南アフリカの古いニュース

この記事は1991.7.4の'Newsweek'を利用させて頂いています
記事を勝手に掲載していることをお詫び致します

「白い大都会」は変わった
かつて白人の牙城だった南ア経済の中心地ヨハネスブルク。
今では白人は郊外へ移り、黒人が職と家を求めて流入したことで、
街は「褐色」に塗り替えられた。
アパルトヘイト後の将来像がここにある。

(3)

A Town Transformed
「白い大都会」は変わった(2)
ヨハネスブルクに南アの明日を見る

高級住宅街の白人は犯罪急増で戦々恐々

 新生南ア構想を掲げるデクラーク政権にとって、住宅問題は大きな障害になるかもしれない。先週から、全南ア国民は人種や政治信条にかかわりなく自由に移住できるようになった。だが、移住費用は自分の負担だ。そして、アパルトヘイトが残した負の遺産の1つが、人種による所得配分の不均衡なのである。
 今のところデクラーク政権には、この不均衡解決に積極的に取り組む姿勢がほとんど見られない。今年2月、ヘルナス・クリール計画・地方相は言った。「移住のプロセスは、市場論理で左右されるだろう。集団地域法の撤廃では、住宅問題は解決できない。黒人の多数が高所得層ではないからだ」
 白人たちは当分の間、郊外の高級住宅地を明け渡さずにすみそうだ。上位志向の強い一部の黒人にすれば、デクラークに当初の公約をほごにされたに等しい。昨年カラード居住区のニュークレアから、ヨハネスブルク郊外のメイフェア・ウエストに移住した医師のライオネル・グリーン=トンプソン(27)は言う。
 「私たちは、自分の力で住む家を手に入れた。デクラークが実行したのは、表面上の変革にすぎない。基本的なところでは、ほとんど何の成果も上がっていない」
 住宅不足がヨハネスブルクの黒人にとっては最大の難問だとすれば、白人たちが何よりも恐れているのは犯罪の急増だ。
 この問題に拍車をかけているのが、黒人の間に広がる失業である。黒人居住区の失業率は、控えめにみても35%以上。大手保険会社の推定によると、職を求める若者のうち「正規の」仕事に就けるのは10人に1人だという。その他の9人、「ホーカー」やタクシーの運転手としてヤミで商売するか、犯罪に走ることぐらいしか道は残されていない。
ヨハネスブルクと裕福な郊外の町サンドトンでは、1990年に強盗件数が47%増加した。殺人やレイプ事件も33%増えている。平均すれば毎日3人が殺され、4人が強姦され、3人が暴行の被害者になっている勘定だ。
 高級車で金融街に通勤する多くの白人にとって、もはやヨハネスブルクの都心部は異郷の地だ。「地元の経済を握る顔役たちは、たいていが夜になると北に逃げ出し、郊外に築いた『ブランドものの砦』にたどりついて胸をなでおろしている」と、サンドトンの町議会議員ピーター・ガーディナーは言う。
 「経済の中心地ヨハネスブルクでも、すべてがうまくいっているわけではない。このことは多くの人々が認識している」
 高い壁に囲まれた郊外暮らしでも、白人たちの不安は消えない。そのため民間警備会社は大繁盛。豪華な屋敷といえば、テニスコートやプールと並んで猛犬と鉄条網のフェンスが標準「武装」になっているケースも多い。
 14年前に南アに移住して以来、合計14回の盗難にあったロレイン・ボイドは、鉄製の門の外側にこんな掲示物を出した――「警告。強盗は見つけ次第射殺する」
 白人たちは、身を守る方法をいろいろ模索している。高級住宅街ダンケルトの住民グループは今年3月、町への入り口を封鎖してはどうかと提案した。フォーウェイズ・ゴルフ場の周囲に建設中新住宅街は、高さ約2.5メートルの「忍び返し」がついた壁で囲まれている。
 一部の政治家は警察官の増員を求めている。1980年代に警察国家として世界に名をはせた南アだが、実際には住民1000人に対して制服警官は2人しかいない。

人種間の深い溝に橋を架ける方法は?

 こうした自衛処置も、せいぜい一時しのぎにしかならない。これがソウェトのよな黒人居住区になると、犯罪発生率がもっと高い。この地区が経済的に大きく発展しないかぎり、ヨハネスブルクの無法状態を改善することはできない。
 それには、全市民が人種を超えて協力する必要がある。将来の市の行政機構をめぐって最近始まった交渉は、その第一歩だ。ヨハネスブルクとソウェトに共通の税制を適用すること、市全体で人種を超えた1つの行政機構を設立することでは、大筋で合意ができあがっている。
 白人と黒人の協力関係は、当初はなかなかむずかしいかもしれない。たとえば白人の市当局者は、黒人居住区の住民がANCの要請で家賃や公共料金の支払いを何年間も拒否している点を問題視している。
 ヨハネスブルク市は南ア政府に対し、黒人住民に一定レベルの住宅、教育、医療を提供する事業への協力を求めていくだろう。「政府の強い後押しが、ぜひとも必要」だと、市の行政機構をめぐる交渉でトランスバール州政府に助言している都市問題コンサルタント、ナイジェル・マンディは言う。
 「中央政府には責任がある。ヨハネスブルクの意思に反して、アパルトヘイトを押しつけたのだから」
 犯罪、失業、住宅不足と問題は山積みしているが、ヨハネスブルクが明るい未来を約束された若い都市であることに変わりはない。
 新しい南アでは、自国を先進国とみる考え方はもう時代遅れだ。第3世界の主要都市と比較してみれば、ヨハネスブルクはメキシコ市にようなスモッグとも、バンコクのような交通渋滞とも、ラゴス(ナイジェリア)のような汚職とも縁がない。不法住居キャンプも都市の荒廃も、まだ制御不能というほどではない。
 だが、異なる人種と分化が混在する世界中の諸都市の例に漏れず、ヨハネスブルクも深刻な社会的・経済的不平等を抱えている。アパルトヘイトは、こうした問題を深刻にしたにすぎない。
 人種間の深い溝に橋を架けるには、忍耐と革新的な政策、そして妥協の精神が必要だ。

1991.7.4 Newsweek日本版