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30/abril/2000 Madridにて復活しました! |
ご無沙汰!
Maki,無事マドリに着き楽しく毎日を過ごしています。
(注:マドリとはマドリードのこと。スペイン語では最後のdの音は発音しないのでこう聞こえます)
インターネット接続がなかなかできず苦労しましたが、なんとかこうしてHP復活できました。
あまり頻繁に更新はできないかもしれないけど、少しづつ、こちらでのインターン生活を報告していこうと思いま
す。全面リニューアル計画も少しずつ、ね。
では、復活ご報告まで。アスタルエゴ!

Correos central (中央郵便局)と目抜き通りGran Via

これがインターン校のI.E.S.Isabel La Cato'licaです
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03/mayo/2000 Marid Report 4月 <パルケ・デ・アトラクシオネス> |
4月29日にスペインMLのマドリオフ会で、知る人ぞ知るマドリの遊園地、Parque de Atraccionesに行ってきま
した。
「びしょ濡れになるよ」という噂に最初はなんで?と思いつつ、予想通りびしょびしょになってしまった。水上コー
スター&急流下り。半端じゃない濡れ方。濡れるようにわざわざ設計されている。そのため雨ガッパも売ってい
る。

ファミリアと行ったときの急流下り記念写真
そしてお化け屋敷。別料金(550Pts )だったので、最初は「ほんとに怖いのかぁ〜?」となめてかかったら・・・
ほんとに怖かったぁ。
まず第一に、お化けたちがみな役者である。ドスの効いたスペイン語で何か言いながら襲い掛かってくるので
ある。言ってることがあんまりわかんないから余計怖い。
そして第二に、日本より攻撃的というか、がしがし肩とか腕とかつかんでくるのだ。
通常のマドリ観光に飽きた方、ぜひParqueのお化け屋敷に行こう。550ペセタの価値はあります。
この前靴を買いたくてぶらぶらとSol 広場近辺の靴屋のショーウインドーをのぞいていたら、おお!なんと日本
と同じような厚底サンダルが何種類かあるではないか!かかと15CM厚くらいはある。
この流行はやはり日本から来たのだろうか・・・?
これだけ犬の落し物が多いマドリで、このサンダルを履いて転んだときは洒落にならない気がするが・・・。
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10/mayo/2000 Madrid Report 5月 <セゴブリガへの遠足> |
5月10日(水)
インターン先の学校の遠足に便乗してSego'brigaに行きました。マドリから200kmくらい、古代ローマの遺跡
(円形劇場、公衆浴場等)あり、その他はなーんもない。野原だけ。この円形劇場で、毎年恒例の教育文化省
主催のInstituto de teatro Greco-Latino de Sego'briga(スペイン国内のたくさんの高校が参加するギリシャ・
ラテン文学を主題にした演劇祭みたいなもの)が行われるのです。
たくさんの高校生が大型バスで来ていました。

期間中は毎日違う高校が演じます。私はほかの2つの高校の生徒の劇(Las Nubes, Metamorfosis)を見まし
た。すごく上手でおもしろかったけど、なにぶんまだ語学力がなくて途中で眠くなった(^^;;
でも、遺跡の劇場を使って演劇祭やっちゃうってところがすごい。日本じゃ考えられない。
おまけにもう1つすごかったのが、なんとAmbulancia(救急車)にのりました。
といってもどこか悪いわけではなく、他の高校の先生方と一緒にでお昼を近くの村のレストランまでいくことに
なり、車がたりないということで、なんと演劇祭会場に設置されていたCruz Roja(赤十字)の救急車を1台使わ
せてもらったのです。救急車でレストランに乗り付ける、というすごく珍しい体験(^^)。

今回見た2つの劇の原作本をもらいました。
でもいまだに読んでいません。古典文学だしねぇ・・・
おまけ。
ステイ先の息子、娘(私と同年代)とテレビとか見ながらどうでもいい話をしていると、よく出てくるのがいわゆる
“スラング”。
下ネタ系はもちろん、汚いケンカ言葉、辞書にはのってないようなColoquial(会話体)の言葉。
でもって、意味がわからないから私は当然聞き返してしまう。
それも「その○○って何?」と、まじめーな顔して繰り返してしまうもんだから、息子たち大爆笑。
「うーん、何ていえばいいのかなぁ〜」「おまえ説明しろよ」「いやだよ〜」なんてやり取りが始まって、笑いをこ
らえながら説明してくれたりする。そのころには大体「あ、やば・・・」ってことが私もわかるんだけど(^^;;
でもそれを聞くとステイ先のママは「Makiにそんな汚い言葉を教えちゃいけません!」と慌てて止めに入るの
だった。
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20/junio/2000 マドリの活動を終えて |
マドリの高校、イサベル・ラ・カトリカでの3ヶ月の活動を終え、9月からは新しい学校に行くことになった。中世
の城壁が残っていることでで有名なアビラという町から山脈に沿って西に50キロほど、人口2000人ほどの歴史
ある小さな村、Piedrahita(ピエドライータ)というところの高校だ。生徒数約230人、先生が約20人という小さな
公立高校で、去年インターンを受け入れたことがあり今年もぜひまた、という依頼を受けての移動である。
都会のマドリとはまたちがう経験をして、新しい出会いがあることを期待して頑張ろう!
マドリでの活動を終えるとき、ホストティーチャーでもある1軒目のステイ先のホストマザー、アンへリーネスと一
緒に校長室に挨拶に行って、この3ヶ月の活動のお礼を言った。
Pilar校長先生も他の先生方も本当にこの私の3ヶ月の活動を喜んでくれて満足してくれて、
私が「たくさんのことを学ぶことができました、本当にありがとう」と言うと、
「Gracias a ti !!」(あなたにこそありがとう、お礼をいうのはこちらの方よ、の意)と言ってもらえて、校長先生か
ら学校の紋章入りの陶器のペン立てと、おなじく学校の紋章のピンバッジ(卒業生や先生がみな持っている)
をもらった。
そして校長先生に、「Makiは短い間だったけどたしかにこの学校の先生だったし、これからもずっとここはMaki
の学校なんだから、いつでもたずねてきてね、待ってるわよ」と言ってもらえて、なんだか涙がでそうになった。
なんだか自分がこの学校を卒業したような気がする。
そのほか一緒に授業をした先生のグロリア、タマラ、アンヘレス、アウロラ、アルベルト、ヒセラ。
よく話をした音楽の先生ラケル、英語のピラール、数学のハビエル、美術のロラ。
教頭室のマリアヘススとアンヘレス、マリ。
学校秘書のホセフアン、仲良しだった守衛のサグラリオとリカルド、学校のカフェテリアをしきるアスン。
学校ですれ違うといつも「Hola、Maki!」と声をかけてくれたたくさんの生徒たち。
そして何よりも、いろいろ面倒を見てくれた2軒のファミリー。
9月からこのマドリードを離れるのはすごくさみしいけど、この広い地球の裏側にある国、私の大好きなスペイン
にたくさんの友達ができたこと、そしてたくさんの人が日本のことをすこしわかってくれて、興味を持ってくれて、
私のことを覚えてくれたことが本当にかけがえのない宝であり、私を大きく成長させてくれたと確信している。

校長先生にもらった校章入りペン立て
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30/junio/2000 Piedrahita |
6月30日、バスでPiedrahitaの学校、I.E.S.Gredosの日帰り下見にいってきた!
学校の教頭先生(プログラム担当者でもある)に連絡しておいたので、ちょうどその日が先生たちの仕事最後
の日だったこともあり、学校でたくさん先生方にも会えて、9月からの活動についてのことを話し合う事ができ
た。
今まで活動してたマドリードの学校に比べたら本当に小さくて、校舎は1つだけ。こじんまりしてる。村もほんと
うにちいさいからすぐひとまわりできちゃう。
小学校の前を、首の鈴をチリンチリン鳴らしモォォォ〜〜〜〜〜という鳴き声と共にゆっくりと横切っていく黒い
牛の群れ・・・。周りは山、山、山。景色は最高で、空がひろく、自然がいっぱいで、大好きなのにマドリードで
は描く気になれなかった絵をここではたくさん描こう!
でも標高がすごく高いので冬は激寒。スペインで最も寒いところ。雪降るし・・・

学校の前の道
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18/julio/2000 麗しのソブリナ |
日本時間の12日正午に、うちの姉が無事元気な女の子を出産!
私の初めてのsobrina(姪っ子)です。
なんだかすごくうれしくて、うきうきしています。叔母ばかとでもいうのかしら。
でも実際に対面するのはおそらく1年後くらい、どんなに早くても半年後くらいになってしまうので、ちょっと残
念。とりあえず、かわいいスペイン語の出産祝いカードTarjeta para nacimientoをみつけたので翻訳つきで贈
ろうと思っています。(^^)
でも決して「おばさん」とは呼ばせないぞ!まだ若いのだ。
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10/agosto/2000 バレンシアから帰りました。 |
2日からバレンシアの郊外のビーチ、Las Palmerasに行っていて、今日マドリードに帰ってきました。家で洗濯
の山とメールの山に追われています。明日11日の夜からはガリシア1週間のひとり旅に行ってきます。
バレンシアではいろいろ興味深い、いままで知らなかった新しいスペインの1面を知ることができました。
楽しいこともいろいろハプニングもありましたが、ガリシアから帰ったらまたまとめていろいろお話しますね。
バレンシアでのPaellaとNaranjaとHorchataはやはりうまかった!

Las Palmerasの夜明け
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11/septiembre/2000 Piedrahitaにて |
バレンシア、ガリシアの旅行記も手がつけられないまま忙しい夏が終わってしまい、9月8日(金)、スペイン滞
在ちょうど5ヶ月目の記念すべき(?)日に、インターン活動の学校移動にためにアビラ県の小さな古い村、
Piedrahi'ta(ピエドライータ)に引越しした。
教頭先生のいとこのおばあさん、ルクレの家(めちゃめちゃ広くてきれい)に滞在するのだが、これがまた世話
焼きのひとなつっこいオバチャン!って感じで、すっかり私の母親のつもりでいてくれている。ループスという本
当は太陽にあたっちゃいけない病気なのだが、非常に活動的で料理、裁縫、刺繍、絵、そして掃除が趣味の
肝っ玉母さんという感じだ。
(あまりに掃除してあってこわいくらいだ。小物など、きちっと等間隔で並んでいる。)
昨日から村祭り。小さな村がたくさんの人でにぎわっている。
正午に花火が鳴り響き、楽器を演奏しながら若い男の子たちが歩く後ろを、Gigante(ヒガンテ・巨大な張子人
形)が村の広場へと向かい進んでいく。夜はLa Virgen de la Vegaのプロセシオン(聖母像と共に練り歩く宗教
行列)があり、広場では若者向けのライブがあって、明け方まで眠らないにぎやかな一夜だ。
でも夜は静かで涼しく、ちょっともう寒いくらい。
草原で虫が鳴いていて、手をのばせば届きそうな満天の星空である。

Giganteたち & 守護聖母 La Virgen de la Vega
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03/noviembre/2000 秋から冬へ・・・ |
一昨日ピエドライータの山に初雪。
山の頂上の方だけだったけど。
2日後の今日雨が降ったので、全部なくなっちゃったけど。
初雪の前夜、すごく冷え込んで雨風がすごかったのだ。
翌朝起きたら山頂のほうが白くなっていた。
でも周りの村の風景は、木の葉が黄色くなって、栗の木や赤い実(なんだろう?)をつけた
植物もあったりして、まだまだ秋まっさかりの村の風景。
毎週の青空市場で、焼き栗や干しイチジクが売られ始めた。
干しイチジクはレーズンと干し柿を足して2で割ったような感じ。大好きである。

うっすらと初雪を冠したPiedrahitaの山々 & 毎火曜日に開かれるMercadillo(青空市場)
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03/diciembre/2000 スペイン生活も8ヶ月を過ぎた |
またまたご無沙汰、みなさんお元気ですか?
毎日がとても忙しく、あっという間にスペイン滞在8ヶ月がすぎた。
やりたいこと、やらねばならないことがたくさんで、1つにかかりきりになるとほかのことがまったくできなそうな
のでいろいろ少しずつやっていると、結局どれもおわらないという毎日。
研修先のInstitutoでは週9コマの日本文化の授業、となりのColegioでも幼児クラスの子供向けに週3回、研
修先で取り組んでいる国際プロジェクトへの参加、放課後には週1回の音楽クラブの練習、折り紙でのベレン
作り、教頭先生の奥さんに習っているスペイン語の授業、週2回のダンス教室への参加・・・家に帰れば授業
準備、勉強、メール書き、HP関係の作業。疲れもあるのか、風邪をひいてしまってティッシュが手放せない(^^;;
おまけに12月半ばからは日本文化の課外授業もする予定になっている。
折り紙ベレンはなかなかの大作。
スペイン滞在についていろいろ文章や写真でまとめられるのは
いつになることやら・・・
私はNavidadesの休暇をどうするかを思案中。この村に1人でいるのはさびしいので、知り合いを頼りつつマドリ
ードかサラマンカに行く予定ではいるのだが、詳しいことは未定。もしかしたら姉夫婦がくるかもしれないし(イラ
ンから)。
日本にいても、外国にいても、家族のように心の許せる人なしで1人でいるのは
さみしいものだ。
家族とすごすのが当然のスペインのクリスマスは、日本以上にさみしいのかもしれない。(日本にいたときは友
達がみな彼氏とでかけてしまい、親は親ででかけてしまい、これまたさみしいクリスマスだったものだが。笑)

折り紙と厚紙だけで作ったBele'nです。

すっかり雪に覆われたペニャ・ネグラ山頂。
とっても静かな村の朝です。
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21/enero/2001 明けました |
あけましておめでとうございます。
過ぎたことを思い出しつつ書き、まとめてこの場にUpしている小学生の夏の絵日記の宿題のような自分の怠けを反省・・・
新年だ、新世紀だ、新千年紀だぁ!とフィーバーしていた正月も終わり、いつもと同じ毎日が始まるのは世界共通。悲しいかな。
ただ、スペインで初めて過ごしたクリスマスと年末年始。ベレンも作った。ミサも覗いてみた。鐘に合わせて葡萄も食べた。レイエス・マゴスも楽しんだ。興味深い経験はたくさんしたけれど、私の好きな「日本の正月」が、ない。
スペインにいるのだから当たり前ではないかと言われそうだが、これが、なかなかどうして寂しいものだった。
除夜の鐘が聞こえない。年越し蕎麦がない。御節料理がない。日本酒がない。そして何より、年賀状が来ない!
海外にいると、普段以上に筆まめになる。スペインに来てから引越しの後、旅行先、ことあるごとに親しい友人に葉書を書くが、たまにメールはきても手書きの手紙をくれる友人は殆どいない。瞬時に確実に送れるEメールは便利だが、やはりはるばる海を越えてきた手書きの文字はいいものだ。葉書の写真も、切手も、かすれたスタンプも、水で滲んだ文字のインクも。だから今年、私はクリスマスカードをせっせと書いた。

お気に入りのクリスマスカードたち
そして、メールでの年賀状はいくつか受け取ったが、日本から郵送で届いたクリスマスカード&年賀状は日本でのスペイン語の先生2人からだけ。実家の両親に聞いたが、実家宛にも3通だけ。
みな仕事で忙しいのはわかってるけど、スペイン宛てに手紙なんてなんだか難しそうで敬遠しちゃう・・・ってのもわかってるけど、ちょっと寂しい。
そんなもんだよ、と海外生活が4年目に入る姉が私に言った。海外経験のある人ほど、その寂しさがわかるのか、手紙の返事もくれるものだという。またパソコンの普及により手書きで
ものを書く機会が確実に減っている今日、海外にいると日本語を、特に漢字を忘れてしまうとも言っていた。
日本文化を紹介するためにスペインにやってきて、丸9ヶ月が経ち、活動も終わりに近づいた。大好きなスペインのいいところも、イヤなところも、たくさん見た。そして、何より強く感じたのは、私が紛れもなく日本人であり、日本が大好きだということ。
たとえウン10年スペインに住んだとしても、それは絶対に変わらないだろう。
そんな日本の素晴らしさを、スペインの人たちに少しはわかってもらえただろうか。私の生徒達のうち何人が、将来日本語を勉強したり、日本を実際に訪れてくれるだろうか。
そんなことを常に思いつつ、最近の授業では新春企画でお習字。これがまた生徒達に大ブレイクなのだ。
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