●久著呂(くちょろ)線


使用開始| 1930(S5) | 1934(S9) |
使用廃止|     1965( S40)     |
      ●++++++++++●++++++++++●
         塘路      中久著呂   上久著呂  

<告示>

告示内容 告 示 日 告示番号 区      間 粁程(km)
使用開始 1930(昭和5)年8月15日 第1111号 自釧路国川上郡標茶村字塘路
至 同 国 同 郡 同 村字中久著呂
20.587
1934(昭和9)年9月14日 第1294号 自釧路国川上郡標茶村字久著呂原野北二十四線東二号
至 同 国 同 郡 同 村字 同 原野北四十線東二号
8.280
一斉告示 1953(昭和28)年7月25日 第1139号  川上郡標茶町字塘路から
同 郡 同 町字上久著呂まで
28.878
廃止 1965(昭和40)年7月6日 第1302号 川上郡標茶町字塘路から
同 郡 同 町字上久著呂まで
-28.878


<粁程> 1939(昭和14)年3月31日現在

停留場名 粁程(km) 所   在   地
始 点 0 釧路国川上郡標茶村大字塘路村字塘路市街省線塘路駅前
塘路 とうろ 0.076
二本松 にほんまつ 4.193 同        大字標茶村コッタロ原野北十一線東二二番地
浜頭 はまがしら 9.812 同  阿寒郡舌辛村大字舌辛村字クチョロ原野北十五線西二〇番地
妙見台 みょうけんだい 11.820 同                    北十七線西五号風防林内
島波 しまなみ 15.883 同  川上郡標茶村大字標茶村字クチョロ原野北二十二線東六三番地ノ五
中久著呂 なかくちょろ 20.522 同            字中久著呂市街
宮城 みやぎ 25.412 同 阿寒郡舌辛村大字舌辛村字クチョロ原野北三十四線東一三番地ノ一〇
川又 かわまた 28.788 同 川上郡標茶村大字標茶村字クチョロ原野北四十線東二号公共用地内
終 点 28.878

※川又は、のちの上久著呂

<沿革>

 久著呂線は、阿歴内線と同じく塘路駅前を起点とし、釧網本線沿いに西へ向かって釧路川を渡り、釧路湿原を横断して上久著呂に至る28.9kmの路線であった。1929(昭和5)年から順次使用を開始した。使用成績は貨物が6000トン、旅客が6000人を超える年もあり、馬力線としては極めてよく使われた。
 戦後も、1955(昭和30)年で貨物5100トンと、馬力線では茶内線に次いでいた。そのため、標茶町では問寒別線で余剰となったガソリン機関車を購入して自前で動力化を試みたが、路盤が脆弱で使用は難しかった。そこで、改良事業の対象となるよう開発局に陳情を繰り返し、1961(昭和36)年には釧路川に架かる木造橋 “挽歌橋”を鉄橋に付け替えた。やがて、町道久著呂線の改良が進むにつれ軌道は使用されなくなり、陳情も取り下げられて、1965(昭和40)年に正式廃止となった。なお、挽歌橋は道路橋に転用された。

 久著呂線の特徴は、旅客・貨物とも運賃表による運賃を徴収していたことで、台車毎の賃貸料を徴収していた他の馬力線とは異なっていた。また、逓信マークをつけた郵便物専用の台車が存在した。

(2000/01/12)