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人種を超えて 南ア スポーツの現状
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 アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃による国際舞台への復帰から3年。南アフリカ共和国は、ラグビーの第3回ワールドカップ(W杯)で「歴史的優勝」を果たし、国際スポーツ界への復帰を強烈に印象づけた。国旗の虹が象徴するさまざまな人種、肌の色、政治信条の垣根を越え、いまひとつになり始めた「虹の国」のスポーツ取材を通して”新生南ア”を追ってみた。

五輪誘致
W杯ラグビー成功で弾み
国民の一体感 運動を後押し

 五輪の開会式を思い起こさせた。ジャンボ機が超低空で飛び交い、軍用ヘリの隊列が旋回する。落下傘ショーには大喝さいがわき上がり、グラウンドでは様々な民族衣装の人種、民族がにぎやかに踊り、歌う――緊迫の決勝線を前にして繰り広げられたW杯の閉幕セレモニー。
アマチュアを信奉するラグビーにはおよそ似つかわしくない派テ手なし式典は、人種融合をアピールする政治ショーであると同時に、立候補を表明した2004年ケープタウン五輪を明らかに意識したものだった。
 「アフリカ大陸で初の五輪を」を旗印に、南アが五輪誘致に本格的に動き出して1年半。今回のW杯開催はひとつの試金石だった。財源、施設、交通、観客、そして何よりも重要なのが人種の壁を超えた国民の支援だった。結果は代表チーム、スプリングボクスの活躍もあり、大成功を収めた。
 ラムザミー・南アオリンピック委員会委員長は大会の意義を「大きな国際大会を開催出来たこと、そして国民がみんな仲良く、一緒になったことを世界に示せた」と語る。そのうえで今後の五輪誘致について「国民も、スポーツが人々を仲良くさせる力があることをわかったはず。草の根から五輪意識が高まるのを期待したい」。
 とは言っても、まだまだハードルは多い。今大会でも効率の悪い交通手段や宿泊施設の少なさが海外のツアー客を悩ませた。盛り上がっていたのは白人だけという声も多い。こうした指摘にもラムザミー委員長は「目に見えないが、変化は確実に起きている」と強気だ。
 現在、南アでは競技施設を黒人居住区に作り、様々なスポーツで黒人の有望タレントを探し、育てている。「黒人が白人の競技レベルに追いつくにはあと10年かかる。だがケープタウン五輪が決まれば、それはもっと早まる」
 五輪開催へまだ難問が多く、地道な努力、時間もかかるだろう。だがそれが実現した時、ショーではなく、本当の人種融合を実感できるかもしれない。

<アパルトヘイト(人種隔離政策>
 約4000万人の人口の約7割以上を占める黒人を2割に満たない白人が支配。1960年代のアパルトヘイトの強化に伴って南アは、70年の国際オリンピック委員会(IOC)からの締め出しをはじめ世界のスポーツ界との交流が途絶えていた。民主化で差別関連法の撤廃が進んだ92年にIOCのほか各国際競技団体への復帰が認められ、バルセロナ五輪には、ローマ五輪以来32年ぶりの参加が実現。同年には今回のラグビーW杯開催決定、2004年夏季五輪への立候補表明など、国際復帰の動きが急速に進んだ。

1995.6.30 読売新聞