南アフリカの古いニュース

新生・南ア挑戦 B
 第3勢力インカタ

ぬぐえるかANC不信

 「私はクワズールー・ナタール州でのインカタ自由党(IFP)とアフリカ民族会議(ANC)との政治抗争は、4月だけで322人の死者を出した。今年に入ってからの死者はすでに1000人近い。最近やや下火だが、ANC主導の中央政府にとって両党支持者間の抗争収拾は最大の課題の一つだ。
 「われわれはナタール州で政権をとる。ANCとは共存できない。ズールーゆかりのこの地で強力な自治政府をつくっていく」。投票期間中、IFPスポークスマンは明言した。選挙ボイコットの方針をIFPは直前になって撤回。制憲議会選挙(全国区)では8%台の得票率で第3党に、同州議会選では第1党をうかがう勢いだ。
 IFPが地盤とするズールー族は南ア最大の黒人グループ。15世紀ごろ南下して現在の地に定住。独自の文化を誇ってきた。ズールー王ソロモンは1928年にズールー族の文化復興運動組織「インカタ」を創設。その後消滅したのをソロモンのおいのマンゴスツ・ブテレジ議長がIFPとして再興、次第に政治組織に脱皮した。
 しかし自由経済を提唱し、対南ア経済制裁に反対するIFPは、白人政権の懐柔の対象となった。一連のホームランド政策でズールー族にクワズールーホームランドが与えられ、白人政権のカネが流れた。白人政権の巧みな黒人分断政策だったが、IFPは同ホームランドの全権を握り、ブテレジ議長を頂点とする、批判のほとんど許されない中央集権的政治組織へと姿を変えた。76年のANC主導のソウェト蜂起を発火点とする武闘路線に、IFPは各地で自警団を組織し、白人治安当局の警備に強力。80年代半ばからIFPとANCの抗争が本格化していった。
 選挙後の人種融和政権への参加問題について、ブテレジ議長は3日、「国民党と一緒にやっていけるのなら、(ANCとやっていくのに)障害は少ないというべきだ」と語った。ANCとの強調に期待を持たせる発言だが、国民党との強調は自明のものとなっている。抗争は白人政権との関係の違いに由来するアパルトヘイト(人種隔離)の負の遺産なのだ。
 ダーバン近郊の黒人居住区の家を訪れた時、壁に歴代ズールー王の肖像が飾られていた。歴戦のANCメンバーの家だったが「ズールー王への尊敬の念は変わらない」との答えが返ってきた。
 800万ズールーの自文化を尊ぶ素朴な心は、IFPの恐怖支配とANCとの抗争でずたずたにされてきた。他人種・異文化の共生を模索する新政府の成否は、彼らズールーの誇りをどれだけ回復できるかにかかっている。

1994.5.5 毎日新聞

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