40ランドだけが車の床に散らばっていた。銃に不慣れだったらしく、自分の車のボディーを撃っていた。

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 シャウプの農場では3人の黒人従業員が働いていている。近くの自分の家から通っており、昼食時には帰宅する。農場が夫婦2人きりになることを犯人は知っていたようだ。数日間は農場を下見したはずだと思っている。
 夫のモーリスは父が1920年にドイツから移住した2世だ。ベルファストから1000キロほど離れた東ケープ州のアリスで生まれた。電気会社の技師になり、91年に退職した。
 「牧場を持つのが夢だった。退職金と貯金合わせて25万ランド(約500万円)で、400ヘクタールの土地を買った。肉牛の繁殖と肥育の牧場だ」

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 赤毛のサンタス種と黒毛のドラケンスバーグ種の2種類を飼っている。去勢雄を2年間肥育すると200キロ前後になり、約2500ランド(5万円)で売れる。10年かけて年に20頭売れるまでに増やした。
 「その売り上げと年金とで、年寄り2人、まあ何とか生きていけるようになった。
 そこを襲われた。
 事件後、農協との間で無線を引いた。農場のフェンスの他に、自宅の周囲にも金網を張った。
 「しかし金網は切られればおしまいだ。電流でも流すか」
 南アは黒人人口が多い。この国で生まれて70年、それは当たり前のことだ。電気技師として一緒に汗を流し、彼らのことは十分分かっているつもりだった。
 「そんな自信は吹っ飛んだよ。彼らに怖さを感じるようになった」

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まずは発砲、素人のやり方 B

 ベルファスト警察の警部ピーター・ラブスカクニ(38)によると、シャウプ夫妻の事件は管内で起きた初の農場襲撃事件だという。
 しかしその1カ月前、ピーターの父親が銃強盗に殺されている。
 父親(当時65)は、ベルファストから50キロほど北の農村で小さな雑貨店を営んでいた。
 昨年9月10日午後5時半ごろ、白のBMWに乗った黒人の若者が3人入ってきた。1人がコーラを買った。釣りを渡そうと後ろを向いたところをピストルで2発撃たれる。1発が頭に当たり、その場で倒れた。
 男たちはカウンターを乗り越え、レジの現金をつかんで逃げた。銃声で飛び出した隣人が、車種とナンバーを通報した。全員が深夜までに捕まった。だが父親はその夜、病院で死亡した。

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 犯人は23歳から25歳の3人で、100キロほど東のウィットバンクの失業者だった。車と銃は盗んだものと分かった。奪った金はわずか180ランド(約3600円)だった。
 その前の日曜日、父親からピーターに電話があった。飼い犬が死んだ、毒物を食べたようだという。
 強盗の手口だと直感し、その夜から父の家に泊まった。3日間何も起きなかった。帰った夜に事件が起きた。
 気を抜いたのが失敗だった、とピーターはくやむ。
 「彼らは、まず発砲してから金銭を奪う。怖いからだ。プロの手口ではない。銃を使いなれていない素人のやり方だ」
 ピーターによると、射殺したあとで現金の場所が分からず、何も取らずに逃げたケースもあるという。

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 農村地帯で最近、急速に銃強盗が増えている。01年の政府調査だと、奪われたものの第1位が現金の31%は当然だが、第2位は銃で、23%もある。南ア独特の現象だ。
 南アの失業率は、白人が4%であるのに対し、黒人は42%にも上る。
 アパルトヘイト(人種隔離)時代、黒人失業者層は黒人居住区に閉じこめられていた。アパルトヘイトがなくなると行動は自由になる。
 しかし、町で出ても職はない。強盗を企てる者も出てくる。それには銃が必要だ。隣家と離れた農場主は自衛用の銃を必ず持っている。したがって農場襲撃が増える、という構図なのである。

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狙われる民間保有の銃 C

 南ア共和国にはなぜそれほど多くの銃があるのだろう。
 南アの銃の出目によって2種類に分けられる。ひとつはアパルトヘイト(人種隔離)時代、白人層が自衛のために買い込んだ銃だ。
 南ア人口約4500万のうち、白人が約500万人、黒人は3500万人だ。少数白人は、圧倒的に多い黒人を押さえ込むため、力を必要とした。軍以外でも、民間に大量の銃があった。民間人が自動小銃を保有できる数少ない国のひとつだった。
 警察力の薄い農村地帯では、部屋ごとの自動小銃が置いてあった。常にピストルを持ち歩く白人も多かった。南アには白人人口の3倍の銃があるといわれていた。

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 もうひとつは、モザンビークなど周辺の「失敗国家」から不法に流入した銃だ。
 旧ソ連からモザンビークには、2万人の兵力の10倍に近い17万丁のAKが送り込まれていた。政府は十分な武器管理ができなかった。社会主義政策の失敗で経済が壊れ、兵士の給料の遅配や欠配が続く。兵士の士気が落ち、武器庫のAKが大量に流出した。
 アパルトヘイト時代は南ア白人政府の国境警備が厳しく、非合法な武器の流入はほとんどなかった。モザンビークの武器庫から流出した銃は、南アの動物保護区でゾウやサイの密猟に使われる程度だった。
 しかし、94年に黒人主体の新政府ができてから管理がゆるむ。AKは、不法移民とともに大量に南アに流れ込んだ。その数は2万丁とも3万丁ともいわれるが、正確にはわからない。AK1丁が100ドル前後で取引された。
 南ア最大の都市ヨハネスブルクでは、AKによる強盗や殺人が頻発するようになる。

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 もっとも多い使われ方は、それで白人社会にふんだんにある銃を奪うというものだった。01年度には銃で警官を襲撃する事件が906件起きているが、そのほとんどが警官のピストルを奪うためだ。そのピストルで、今度は農場が襲われる。
 国連軍縮代表部大使の猪口邦子はいう。
 「失敗国家には非合法の銃があふれる。しかし経済が壊れているのでその地域ではうれず、近隣の経済中枢地域に流れ出す。犠牲者はその経済中枢で発生します」
 まさにモザンビークと南アの関係だった。

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事件の73%で銃を使用 D

 南アの農場襲撃は91年に初めて発生した。アパルトヘイト(人種隔離)関連法が全廃され、国民が人種に関係なくどこにでも行けるようになった年だ。
 事件は増え続け、01年には1011件(政府報告書)となる。147人が殺され、484人が重傷を負い、172人がレイプされた。被害者の7割が農場主の家族だが、黒人従業員も多い。

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 01年、たまりかねた農家が署名運動を始める。署名は半年で37万人分集まった。農場主たちは署名簿を持って治安相に対策を要請する。
 治安相は「農場襲撃調査委員会」をつくり、実態調査にあたらせた。
 昨年7月、調査報告書が提出された。それによると、91年から01の11年間で6122件の農場襲撃事件が起き、1254人が殺されていることが明らかになった。
 事件の73%で銃が使われた。AK47、散弾銃、ピストルなどだ。襲撃の78%で殺人、傷害、レイプが起きている。襲撃の目的は物取りで、人種的な憎悪が原因となったケースはない。犯人の多くは失業者――。

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 首都プレトリアにある「南ア農業主連合」を訪れた。南アの農場主は約6万人といわれ、いくつかの農協組織に所属しているが、その中で最大の組織だ。
 渉外部長のコーブス・ブッサーは「報告書が出ただけで、政府の動きは何もない」という。
 南アの農場の広さは平均でも2キロ四方という大農場もある。隣家まで5キロ、10キロという大農家も多い。隣家に強盗が入っても分からないし、急を聞いて駆けつけても着くまでに時間がかかる。
 それが農場が狙われる理由だ。
 連合としては、とりあえず農家の自衛組織をつくることを決めた。地区ごとに警備員を雇って武装させ、無線と車で機動性を持たせる。地区内をパトロールして警戒に当たる、というものだ。
 だが、小規模な自衛団えは限界があるとブッサーはいう。
 「政府には2点を要求している。ひとつは、全国43の警察管区のすべてにヘリコプターを置いてほしいというものだ」
 もうひとつは、「犯罪に厳しく対処せよ」ということだった。
 「これだけ凶悪犯罪が増えているのに、有罪率はたった6%だ。今この国に必要なのは犯罪者の逮捕、起訴、そして懲罰だ」

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襲撃受けて農業見限る人も E

 強盗に襲われたシャウプ夫妻の牧場は、2キロ×2.5キロの平均的な広さだった。だが南アで大農場というと本当に大きい。
 最大といわれるカリー・スクーマン(49)の農場は1万6000ヘクタールだ。
 仮に農場の幅が8キロあったとすると、長さ20キロにわたって続く計算になる。ヨハネスブルクから東130キロのデルマスにある農場は、他人の土地を踏まずに直線で90キロ歩けるという。
 会社組織で、経営スタッフが18人、農業労働者が280人いる。家族を入れて約1000人が敷地内に暮らす。年金制度が完備しており、労働者の子供のための小学校もある。ちょっとした村だ。

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 農場を出てみた。なだらかに広がる丘陵に、地ならしのトラクターが数台動いている。トラクターだけでも300台あるといった。
農場間の連絡用の軽飛行機が2機。トウモロコシ畑が8000ヘクタール、牧草地4000ヘクタール、オレンジ3000ヘクタール、小麦3000ヘクタール、牛2500頭……。年間の売り上げは20億円相当という。
 「オレンジの輸出契約のため、昨年は日本にも行ってきた」
 農場襲撃は困った問題だ、とスクーマンはいった。南アは金やダイヤ、ウランなどの鉱物資源で有名だが、農業も国の経済の主要な部分を占めている。
 01年の総雇用1180万人のうち、農業は140万人で全体の11.8%を占める。農機具や肥料製造といった部門まで含めると、農業関連生産は国内総生産約1100億ドルの15%に上る。農産品は多くが欧米に輸出され、外貨獲得の大きな柱でもある。
 「その農業が、農場襲撃といったおろかな現象で打撃を受けている。政府は対策に真剣に取り組むべきだ」

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 スクーマンの農場には奨学金制度がある。労働者の子供で成績のいい者に奨学金を出し、大学に行かせている。修了者は農場の機械部門、管理部門に優先的に採用する。
 「うちは襲撃を受けていない。私の家は農場の中にあるが、フェンスもない。従業員が農場と一体を持っており、よそものの強盗をよせつけないからだ」
 しかしそれは例外的なケースだ。多くの農場主は襲撃を恐れている。
 農場襲撃を調べた委員会報告書はいう。
 「襲撃を受けた農場主の11%は農場をすて、農場を出ている」

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捕まったAK銀行強盗 F

 南ア最大の都市ヨハネスブルクに「キューインシデント」という監視カメラ会社がある。
 モニター室は、50階建てビルの6階フロアすべてを占めている。そこで監視カメラの録画ビデオを見せてもらった。
 銀行のカウンターが写っている。画面の日付は「02年3月27日午前10時24分」だ。突然、行内の客の動きが乱れる。どっとホールのすみにかたまり、折り重なって倒れるものもいる。
 カメラが向きを変えて1人の黒人男性を捕らえた。行内に向けて銃を構えている。AK47だ。
 若い男が数人、カウンターを飛び越えて中に入った。札束をつかみ、袋に押し込む。外に走り出す。AK47の男は脅すように銃を振り回し、後ずさりしながら回転ドアを出ていく――。

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 同社広報担当役員にネビル・ホクサム(62)が説明した。
 「犯人は5人組で、3万5000ランド(約79万円)を奪った。しかし47秒後に警察が全員の顔を割り出して緊急手配し、20分後には4人が逮捕された。奪われた全額が回収され、1人は国外に逃げたが、手配済みだ」
 最大手の「ファーストナショナル銀行」では01年、9件の銃強盗事件が起きた。顧客が激減し、恐怖でやめていく行員も多かった。02年3月、市内14支店に防犯カメラを設置した。その直後の事件だった。
 テレビや新聞は「カメラが強盗を逮捕」と大々的に報じた。以後、この銀行をねらった強盗事件はやんだ。

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 こともとケープタウンの「ビジネス・アゲンスト・クライム」というNGOだった。00年、犯罪増加に悩むヨハネスブルク財界がその監視システムに目をつけて呼び寄せ、事業ベースに仕立て直したものだ。
 市中心部の約5キロ四方に200台の高性能監視カメラを設置し、160人のオペレーターが交代で24時間監視する。専属の警備員は持たず、モニター室の一画に市警察が詰めている。オペレーターが事件を発見すると警察のモニター画面に直結する仕組みである。
 カメラは日本製の高性能ズームだ。4キロ先のサッカースタジアムをズームアップすると、座席番号が読み取れた。
 00年4月にスタートしたとき、市中心部で月平均約1500件の犯罪が起きていた。開始9カ月でそれが約300件に減る。8割の減少だった。

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監視カメラで犯罪激減 G

 ヨハネスブルクは人口約300万、南ア最大の都市だ。中心部のオフィス街はインフラが完備しており、商業都市として完成した町だった。

 その治安が、94年のANC(アフリカ民族会議)政権成立後に悪化する。アパルトヘイト(人種隔離)時代、近郊の黒人居住区に閉じこめられていた人々が、職を求めて流入したためだ。

 毎日数十件の殺人事件が起きる。企業は近郊に逃げだし、空家になったなったビルは都市流入者に不法占拠された。中心部は犯罪の町と化した。

 監視カメラ会社「キューインシデント」広報役員のホクサムはいう。

 「治安さえ回復すれば充実したビジネス機能がそのまま使える。そこで監視カメラによる治安回復策が浮上した。

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初期投資に約30億円かかる。市と民間企業が株主となって負担した。アフリカは、ナイジェリアやコンゴ(旧ザイール)などの治安が崩壊した国が数多くある。「ヨハネスブルクをラゴスやキンシャシャにするな」がスローガンだった。

 最初のお手柄は00年4月、スタート直後の車泥棒の逮捕だ。ドアをこじ開ける現場をカメラは明確にとらえる。走りだそうとした時にはパトカーに取り囲まれていた。シーンはその晩のテレビで何回も流された。

 「以後、50件の事件を解決しました。

 昨年9月16日、中心街のスーパーの警備員が2人組に銃撃されてピストルを奪われた。カメラは2人組が家に帰るまで追跡し、翌朝逮捕された。

 10月11日、強盗が警官うぃ射殺して逃げた。カメラはリレーしながら男を追い、男が銃を車の下に隠すところも写す。警官に挟み撃ちにされ、2分後に捕まった。

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 ビデオはISO(国際標準化機構)認定で証拠能力がある。カメラの存在が知れ渡ると犯罪は激減した。

 郊外に逃げていた企業が戻ってきた。がらがらだった50階建てビジネスビル「カールトンセンター」は満室だ。中心部の不動産価格が上昇しはじめた。ホクサムはいう。

 「都市への新規投資が約50億円、税増収が約100億円、防犯経費や警察の人件費など、監視カメラの初期投資の1倍の利益を生んだ」

 同社はカメラを360台に増やす計画だ。

 しかし、監視カメラは犯罪をなくしたわけではない。市中心部から追い出しただけである。

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殺人事件数 日本の16倍 H

 南ア政府は昨年9月23日、02年度「犯罪白書」を発表した。しかし、政府は犯罪発生傾向を実数で表現せず、「人口10万人あたり」で記述した。「殺人は47.4件で、昨年の48.0件より減った」という表現だ。
 人口が急増しているのだから、実数で比較するのは意味がないという論理である。これによって政府は「治安状況は改善しつつある」とした。
 これに対して野党は「治安悪化は深刻であり、数のごまかしはやめるべきだ」と猛反発した。
 民間調査機間「治安問題調査研究所」武器管理部長のサラ・ミークは「野党の指摘が正しい」と見ている。

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 同研究所の01年のデータによると、人口4433万人の南アで、殺人の実数は2万1553件。10万人あたり48.6件だ。
 人口が3倍の日本で、01年に起きた殺人事件は1340件である。単純に実数だけを比較しても16倍、10万人あたりで比べれば50倍近くになる。
 01年の強盗は22万8442件(日本は01年で6393件)だ。強姦は5万2425件(同2228件)である。
 ミークによると、死体置場で殺人死体を実際に数えているNGOがある。それだと殺人の犠牲者は3万2482人に上るという。

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 邦人の犯罪被害も増えている。現地日本大使館の調べだと、02年に38件、03年は41件だ。内訳は窃盗25件、強盗15件、殺人未遂1件である。
 警察官は圧倒的に不足している。日本は約23万人だが、けた違いの数の犯罪、とくに重大犯罪を抱える南アで警官は13万人しかいない。にもかかわらず、政府は増員に本腰を入れていない。
 警官殺しが年間150件近く起きている。給料の遅配欠配こそないが、危険な職場なのに賃金は市役所の一般公務員より低い。嫌気がさしてやめていく者が多い。志願者が減り、警官のレベルは下がっている。
 政府の手ぬるさに愛想をつかし、民間と市が犯罪対策に動いた。それが監視カメラ会社「キューインシデント」だった。彼らはビジネス街から犯罪を追い出すのに成功しつつある。
 だが貧困や失業、あふれる銃という現実を変えたのではない。治安問題調査研究所のミークは、都市を追われた犯罪は地方に散ったという。

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解放10年、はびこる汚職 I

 「ANC政府ができて10年だ。なぜおれの生活が変わらないんだ」
 ヨハネスブルク郊外の旧黒人居住区ソウェトにある小さな家で、ムーサ・マンガニ(32)は捨て鉢な口調だった。
 高校生のとき、黒人解放組織「アフリカ民族会議(ANC)に加わった。88年、組織の命令で武器を自宅床下に隠す。手投げ弾14個、地雷5個、ピストル3丁だった。それが見つかってしまう。逮捕され、94年4月、懲役10年の刑を言い渡された。
 判決の20日後、ANC主体の政権ができた。新政権の呼びかけに応じて武器を提出した者は罪に問われなかった。しかし判決ずみのマンガニに恩赦は与えられなかった。

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 保釈で出所後、母と兄の家族が住む2DKの狭い家に居候する。運転手の兄の給料約2万円が家計のすべてだ。
 「ANCはおれたちの生活をよくすると約束した。おれは組織の指示で武器を隠した。それなのに何もしてくれない」
 黒人の失業率は40%を超す。保釈中のマンガニに仕事はない。ANC政府への期待が大きかっただけに、不満は大きい。怒りは白人に向かう。
 「アパルトヘイトと闘った者がこんな暮しをしているのに、白人は大きな家に住んでいる。おかしな話じゃないか。この国からあいつらを追い出すべきだ」
 新生南アフリカの希望だった。だがそれから10年、新聞は連日、ANC幹部の汚職の記事でにぎわっている。

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 「ズマ副大統領はフランスの兵器企業から50万ランド(約1000万円)のわいろをうけとり、自宅の建設に使った」(ビジネスデー紙)
 「戦闘機の入札でスウェーデン企業からANC幹部に3500万ドルが渡った」(同)
 「州労働局長が道路建設で100万ランド(約2000万円)受け取った」(スター紙)……
 副大統領の件は特別検察局が捜査を始めた。ANC側は「検察長官は白人政権のスパイだった」との情報を流し、捜査の牽制を図っている。
 ANCの母体は1912年にできている。長い年月、苦しい解放闘争を担ってきた。そんな解放組織でも、権力を座につくと腐敗は避けられないのだろうか。
 期待を裏切られた人々は、確実に国家との一体感をなくしていく。

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2004.03.11/14/16/17/18/19/20/22/23/24 朝日新聞(編集委員・松本)

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します