南アフリカの古いニュース

16歳の世界地図
「ミス南アになりたい」ローズ・ランペシさん
お金稼いで、白人住宅に家持つの
自殺未遂経て前向きに

 なぜ自殺しようとしたのか、うまく説明できない。昨年2月の土曜日の午後、台所で睡眠薬をミルクで流し込んだ。4年前、母に「町の白人学校へ行きたい」とねだってダメといわれた時から、わだかまりがあった。その後、殺虫剤を飲んで死ぬつもりだったが、庭で洗濯をしていた母に止められた。ローズ・ランペシは薬を吐き出した後、ベルトでたたかれて起きるまで、眠り続けた。「もう自殺はしない。一流モデルになる」と決めた。
 ローズは、南アフリカ最大の黒人居住区ソウェトに住んでいる。
南アではこの前まで、黒人が少数白人体制の「労働力」として、都市郊外の居住区に住まわされ、それ以外は「ホームランド(部族別居住地域)」の農村に隔離された。差別に反発した黒人と白人警官の抑圧。1991年6月、そのアパルトヘイト(人種隔離)政策の根幹である人種登録、集団地域法、土地法が全廃されるまで、おびただしい量の血が流された。
 でも、ローズたちの青春は、逮捕や拷問を覚悟して体制と激しく対決した10歳年上の世代とかなり違う。流血のソウェトの日常は、テレビでしか見たことがない。
 ローズたちの関心はアメリカの音楽、乗馬クラブ、そしてファッション雑誌。2年半前の初めての全人種参加選挙に母と兄が興奮してでかけたのは覚えている。でも、マンデラ大統領のきれいで高そうなシャツ姿を見て「黒人は貧しいままなのに」と不満に思ったことの方が印象に残っている。
 3歳の時に、父親は母と別の女性とプレトリアで暮らしだしたので、父の顔も知らない。母も兄も長い間失業をしていたので、バスの運転手をしている叔父の世話になってきた。小学校を卒業した時、多くの級友がソウェトからヨハネスブルクの私立白人学校に進学するのが流行した。けれど、ローズの家庭では経済的に無理だった。
 自殺しようとしたのは、そんなこともあり、「だれにも愛されていない」と思ったからかもしれない。
 しかし、友達に誘われてグループに加わり、演劇や交流会を通じてドラッグやエイズ、10代の妊娠、犯罪を考えるようになって積極的に生きようと考えるようになった。
 今、ローズの夢は「ミス南アフリカ」に選ばれて、一流のモデルになることだ。身長170センチ、体重50キロ。バスト82センチ、ウエすと54センチ、ヒップ78センチは自分でも自信がある。
 「高校を卒業して進学したら本格的なモデル修行をやる。そして、お金を稼いで、ソウェトから約30キロ離れた白人住宅地サントンに家を持って、かっこいい車を乗り回すの。そして、もっとお金をもうけたら、ストリートチルドレンの家をつくるの」
 たくさんの人種が住む南アを、人々は「虹(にじ)の国家」と呼んでいる。輝く虹の国家をめざして、人々は300年以上の白人支配と人種差別の過去を清算して融和を実現するための実験を始めた。
 黒人弾圧などの過去の政治犯罪を明るみに出そうという真実和解委員会の活動や、先月マンデラ大統領が署名した新憲法もそうだし、独立の「性差別委員会」を設けて女性憲章を策定したのもそのひとつだ。今年から歴史教科書も書き換えられる。青年憲章づくりをめざして「青年委員会(ユースコミッション)」もつくられた。
 ローズは昨年8月、同世代の白人と生まれて初めて話した。自分が入っているグループが主催した高校生キャンプの時だった。男子2人、女子1人の白人に黒人側は20人。ゲームを楽しみ、一緒に食事をし、同じ部屋で寝た。
 分かったのは、お互いの境遇と考えが違うことだった。「彼らは黒人をこわがっていなかった。でも、私たちだって白人はこわくないよ」
 白人少年たちの電話番号をもらったので、グループでデートした。母から30ランド(760円)もらって町に映画を見に行った。米国黒人女性の生き方を描いた「ため息つかせて」だった。ポップコーンを食べ、コーラを飲んだ、楽しかったが、それ1回で終わった。しょっちゅう会うには、住んでいるところが遠すぎる、別段それほど会いたいとも思わないからだ。

1996.12頃 新聞不明

新聞記事を勝手に掲載していることをお詫び致します