南アフリカの古いニュース

新時代が来て
南ア黒人政権1周年
(1)

 世界の注目下、ネルソン・マンデラ氏が南アフリカ共和国初の黒人大統領に就任してから、今月10日で満1年。アフリカ最後の白人支配体制だった「アパルトヘイト(人種隔離政策)の時代が終わって、人口4300万の社会は、どう変わりつつあるのか。人種対立から融和への歴史的実験の中で、喜び、失望し、苦闘する最新の情勢を報告する。

鉱山経営
”白人の牙城”に風穴
変わる産業界の構図

 「シーン」「シーン」。ヨハネスブルクの南西100キロにあるドルンフォンテーン金鉱山。スーツ、ハイヒール姿にヘルメットをかぶり、現場を見回るブリジット・モツェピさん(35)に、作業員から黒人部族語ツワナ語で「姉貴」を意味する言葉が、親しみを込めて投げかけられる。モツェピさんは、露天掘り作業員を鉱山所有会社に派遣する「キャスト鉱山社」(本社フォホビル、従業員2500人)の筆頭経営者だ。
 南アは、金の埋蔵量、生産量とも世界一を誇る。鉱山の所有権は、今もアングロ・アメリカなど「ビッグ5」と呼ばれる白人巨大資本に独占されている。モツェピさんは労働者派遣の形ではあるが、黒人資本家として初めて、この「白人の牙城」に食い込んだ。
 「黒人は長年、鉱山の経営や管理から締め出され、単純労働でわずかな労賃を稼ぐことしか許されず、差別はひどいものでした。この業界でこそ、黒人が管理部門も担当できることを示したと思うのです」
 英国系石油会社で将来の幹部候補コースに乗っていたモツェピさんが、経験ゼロのこの業界に飛び込んだのは3年前。キャスト鉱山社は昨年の全人種参加選挙後、業績を伸ばし、創業時に約1000万円だった売り上げは10数倍に増えた。白人も含む共同経営者の1人だったモツェピさんは、父が黒人部族の王族の一員という経済的に恵まれた立場もあり、やがて株式の大半を所有するに至った。
 今でも鮮明に思い出すのは、白人言語アフリカーンス語の強制教育に反発した黒人居住区域ソウェトの生徒のデモに対して警察隊が発砲、多数の死者を出した「ソウェト蜂起」(76年6月)の光景だ。16歳の少女だったモツェピさんは、催涙弾のガスが立ち込める中、夢中で逃げ回った1人だった。
 その後、黒人であるがために、名門大学への入学が拒否され、黒人大学で法学、政治学を修め、トップクラスで卒業した。彼女の上昇志向が人一倍強いように見えるのも、こうした経歴に加え、母親が白人との混血だったという複雑な生い立ちが微妙に影響しているかもしれない。
 黒人労働者だけでなく、従業員の約1割を占める白人熟練労働者に気軽に声をかけ、契約相手の白人大企業と対等に交渉するなど、すべての業務をこなせるのは社内でも彼女だけだ。「過去を振り返ってみると、よくも自分たちの世界が、こんなに変わったものだと思いますね」
 とはいえ、この国の産業界の大勢は、依然、白人資本と黒人労働者の対立という構図に支配されている。政権党アフリカ民族会議(ANC)は選挙前、白人企業から資源を奪い返す鉱山国有化路線をぶち上げたこともあるが、その後、白人資本や技術の流出を恐れて同路線を放棄した。多数の金鉱を持つビッグ5と比べれば、キャスト鉱山社の売り上げなど「バケツの水の中の1しずく」(同社白人幹部)に過ぎない。
 しかし同社は、派遣業務を通して金採掘事業のノウハウを少しずつ黒人の手に取り戻しつつある。
 「いずれ大企業は、効率の悪い一部の鉱山を、新興黒人企業との共同所有の形にする可能性があります。多くの黒人企業が鉱山経営にかかわる時代も目前だと思います」と前向きに話すモツェピさん。今。プラチナやバナジウムなどレア・メタル(希少金属)業界への労働者派遣も計画中だという。

1995.5.9 読売新聞