* 朋友会の新加坡探検記・2001年版 *


朋友会がシンガポール生活で発見したこと、季節のニュースなどを綴ります。


2001年2月:話題の「フラトン・ホテル」に行く

2001年2月:チンゲイ・パレードを見る

2001年1月:旧正月明けを魚生で祝う

2001年1月:旧正月前の買い出しにチャイナタウンへ

2001年1月1日:ビンタン島で正月を迎える






2001年2月:話題の「フラトン・ホテル」に行く
去年の暮れにオープンして話題を読んでいる「フラトン・ホテル」に行ってきました。場所は植民地時代から政治・経済の中心地で、古いヨーロッパ調の建物が残るシティーホールの旧官庁街です。このホテルも以前に中央郵便局として使われたいた建物で、外観をそのまま残して内装だけ変えて使っているとか。昼間外から見るとなんとなく昔の官庁らしい堅い感じがしますが、夜中にライトアップされた所はクラシックで美しくそこだけが目立っていて、さすが高級ホテルという感じです。

私達もさっそく建物の中に入ってみましたが、吹き抜けの建物の中央に立派な柱が立っていて荘厳な雰囲気を醸し出し、アールヌーボー調にまとめられたインテリアはどことなく上品です。

このホテルは新しい場所がオープンするとすぐに駈けつけるシンガポール人たちの最新の名物スポットになっているようで、ロビーにはどう見ても宿泊客に見えないシンガポール人の見物客が沢山うろうろしていました。私達もロビーラウンジでせめてお茶を飲んで帰ろうと思いましたが、同じような目的のシンガポール人たちでいっぱいで、座るまでかなり待たされました。ここで週末に落ちついてハイティーなどが出来るようになるまで、かなり長い時間がかかりそうです。



ライトアップされたホテルの外観。

  

化粧室のインテリアがとっても素敵。


2001年2月:チンゲイ・パレードを見る
どことなく変な感じが…やっぱり珍芸だから?


旧正月明けのイベント、「チンゲイパレード」に行ってきました。このパレードは毎年旧正月の後に行われ、シンガポールだけでなく海外からも様々な国から人が集まり、踊りやパフォーマンスをしながら大通りを歩きます。オーチャード・ロードなどで開かれるときもありますが、今年の会場はシティー・ホール近くのパダン広場でした。

内容はシンガポールの民族の中心である中国系、インド系、マレー系の伝統的な踊りをはじめ、現代アート系のパフォーマンスのようなもの、アジアやヨーロッパなど海外の伝統文化など様々です。日本からも毎年二つぐらいのグループが参加していて、今年も日本風の踊りと和太鼓のパフォーマンスを披露していました。

チンゲイパレードが開催されるようになった歴史は管理者も詳しくわからないのですが、新年を祝うライオンダンス(獅子舞)やドラゴンダンスなどがパレードにも沢山登場していることから、以前旧正月明けに街を練り歩いていた獅子舞などのパフォーマンスが発展して、だんだんこのようなイベントになってきたのかな、と思います。


毎年テレビで見ることはあっても会場に来るのは初めてだった管理者ですが、テレビではわからない新鮮な驚きがあった気がします。アジアの伝統的な踊りや、海外からのパフォーマンスはさすがに素晴らしくて思わず夢中で見てしまったのですが、シンガポールの現代風のパフォーマンスは「コンテンポラリーアート」とも言い難いような、なんと表現して良いのかわからないようなもので、なかなか珍しいものを見せてもらったという感じでした。それに国民性を繁栄してか?、いっせいに踊るダンスも動きがばらばら。その良し悪しはともかく、なんだかとってもシンガポールらしいものを見たなあ、と思いました。

このチンゲイパレードの写真を写真館のページにアップしました。興味のある方はご覧下さい。


2001年1月:旧正月明けを魚生で祝う


これがシンガポールの正月料理、魚生(ユーシャン)。



「ローロー」と言いながらはしで混ぜる。





いよいよ中国系シンガポール人にとっての正式なお正月、農歴新年(旧正月)がやってきました。

シンガポールで旧正月の三大風物詩といえば、アンパオ、みかん、魚生でしょうか。アンパオとは「紅包」の方言(標準中国語では「ホンパオ」です)で、日本で言うお年玉のことです。アンパオの紙袋は中国人にとってめでたい赤い色をしていて、大きさは日本のお年玉袋と同じくらいです。お正月のお年玉用だけでなく、結婚祝い・出産祝いなど、中国系のお祝い事には必ず使われます(ただし漢字の文字が目的別に違うので注意)。旧正月前には銀行などに行けば無料で貰えます。

日本ではお年玉といえば大人が子どもにあげるものですが、中国の風習では子どもだけでなくお年寄り、日頃お世話になっている大人などにも配ります。ただし基本的に結婚していない人は配ってはいけないとされています。

旧正月明けのシンガポールは日本の正月のようにデパートやスーパーはお休みし、人々は日本の初詣同様お寺にお参りに行ったり、年始廻りと同じく親戚や友達の家を訪問します。その際シンガポール人はお祝いとして家の人にみかんを2個渡し、帰るときにまた2個もらいます。みかんが良いとされるのは、「柑橘」の「橘」と「吉」の発音が同じだからだそうですが、あのオレンジの色がおめでたい赤に近いのも関係あるかもしれません。

そしてお正月限定のおめでたい料理といえば「魚生」(ユーシャン)です。これは生の魚と野菜を混ぜて、甘いソースをかけたサラダのようなもので、基本的に生ものは食べない中国系シンガポーリアンも、このときばかりはこぞって生魚を食べます。お正月にこの料理を食べるのは、シンガポール独特の習慣とか。

魚がおめでたいのは、これもみかんと同じく「魚」の字が「余」と同じ発音だから。旧正月の挨拶「年年有余」といえば「毎年お金や物が余るくらいの暮らしが出来ますように」という意味で、「余」は特に中国人にとって大事な「お金」や「物」が余ることを意味します。つまり「魚生」で「余」が「生」れるというわけなのです。

魚生を食べるときは大人数で円卓を囲み、みんなで「ローロー」といいながら箸でサラダをかき混ぜます。こうして新年を祝いながら魚生を食べることを「ローへイ」と言います。

朋友会員たちの中でも今回しっかりローへイをやった人が沢山いました。最初はこの習慣が珍しいと思うだけだったのに、今ではこれをやらないと良い新年が迎えられない気がするみたいです。

蛇足ですがこれらの習慣はシンガポールでは欠かせないものであっても、中国本土では通用するとは限りません。中国でも地方によってお祝いの方法が全く違ったりするので、くれぐれも本土の中国人家庭にミカンを持って行って変な顔をされたりしないように。



2001年1月:旧正月前の買い出しにチャイナタウンへ


ソーセージが壁一面に貼り付けられているところ。
(Kさん撮影)


中国系住民の多いシンガポールで最大のイベントである旧正月が近づいてきました。お店の店頭には中国風の真っ赤な飾りが取り付けられ、BGMには毎年変わらず“コンシーコンシーコンシーニー(おめでとう!)”とか“シンネンクァイラー(新年快楽)、コンシーファーチャイ(恭喜発財)”とかなにやらめでたい笛や太鼓や爆竹の音の入った正月の歌がエンドレスで流れます。そして正月の飾りや贈答用のお菓子類などを売る特設会場が、デパートやスーパーなどに設けられます。

旧正月前の熱気が一番感じられる所と言えば、チャイナタウンです。チャイナタウンの大通りの裏あたりは歩行者天国になり、道路脇に正月用品を売る夜店がずらーっと並び、正月前の買い物客で足の踏み場もないほど混雑して大変な熱気です。

ここで売っているものと言えば、まずはパイナップルクッキー、プロウンロールというエビの味のお菓子、ロールクッキーといった菓子類で、菓子屋の店頭では赤いパッケージのお菓子の箱が山のように積まれています。そしてBBQポークというちょっと甘みのあるポークジャーキーや中華ソーセージ。壁一面を使ってソーセージが飾られている様子は圧巻です。食べ物では他に正月を祝って食べるニェンガオというお菓子、誰かの家を訪問したときなどにあげるミカンなどがあります。ニェンガオは家で蒸したりあげたりしないと食べられません。

そして正月用の飾りとして、紙やプラスチックで作られた、爆竹やパイナップルなどの形をした(シンガポールでは本物の爆竹類は禁止です)真っ赤な色をした飾りが売られています。これは例外なくほとんど赤一色。飾り用の花も、猫柳のような植物や梅・蘭の花、ミカンの木など様々です。花を飾る壺や、中国風の陶器なども見かけます。それらの正月用品に混じって日用品や、VCDなどを安く売る店も出ています。

中国系の人は旧正月明けには必ず新しい服を来なければならないそうで、デパートなども正月用の服を買う人達でごった返します。衣服類もやはり赤がめでたい色とされ、黒などの服はタブーとされています。伝統を重視する年寄りはもちろん、若い人でも真っ赤な服を好んで着ます。



2001年1月1日:ビンタン島で正月を迎える
年末・年始、朋友会では去年の元旦に引き続き今年もビンタン島に行ってきました。なぜ毎年ビンタンなのか?というと、元日しか休みがないシンガポールでは正月に遠出することもかなわず、でも何となく年明けというイベントを毎年毎年シンガポールで迎えたくないので、フェリーで40分で気軽に行けてのんびり過ごせるビンタン島につい足が伸びてしまうのです。

朋友会では去年癒し系インテリアがとても素敵なシャレーに泊まったのですが、今回はビラといわれる二階建ての一軒屋をグループで借りました。こちらのビラもなかなか落ちついていて、日頃シンガポール生活に疲れている朋友会員たちはゆったりとくつろぎのひとときをすごすことができました。ビラはキッチン付きだったので、皆でシンガポールで買った食材を持ちこんで料理を作りました。それぞれが腕を振るったおかげで、年越しそばから、御節、お雑煮にベトナム風生春巻き、タイ料理のひき肉とバジル炒めと盛り沢山の内容で、充実した食生活が送れたのでした。

残念なのがインドネシア名物ビンタンビールがなかなか買えず、レストランでしか飲めなかったことです。管理者はしっかりビーチサイドのレストランでビンタンビールを買ってビーチでごろごろしながら飲みましたが、他のお店では全く見かけませんでした。 ビンタン島、というくらいなのになぜビンタンビールが手軽に買えないのか、不思議です(ちなみにビンタンとはインドネシア語で星という意味です)。

それに以外だったのが、ビンタンにはシンガポール人とシンガポール在住の日本人ぐらいしかいないだろうと思いきやいろんな国の人が来ていて、以外にも国際リゾートの雰囲気がけっこう漂っていたことです。ジャカルタなどと違って英語もちゃんと通じます。リゾート地は平和そのもので、管理者が1週間前に行ったジャカルタと同じ国にいるとは思えません。その分物価もシンガポール価格に設定されていて、ジャカルタの物価の安さに喜んでいた管理者は目玉が飛び出そうでした。

さて、朋友会員が海に行って必ずすることといえば、マッサージです。ビンタンではインドネシアのトラディショナル・アロマテラピーマッサージができるというので、滞在期間中全員マッサージルームに通い詰めたのでした。ここのマッサージは技術的にはいまいちだったのですが、インドネシア風のマッサージルームのインテリアや外の庭がとっても素敵で、管理者の行ったときには雨で外の草木がしっとりと濡れていて、その美しさにおもわず感動してしまったのでした。美しい風景を見ながらマッサージして、思いきりくつろげて、日頃のストレス解消になったのはいうまでもありません。

そして年明けは、時差のためシンガポールより1時間遅れ、日本より2時間遅れで迎えました。その日の夜、皆でお酒を飲みつつ年越しそばをたべてビンタンの年明けを迎えるはずだったのですが…シンガポールの年明けが終わった辺りで皆酔いつぶれはじめ、結局最後まで残った数名だけがインドネシアの年明けを迎える事が出来たのでした。



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