南アフリカの古いニュース

南アの未来 自助努力から

W氏 NGO活動推進センター

 南アフリカで黒人が初めて投票権を行使した制憲議会選挙が実施された。さきごろ筆者はNGO(非政府組織)による開発の実態を調査するため選挙を控えた同国を訪問した。黒人が無理矢理移住させられてできたホームランドでは、相次ぐ鉱山の閉鎖で職を失った人々がペンペン草も生えないような荒れ地にうずくまるように生活している。それでも人々はANC(アフリカ民族会議)主導の黒人政権の誕生に期待を膨らませ、表情は明るかった。
 しかし、新生南アフリカの行方は決して楽観できないというのが率直な感想である。その理由の第1は、ソ連・東欧の人達が共産主義を捨てた時と同様に、これですぐに生活が良くなるという過大な期待である。選挙を前にして様々な政治組織が、10年間無料の義務教育や返済義務のない貸し付けなどの甘い公約をふりまいていることが人々の期待を一層増幅していた。過去にふくらんだ期待は、それが満たされない時たちまち大きな幻想となって跳ね返ってこよう。
 第2に「雇われ、使われることへの慣れ」がある。アフリカにやってきた白人達は黒人を奴隷として鉱山や大農場で働かせるために、古くは黒人が飼っていた家畜を殺して田畑を焼き払い、その後も黒人が自活する道をことごとく閉ざしてきた。草の根で出合った黒人の人達は口々に仕事が欲しいと訴えていたが、彼らの望みは自助努力というよりも誰(だれ)かに向上や事務所で雇ってもらうことだった。
 第3に、黒人の人達が自営自活――農業や家内工業など――の道を考える時、自分達で維持できそうもない立派な機械や施設(電気ミシン、スプリンクラー等)を求める「ハード指向」がある。それは、発展のモデルを白人の中にしか見いだせないことに最大の原因があると地元のNGOは話していた。白人指向は日頃(ひごろ)の生活の中にもある。同じ貧困層でも隣国ジンバブエでは狭い敷地一杯にトウモロコシや野菜を植えるのに、南アフリカでは芝生や花を植えてしまうのは「豊かな生活」のモデルを白人の中にしか見いだせないからだと言えよう。
 さらに黒人指導者の問題がある。訪問先に元政治因の社会復帰のためのプロジェクトがあったが、そこで聞かされたのは、元政治因や亡命者だった黒人指導者には他の黒人の犠牲者になって牢獄(ろうごく)や異国で辛酸をなめた分、今報われて当然という気持ちが強く、それが横領や汚職を正当化しかねないと言うことである。また、黒人指導者の統治能力に疑念を抱く一般黒人大衆も少なくなかった。このように列挙すると、新生南アフリカには全く希望が持てないような印象を与えかねないが、決してそうではない。トランスカイで20年近く活動してきたNGOは、黒人の人達も素晴らしい潜在力を持ち、チャンスさえあれば開花させることができることを立証している。では、新生南アフリカに対する支援を求められた時、私達は一体どのような関(かか)わり方をしたら良いのだろうか。
 まず、アパルトヘイト政策の下で苦しんだ「かわいそうな」黒人の人達を助けるという視点を捨てることである。そうした視点からはモノやお金をあげるという慈善的な発想しか生まれてこない。慈善行為はたとえ善意からであっても相手の中に依存心を生み、自助自立の意欲を殺す毒となる。現に自立的発想を支援してきたトランスカイのNGOは、黒人貧困層を「甘やかす」政治組織のために貧困層が自助努力を惜しみ始めたと慨嘆している。また、安易に提供する援助が横領や汚職を招くことは、アジアや他のアフリカ諸国で経験済みである。
 私達に求められているのは、まず黒人の人達が自らが持つ潜在能力・創造力、豊かな分化・伝統・技術を再発見し、それを活(い)かして生計を立てることへの支援である。これまで彼らは自分達が劣った存在であると信じ込まされてきた。自力で富を生む出す生産的な活動を通して、そうした呪縛(じゅばく)ないし白人神話から自らを解き放つことが重要である。同時に地域に根ざした活動を活性化することによって、出稼ぎ労働で破壊された家庭や地域共同体の絆(きずな)を取り戻すこともできる。そしてもう一つ、成功した発展途上地域――他のアフリカやアジア諸国――の住民組織やNGOとのいわゆる南南交流である。途上国の人達は、同じような状況におかれた他の途上国の人達からこそ実践的な多くのことを学ぶことができるのである。それはまた「白人/西欧モデル」から脱却する上でも有益である。
 NGOの活動が慈善活動に終わったり、政府開発援助(ODA)や日本企業の活動が南アフリカの豊富な鉱物資源を目当てにしたものに終わるのであれば、新生南アフリカに明るい未来は望めない。これまで抑圧されてきた黒人の人達が自らの潜在能力を開花させることに協力し、南アフリカが自助努力によって真に豊かになることに協力してこそ、私達日本人の生活も真に豊かになりうることを肝に銘じておきたい。

1994.5.3 新聞不明

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します