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ナミビア、独立から5年

進む人種融和 黒人層に格差

 南アフリカの支配から独立して5年がたったナミビアは、南西アフリカ人民機構(SWAPO)のヌジョマ政権が人種融和を進め、現実路線を歩んでいる。ダイヤモンド、ウラン、銅などの天然資源に恵まれ、政治の安定をみて、1993年にマイナスだった経済成長率も94年は5.4%のプラスに転じた。だが、人口の9割を占める黒人層の失業率は依然として高く、かつての黒人居住区の中では新たな貧富の格差が生まれていた。

恩恵受ける「新中間層」

 高層ビルの並ぶウィントフークの中心から北に約4キロ。金網に囲まれた小さな家が、軒を連ねて並んでいる。旧黒人居住区カツツラだ。南アフリカが支配していた当時は、厳しいアパルトヘイト(人種隔離)政策がしかれ、移動の自由もなかった。
 その一角に住むジェームス・ムスケさん(35)は独立前は警官だった。「『白人の手先』と言われるのはつらかったけど、食うためには仕方なかった」。その後、ホテルのボーイを経て、現在は輸入車販売店に勤務。月収1200ナミビアドル(約3万3000円)という黒人の「新中間層」だ。
 93年末に2万9000ナミビアドル(約80万円)で念願のマイホームを買った。「独立前はこんな生活は考えられなかった」と、テレビや冷蔵庫が並ぶ居間兼台所を指した。白人たちの大半はプールつきの豪邸に住むが、「格差を一晩で埋められるはずがない。彼らを追い出したら、金も職も一緒に国外に出てしまうんだから」と語った。
 カツツラの街角に、真新しい信号機が設置された。黒人居住区にできたのは、初めて。地元の人は「ロボット」と呼ぶ。
 この交差点では今春、死亡事故があった。ラジオ番組で地元の老人が「ロボットの設置を」と求めたところ、これを聞いた地区住民が設置を要求し続け、ついに当局がこたえた、と近く住むフレッドさん(44)は、うれしそうだった。

失業率悪化 荒れる首都

 だが、すべての黒人が、独立の恩恵を味わっているわけではない。黒人居住区での失業率は数10パーセントともいわれ、むしろ悪化する兆しが見えている。カツツラ地区の外れの赤土の丘には、トタン板やダンボールで組み立てたバラックがびっしり密集している。職を求めて、主に北部から首都に流れ込んできた人々だ。
 道端には、割れたビールびんが転がっている。ビニール袋で囲った共同トイレからは汚水が流れ出し、異臭が漂う。まるで難民キャンプのような光景だ。
 独立闘争を指導してきたSWAPOの人気は衰えず、昨年末の選挙でも、かつて白人支持政党の民主ターンハーレ同盟(DTA)に大勝した。
 だが、その支持者にも、格差がいっこうに縮まらない現実にいらだちがある。バラック住まいの黒人青年(28)は「3年前に来たが、職が見つからない。いつまでこんな生活が続くのか」と不満をもらした。

隣国からも人口が流入

 「宣教師が襲われた」。「白昼に強盗」。地元紙は連日、凶悪事件の発生を伝える。経済が持ち直したことで、職を求める人々は隣国アンゴラなどからも流入してくるという。
 「都市への人口の流入が、黒人層の高い失業率と犯罪の増加を招いている」と、ナミビア大学のムシュゲニ教授は指摘する。「南アなど近隣諸国と比べれば人種間、民族間の対立は激しくない。上向いてきた経済を、雇用の創出にどうつなげるかが、これからの課題だ」という。

ナミビア
第1次世界大戦までドイツの保護領。その後、南アフリカが支配下におき、独立を求める黒人ゲリラ組織SWAPOと武装対立が続いた。国連監視下での制憲議会選挙を経て、90年に独立。29年ぶりに帰国したヌジョマSWAPO議長が、初代大統領に就任し、昨年、再選された。

1995.11.22 朝日新聞

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