南アフリカの古いニュース

南アフリカ特集
近代都市・野生動物… 様々な"顔"見せる南ア

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航空路線の開設相次ぐ

周辺国と関係強化
日本からの直行便も検討

 これまで日本からヨハネスブルクに行くには、香港か台北へ行き、そこから南アフリカ航空(SA)に乗り換えるという方法が一般的だった。香港からは土曜の週1便、台北からは火曜・金曜の週2便が就航している。全便モーリシャス経由である。
 さらに今年は香港と台北からヨハネスブルクに向けて新たに2路線が開設され、日本からのアプローチは一層容易になっている。香港のクキャセイ・パシフィック航空は7月から水曜の週1便、台湾の中華航空は9月から水曜ろ土曜の週2便の運行を開始した。所要時間はそれぞれ12時間30分、14時間。
 注目されるのは、日本―南ア間の直行便開設のタイミング。日本側は「今のところ需要が少なすぎる」(日本航空、全日空)と慎重だが、SAは「すでに日本からヨハネスブルクへの直行便就航の具体的な検討に入っている」(A・フィック極東・豪州地区総支配人)と前向きだ。経済制裁が解除されたことや、英連邦諸国が航空路開設に動き出していることなどから、相互乗り入れが実現する日もそう遠くなさそうだ。
 アパルトヘイト廃止の動きに伴い、南アと他のアフリカ諸国との関係も大きく変化している。それを象徴するかのように、ヨハネスブルクから他のアフリカ諸国にSAの新規路線が続々と開設されているのである。
 昨年12月にはブラックアフリカの代表として反南アの急先ぽうだったケニアのナイロビに、今年4月にはザイールのキンシャシャとコートジボアールのアビジャンに、いずれも週1便の定期便が運行開始している。将来、海外からアフリカへの玄関口としての役割を南アが担う可能性も出てきた。

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豊かな観光資源

迫力満点サファリ

 「1つ国に世界がある」――。これは南アフリカ観光協会が作成したパンフレットのキャッチフレーズだ。動物公園、洗練された都市、山岳リゾート地、そして清潔で美しく広がる浜辺……。南アは観光の面でもまさに”資源の宝庫”というえるだろう。
 アフリカ大陸といえば野生動物。南アにも国営、市営あわせて約70もの自然保護区があり、小さなネズミから巨大なアフリカゾウまで、およそ290種の野生動物が息づいている。なかでもモザンビークとジンバブエの国境近くに位置する「クルーガー国立公園」は規模、観光設備など様々な点でアフリカ随一との評価を得ている。

鉱山跡に巨大な穴

 南ア発展の原動力になったのがダイヤモンドと金。19世紀半ばにオレンジ自由国でダイヤモンド、トランスバール共和国で金が相次いで発見され、辺境の農業国だった南アは世界の鉱業国に一変した。同時にこれらを巡る争そい英国とオランダ農民とのアングロ・ボーア戦争(1899−1902年)を引き起こす。
 こうした鉱山業の歴史をしのばせるのがキンバリー市中心街から歩いて数分のところにあるダイヤモンド鉱山跡地、「ビックホール」。直径463メートル、深さ1112メートルもの巨大な穴で、人類が掘った穴としては世界最大のもの。
 またヨハネスブルクにあるゴールドリーフシティは、ゴールドラッシュにわきかえった当時の街並みをそのまま再現した遊園地で、実際に使っていた坑道をカンテラで進んでいくというアトラクションもある。

最南端の都市ケープタウンと喜望峰

 ぜひ訪れたいのが最南端の都市ケープタウン。ポルトガルの航海士パーソロミュー・ディアスが1488年に発見した喜望峰へは、市内から車で約2時間。喜望峰からは沖合で大西洋とインド洋がぶつかり合い、溶け合う壮大な光景が一望できる。山頂が平らなテーブルマウンテンに登って山頂から市内を望めるのも一興だろう。
 ケープタウンには「カラード」と呼ばれるマレー系と黒人との混血が多い。その昔、オランダの東インド会社がここに拠点を置いていた時代、労働者をインドネシアに求めた名残を感じさせる。このほか、オランダ移民の子孫(アフリカーンス)や英国人、イタリア移民、黒人やインド人など、まさに人種のるつぼだ。港町特有の開放的な雰囲気、新鮮な魚介類や逸品のワインなど、観光客を間違いなく楽しませてくれる。

超高級ホテル気分 ブルートレインの旅

 南アを優雅に楽しむなら「ブルートレイン」の旅がお勧めだ。ブルートレインはプレトリア、ヨハネスブルク、ケープタウンをの3大主要都市を結ぶ17両編成の豪華列車で、乗客10人に8人の割合でサービス要員がつく。設備の行き届いた客室や一流料理など、乗客をリッチな気分にさせる"走る超高級ホテル"ともいえよう。

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黒人の地位向上をめざして

黒人居住区に新興住宅地

政府が特別に融資

 午後5時を過ぎたヨハネスブルクのあちこちで、家路に向かうバスを待つ黒人の長蛇の列ができる。バスの行き先のほとんどは「ソウェト」と呼ばれる黒人居住区だ。
 ソウェトとは South・West・Township の略。ヨハネスブルクの南西約40キロに位置し、面積はざっと95平方キロメートル。ここに住む黒人の数は150万人とも300万人ともいわれ、南アにいくつかある黒人居住区の中でも最大の規模を持つ。76年、政府によるアフリカーンス語の強制への抗議に端を発した「ソウェト蜂起」はいまだに記憶に生々しい。
 ソウェトへ――。小ぎれいな家が建ち並ぶ一角にまず驚く。政府が特別に融資して新興住宅地プロジェクトに入れているせいだという。中にはガレージにBMWがのぞく家も。ウエスト・オーランド地区ではスーパーマーケット、はてはケンタッキーフライドチキンの看板まで目に飛び込んでくる。さらに富裕者の集まる地区は、まるで東京の山の手を思わせるたたずまいだ。
 だが、一方ではマッチ箱のような住宅の集落も多い。2部屋はあるそうだが、水道も電気もないという。そしてソウェトの周辺部では、スコッターと呼ばれる無断移住者のバラックが続々と建てられている。他の居住区から単身で働きにみている男性の集団生活の場になっており、1つのバラックに10人が寝泊まりするケースも。ソウェトでも貧富の差は確実に広がっていた。

零細ビジネスを後押し

日本にも貢献期待

 アパルトヘイト問題を平和的に解決し、混迷する南ア情勢を打開するには、その担い手となる黒人を中心とした非白人の政治・経済的地位の向上を図ることが不可欠だ。南アの民間団体や欧米諸国は黒人支援活動に以前から力を入れているが、経済大国日本の貢献を求める声も多い。
 経団連と在南ア企業を中心とする南部アフリカ貿易懇話会(SATA)では89年3月から、南アの非白人の企業振興、住宅建設、教育を援助するための募金活動を始めている。これまでに集まった総額は約3億9000万円。
 南アの黒人支援団体の中でもユニークな存在が「ゲット・アヘッド・ファウンデーション」だ。「黒人の政治的自立は経済的自立から」をスローガンとし、資金の貸し付けや経営ノウハウを教える組織で、日本を含め世界15カ国の支援を得て21カ所の黒人居住区の零細ビジネスを支えている。
 プレトリア近郊にある「レセディング服装学校」ゲット・アヘッドの支援で成長した企業の1つ。生徒数400人抱える校長のマルカさんは「2年前に事業を思いつき、金融機間に融資を頼んだが相手にしてもらえなかった。ゲット・アヘッドからの援助がなかったら今の自分はなかった」と当時を降り返る。
 ゲット・アヘッドでただ1人の白人取締役D・マックロバード氏は、「200ランドを融資するごとに1つの事業が生まれている。ただ今の出資金1000万ドルでは追いつかない」と各方面からの援助を強く求めている。

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1991.11.08 日経新聞

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します