●計根別(けねべつ)線

<告示>

告示内容 告 示 日 告示番号 区       間 粁程(km)
一斉告示 1929(昭和4)年11月10日 第1343号 自根室国標津郡標津村中標津
至 同 国 同 郡 同 村計根別
15.661
使用廃止 1937(昭和12)年10月21日
(10月23日限り廃止)
第1315号 自根室国標津郡標津村中標津
至 同 国 同 郡 同 村計根別
-15.661


<粁程> 1936(昭和11)年3月31日現在

停留場名 粁程(km) 所  在  地
始 点 0 標津郡標津村字中標津市街省線中標津駅前
中標津 なかしべつ 0.049
中標津市街 なかしべつしがい 0.797
至誠 しせい 8.047 同     字中標津原野三十三線北二号
唐澤 からさわ 12.694 同           四十六線北六号
計根別 けねべつ 16.278 同     字計根別市街
終 点 16.352


<沿革>

 1926(大正15)年に着工し、翌1927(昭和2)年4月に中標津〜至誠(中計根別あるいは三十七線とも表記)と、11月に至誠〜計根別の二期に分けて使用開始したと推測される、殖民軌道のうち最も初期のグループのひとつである。使用成績はピークの1934(昭和9年)度で、旅客が年間約900人、貨物が年間2000トン余りとあまり多くはなかった。それでも根釧台地の殖民軌道ネットワークの一員として重要な役割を果たし、1937(昭和12)年に標津線に役目を譲って廃止となった。

 なお、告示には出てこないが、標津線の厚床〜中標津や標茶〜計根別の開業に伴って中標津および計根別において省線駅への連絡線の建設が行われたり、中標津市街付近で根室線と重なる部分の改廃が行われている。そのため、告示掲載の粁程と粁程表では若干距離が異なっている。

(2000/01/08)