南アフリカの古いニュース

新時代が来て
南ア黒人政権1周年
(3)

白人農民移住
増税恐れ かつての敵国へ

 見渡す限りのヒマワリ畑と放牧地。南アフリカ共和国北部、トランスバール地方の農業地帯を奥深く入った、このルタン村で、畜産業ハンス・ヘルプストさん(59)は、色つやの良い肉牛400頭を見回っていた。
 ハンスさんはアフリカーナー(オランダ系白人)の農民だが、近々、奥さん、息子2人、その妻たち、それに孫3人の計9人で、生まれ育った南アを捨て、3000キロ近く離れたウガンダに移住する。すでに私費で現地の農村も視察した。
 「当然、骨を埋めることになるだろうね。頭がおかしい、と人に言われることもあるが、とんでもない。あの国は美しく、雨も多く、実に素晴らしいよ」
 一家の話しを聞いた遠方の農家など、他の10数世帯もウガンダ移住を計画中で。こうした移住の取りまとめ役を務める保守系白人政党「自由戦線」の幹部は、「年内に海外移住する白人農家が4000世帯にも上りそうだ」と話す。移住先はウガンダのほか、モザンビーク、ザンビア、ザイールなどに及ぶという。
 自分たちこそアフリカの農民だと考えたアフリカーナーにとっては、いずれも「野蛮な異教徒の住む未開地とされた国々だ。また実際に、その多くは、南ア白人政権にゲリラ闘争を挑んだ、かつての非合法組織・アフリカ民族会議(ANC)を支援し、海外拠点や教練を提供してきた国々でもある。
 だが、時代は変わった。農業低迷に悩むこれらの国々は、南アに黒人政権が樹立され、敵対国でなくなったのを境に、南ア白人の開拓者精神や農業技術を自国の発展に役立てたいと、移住受け入れを申し出てきたのだ。ハンスさんの場合、ウガンダ政府との間で、国有地の99年間借入契約や、畜産が軌道に乗るまで5年間の免税処置などの優遇策を交渉中だ。
 もちろん、このまま南アにとどまれば、それに越したことはない。
 17世紀に移民を開始したオランダ系白人は、後発の英国が、圧倒的な軍事力、経済力により、西端のケープタウンからどっと移民を送り込んできたため、19世紀半ば、家財を乗せた牛車で「グレート・トレック」(大移動)を行い、現在の首都プレトリア周辺など北東部地域に定住の地を見いだした。それだけに、今、白人人口520万の約6割を占めるアフリカーナーは、土地に対する執着が極めて強い。
 「移住の理由は、この土地の慢性的な干ばつ。もう1つの理由は、話したくないね」。こういうハンスさんに代わって、モザンビークに移る別の農民の主人(55)は、ANC政権が、土地改革や農家への増税を断行することが予想され、大規模農場経営が難しくなりそうなのが最大の理由だと語る。
 ハンスさんは、全財産を処分するつもりだが、肉牛コンテストの入賞トロフィー多数に加え、冷凍保存した自慢の肉牛の精液だけは持って行く。現地のやせたボラン種に、南ア改良種ボンスマラを交配し、「優れた牛を作りたい」からだ。
 ウガンダに移っても、仲間同士の閉鎖的な白人社会を作って殻に閉じこもろうとは考えていない」とも言う。
 だが、シスカちゃん(7つ)など孫娘の将来の結婚については、「同じ文化を共有する人としか許したくないね」と、ちょっと寂し気に笑った。

1995.5.11 読売新聞