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 盛況を極めていた軌道だからといって、廃止後に車輛が大切に保存されるとは限らない。むしろ、よく利用されていた所ほど、バスやトラックなどの代行手段の整備に忙しく、過去のことなど構っている余裕などないのかも知れない。
 北海道の保存車両の大敵が「雪」であることは言うまでもない。雪の重さはもちろんのこと、融けたら融けたで木や金属を腐蝕してしまう。そんなわけで、本当は上屋付きや室内での保存が望ましいのだが、予算や意識のこともあって、なかなか理想のようにはいかないようだ。

  (特記以外写真:今井 理)

茶内線(浜中町営軌道)


 簡易軌道として最も盛況だった浜中町営軌道は、廃止後も多くの車両を保存した。自走客車が2両も保存されていたのは特筆に値するが、現在はその姿を見ることができない。
 茶内中学校に保存されたのは泰和車輛工業1964(昭和39)年製の自走客車で、状態は良かったが、1984年に解体されてしまった。
 茶内ふるさと広場に保存されたのは、運輸工業1960(昭和35)年製自走客車と釧路製作所1965(昭和40)年製DLで、DLは現在も見られるが、肝腎の自走客車はやはり1984年に解体され、今は台車だけが残っている。

▲中学校の正門の横に置かれていた。(1983-11-21 茶内中学校 写真:清水一史) ▲やや傷みがあるものの、良好な状態だった。(1983-11-21 茶内中学校 写真:清水一史)
▲中学校の裏手にある小さな公園の一角(1983-11-21 茶内ふるさと広場 写真:清水一史) ▲腐蝕の進んだ運輸工業製自走客車(1983-11-21 茶内ふるさと広場 写真:清水一史)
▲塗色は褪せてきたが、状態は良好
(2000-7-22 茶内ふるさと広場)
▲自走客車は台車だけになってしまった
(2000-7-22 茶内ふるさと広場)

問寒別線(幌延町営軌道)

 最後まで自走客車が入線しなかった問寒別線では、幌延町役場前の名林公園に、泰和車輛工業1967(昭和42)年製セミセンターキャブの5tDLと、2両いた日本鉄道自動車1950(昭和25)年製のボギー客車のうちの1両が保存されていた。郷土の開拓史を伝える貴重な文化遺産だったのだが、廃線から20年経った1991(平成3)年に解体されてしまった。

▲荒廃はしていたが、貴重な存在だった
(1989-5-5 幌延町名林公園)
▲泰和車輛唯一のセミセンターキャブ機
(1989-5-5 幌延町名林公園)
▲元は当別線に所属していた、日本鉄道自動車製の客車(1989-5-5 幌延町名林公園) ▲ハ21、ハ22のどちらなのかは不明
(1989-5-5 問寒別)
▲今にも走り出しそうな雰囲気だった
(1989-5-5 幌延町名林公園)
問寒別駅跡には、木造客車の部品が散らばっていた(1989-5-5 問寒別)



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