南アフリカの古いニュース

初のアカデミー女優セロンさん 凱旋
南アに誇り呼び起こす

アパルトヘイト後 貧困と劣等感なお深刻
熱狂の陰 自信持てぬ現実も

 今年のアカデミー賞主演女優賞に輝いたシャーリーズ・セロン(28)が故郷の南アフリカに"凱旋"し、熱狂的な歓迎を受けた。セロンさんはアパルトヘイト(人種隔離政策)時代に支配階層だった「アフリカーナー」だが、黒人からも好意的に受け止められ、一躍「人種の枠を超えた新生南アの象徴」となった。だが、熱狂の陰には、「南ア人としての誇り」を持てないでいる人々の胸中も読み取れる。

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 セロンさんは3月、南アを1週間訪れ、ムベキ大統領やマンデラ前大統領の歓待を受けた。新聞も「南ア初のアカデミー女優」の動向を連日トップニュースで伝えた。
 「彼女のおかげで、南ア人であることを誇りに思えるようになった」
 ヨハネスブルク郊外のべノニ町。セロンさんが通っていたプトフォンティン小学校のハルト・カッフルオフェ校長(47)は満面の笑みで語った。黒人で同小学校3年生のクイーン・バロンさん(9)も「彼女を誇りに思うわ。肌の色なんて気にならない」と目を輝かせた。
 ベノニ町は半農村地帯で、アパルトヘイトが崩壊した1994年までは、アフリカーナー(オランダ系を中心とする白人)の町。アパルトヘイト撤廃後、黒人の移住が進み、今では児童の95%は黒人だ。
 セロンさんの生い立ちも、南ア人の共感を呼ぶ。白人だが、裕福ではなかった。15歳の時、酒に酔ってセロンさんに暴力を振るいそうになった父親は、母親に射殺された。その後、バレエ修行のためニューヨークに渡ったが、ひざのけがで夢を断念。18歳でハリウッドに移り、女優を目指した。
 セロンさんは、民主化後も深刻な貧困と犯罪に悩む多くの南ア人に、「自分もがんばれば、世界で成功する」(ヨハネスブルクの黒人女子大生)と夢と希望を与えた。ムベキ大統領も「彼女の人生は、苦境から偉業を達成した南アと同じだ」と賞賛してみせた。
 しかし、「セロン人気」は、アパルトヘイト後の将来に自信を持てない南ア人の胸中も映し出している。
 著名コラムニストのマックス。デュプリエ氏は「南ア人は劣等感のかたまりだ。アフリカーナーは英国系白人より劣ると思い、黒人は、アフリカ人は西洋人より遅れていると感じている」と指摘する。さらに、アパルトヘイト撤廃で、南ア人は尊厳を取り戻したが、自信までは持てないでいるとし、「南ア人も世界で通用することをセロンさんは証明した。だから南ア人は歓喜した」と説明した。
 「南ア人であることを誇りに思う」というセロンさんの発言は、何度も報じられた。
 将来への不安から白人技能者の多くが欧州や豪州に移民し、貧困から抜け出せず南ア脱出を夢見る黒人も少なくない。ハリウッドで成功したセロンさんの南ア訪問は、「南ア人としての誇り」を呼び起こす数少ない機会だった。だが、セロンさんが南アを去った後に残ったのは、「彼女を誇りに思うけど、誰でも海外に出られるわけではない」(ヨハネスブルク在住の黒人女性)という現実だ。

シャーリーズ・セロン
1975年8月7日、南アフリカ生まれ。6歳からクラシック・バレエを習った。92年に渡米、現在、米国に住む。96年に「トゥー・デイズ」で映画デビュー。「モンスター」(2003年)でアカデミー主演女優賞を受賞した。役柄に合わせた演技力で定評がある。

2004.04.03 読売新聞(加藤氏)

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